第28話 魔法少女アメリア

 翌朝。事務室のソファーベッドで目を覚ますと、事務所を出て『ゴードンハウス』へと向かった。


 本来ならアメリアをもう一日だけレッスンさせてから再度ラチェリたちと合流させようと思っていたが、レッスンスタジオがボヤ騒ぎにより一日使用できなくなったので、代わりにアメリアのレッスンの成果を確認がてら、俺が初めて異世界に来た際に訪れたあの湖までこの世界へ来ることになった手がかりを探しにいくことにした。


 そのため、ラチェリたちには今日も休むことを伝えなくてはいけない。


「おはようございます」


 さすがに早い時間だったため、店内にお客は誰もおらず、昨日のようにテーブルで突っ伏しているラチェリの姿もなかった。


 もしかしたら店の奥に誰かいるかもしれない。


「ふああ……ん? なんだ、イセか」


 そう思っていると、奥の扉からでかいアフロがあくびをしながら登場した。


「あ、ゴードンさん。おはようございます」

「ああ、おはよう。お前さん一人かい? こんな朝早くにどうした?」

「ラチェリたちに用がありまして。彼女たちは今どちらに?」

「あいつらに用か。悪いな。まだ寝てるんだと思うわ。今日は早朝からの依頼もないって昨晩ぼやいてたしな。急用なら起こしてこようか?」

「いえ、寝ているなら言伝をお願いします。今日も所用でお休みをいただきます、と」

「そういや、昨日ここで飲み食いしながら話していたがお前さん、今はアメリアを鍛えてるんだったか? 順調なのかい?」

「順調であればいいんですけど……何せまだ一日なのでよくはわかりません」

「そりゃそうだ。言伝の件は了解した。今日もアメリアを特訓してるってことで、ラチェリたちに伝えておけばいいんだな?」

「はい。よろしくお願いします」

「あいよ。お前さんが来てからあいつらもじゃんじゃん飯を注文してくれて、俺も嬉しい限りだ。訓練とやらが片付いたらまた食べに来てくれよ」

「ぜひ、そのときは寄らせていただきます。それでは失礼します」


 俺は一礼して『ゴードンハウス』を後にした。

 

 

「アメリアさん、ナイスです! グッドです! ビューティホーでプリティーですよ!」

「そ、そうですか……。な、なんだかとっても落ち着かないんですけど……」

「ばっちりです! 様になってますよ! もっと自信を持ってください」

「は、はい……」


 宮ちゃんが賛美の嵐にアメリアが赤くなっている。


 現在アメリアはいつものフルプレートアーマーでもトレーニングウェアでもなく、昨日金さんに頼んでおいたアイドルが着るのにふさわしい、可愛いステージ衣装を身につけていた。


 もらったときは単なる白いローブだった服は今、袖なしで金色の刺繍が入ったブラウスのような上着と、同じ模様のプリーツスカート、腰元には翼のような大きなリボンへと変化していた。


 もはや原型をとどめていない。素晴らしい出来だ。まさに魔法少女である。さすが金さんだ。あとでNPC用の好感度アイテムをお礼に持って行こう。


「イ、イセ……これ、変じゃない?」


 アメリアがスカートの裾を引っ張りながら上目遣いで俺の様子をうかがってきた。


「変なわけあるか! 素晴らしいよ! アメリアなら似合うと思ってたけど、こんなに可愛くなるなんて想像以上だ!」

「か、かかかかかわわわ……!? ほ、本当にそう思ってるの……?」

「思ってるとも! アメリアがアイドルになってくれて本当に嬉しいよ」

「そ、そう? それならちょっと恥ずかしいけど、着られてよかったよ。えへへへ……」


 湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしながらアメリアは微笑んでくれた。本人もなんだかんだで楽しそうだ。


 さて即席魔法少女アイドルができたわけだが、もちろんお着替えしておしまいというわけにはいかない。


 アメリアにはこれからちょっと度胸をつけてもらう。


「それじゃあアメリア、出かけようか」

「えへ……え? で、出かける? どこへ?」

「お外だ」

「もしかして、この格好で……?」

「当り前じゃないか。昨日話しただろう? 特訓は外でやるって」

「無理、無理無理無理! こ、こんな格好で外へ出るなんて無理っ! 誰かに見られたらどうするの!? エルフだってバレちゃうよ!」

「大丈夫だって、外は外でも、街の外だから。アメリアの家から林を伝って南門から外へ出ればほとんど人に見られないはずだ」

「見られるよ! 南の門には見張りの人がいるから見つかっちゃうよ!」

「そういやそうだな。でももうラチェリたちには休むって言っちゃったし。かといって、魔法の練習を街中でやってボヤ騒ぎになっても困るし……」


 昨日の火事の一件でレッスンスタジオは未だに使用不可だ。


 レッスン二日目でいきなり休むのは、アメリアのやる気を削ぐことにもなりかねない。


「わたしも早く強くはなりたいけど…………わかった。どうしても行ったほうがいいなら、ちょっと条件があるよ」

「条件?」

「そう。ちょっと待ってて」


 何か考えがあるらしく、アメリアは事務室を出ていった。



「…………」 


 数十分後、俺とアメリアはサエペースの南門へ来ていた。


 アメリアが懸念を抱いた通り、南門にはモンスターを監視している冒険者がおり、彼ら以外にもモンスターの狩猟の依頼を受けた冒険者が街の外へ出かけていく姿も見受けられた。


 この門を通ればアメリアの晴れ姿は間違いなく衆目にさらされるだろう。


「……おい、あれ」

「なんだ? 何かの呪いか?」


 そして実際にアメリアが門を通過するときには、付近にいる人々の視線を集めてしまっていた。


 しかし、人々はアメリアの可憐な姿に釘付けになっていたわけではない。


 どころか、おかしなものを見たときのような奇異の視線を送っていた。


 というのも、


「アメリア……その、頭、重くないか?」

「…………」


 無言をつらぬくアメリアは、金さんが作り上げた可憐な魔法少女衣装のままで、フルフェイスの兜を被っていたのだった。


 足先から首元までは見たこともない可憐な衣装、首から上は無骨な兜。


 この珍妙な姿を目の当たりにした人々は足を止め、自分たちの視界からその謎の人影が消えていくまで首をかしげながらその姿を目で追っていた。


 わからんでもない。俺も街中で魔法少女の衣装を着て、フルフェイスの兜なんて被ったやつを見かけたら間違いなく見てしまうだろう。「何やってんだ?」と思ってしまうだろう。


 アメリアはおそらく顔さえ見えてなければ恥ずかしくもないし、視線も気にならないと思ったのかもしれないが、門を行きかうすべて人々が注目していることはおそらく想定していなかったのだろう。自分がどれだけおかしな姿をさらしているか気づいていないようだ。


 結果として門を行きかう人々の視線を総なめにしながら、俺たちはサエペースの街の外へと出ていくことになった。



 サエペースから南へ30分ほど歩いたところにある林に入ると、アメリアは被っていたフルフェイスの兜を外した。


「……ふぅ。誰にもわたしだってバレずに通過できてよかった」

「そうか? その兜を被ってるのなんてアメリアだけなんだから、兜だけで誰なのかはわかりそうだと思うが」

「あ……」

「気づいてなかったのか?」

「だ、大丈夫! わたしがエルフだってことはバレてないから! そこ重要。『鎧のアメリア』が珍しい服着てるって思われるくらいなら問題なし!」


 エルフは疎まれる対象らしいので、それさえ防げればいいのだろう。


「それじゃあアメリア。今から俺とアメリアが初めて出会った水辺に行くぞ。あの場所が、俺が召喚された土地だからな」

「ああ、わたしの水浴びが覗かれた場所だね……」

「すみませんでした」


 アメリアが細めた目で俺を睨んできたのですぐに謝った。


「いいよ。わたしも剣で思い切り叩いちゃったからね、おあいこだよ。イセじゃなかったら、召喚先があの世になってたかもしれないし」

「すごく痛かったのも覚えてるよ……とにかく、あの湖に行く。道はなんとなく覚えてるけど、間違ってたら教えてくれ」

「任せておいて。いつでもあの鎧を来て出歩いてたんだもん。目印はちゃんと知ってるから迷わないよ」

「頼もしいな」


 しかしこの子、本当によくしゃべるようになったな。前に林を通ったときは何も話さなかったのに。


「……どうかした?」


 じっと見ている俺を不審に思ったのか、アメリアが首をかしげていた。


「いや、アメリアはずいぶんとおしゃべりだったんだなと思ってさ」

「それはきっとイセだからだよ。ここの世界の人じゃないから、わたしをいじめたりしないってわかってるから」

「いじめられているように感じるのはエルフだからというよりも、あんな鎧を着てるせいで動きが鈍くなってるからだと思うが……。この調子で人前でも話せるようにならないとな」

「ど、努力はするよ……」


 視線を逸らされる。


 今日もそうだったが、人前だと兜を絶対に取らないのは、自分がエルフだからというだけでなく、かなり人見知りの性格だからなのだろう。


 こればかりは、俺や宮ちゃんたちと話すことで慣らしていくしかないだろう。

「期待しているぞ、異世界アイドル第一号」

「ほ、ほどほどに……お願いします」

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