第27話 魔力という名の力

 レッスンスタジオの火災は設備不良の可能性もあるから修理と同時に調べておいてと宮ちゃんに伝えておき、俺はオイノスにもらった杖とローブを持って事務所の別室へと赴いた。


『アイテムスタジオ』のドアプレートが掛かった扉を開ける。


 この部屋は主にアイドルがライブなどで扱う道具類を制作する工房で、裁縫から鍛造までのすべての道具を作るための技術と設備がそろっている。ゲームの『アイドルセイヴァー』をやっているときはそれほど気にならなかったが、鍛冶場に赴いてからここへ来ると、設備が整い過ぎていてどれだけ欲張りセットだと思う。異世界だけじゃなくて、元いた世界のの人が見たらまさに魔法の工房だ。仮にこの施設を解放したら使用料と称してこの世界の金品も簡単に獲得できるかもしれない。まあ、モンスターが接近しただけで消滅してしまうのでやったりはしないが。


 部屋に入ると、そこには多種多様のステージ衣装の他、作業をする台などが置かれ、部屋の奥には大道具の組み立てが行えるスペースが見える。


 その一角、ミシンの前に座る大柄な男が俺の入室に気がつき、立ち上がった。


 190センチを超える長身に纏うのはタンクトップとハーフパンツ。それらの裾からはごつい岩肌のようなはち切れんばかりの筋肉がむき出しになっている。あの筋肉に包まれれば、リザードベアーさえ簡単にねじ伏せられてしまいそうだ。

 鍛え抜かれた筋肉に劣らないごつい強面の大男は口を結んだまま俺の前までやってくるとその拳でいきなり俺を殴りつける……なんてことはせず、角刈りの頭を軽く下げた。


「これはプロデューサー、よくお越しくださいました」


 破顔して発せられる丁寧で太くクリアなボイス。見た目と声のギャップが特徴的なこの大男こそ『アイテムスタジオ』を仕切る工房長、金二久剛(きんにくつよし)さん。『アイドルセイヴァー』のプレイヤーからは金さんの愛称で親しまれている。名前からネタに走ったキャラクターだが、その能力はすさまじく、熟練度と好感度さえ上げていればアイドルの新衣装だろうと大掛かりな舞台装置だろうと一時間あれば完璧に作り上げてしまうすさまじい能力を持つNPCだ。その容姿からガサツな体育会系をほうふつとさせるが、他のNPCやプレイヤーに対しても紳士的で物腰も柔らかい。それだけではなく、『アイドルセイヴァー』ではごくまれにではあるが、男性のNPC相手とアイドルとの間に恋愛問題という(ゲーム上では)バッドイベントが発生する場合があるのだが、金さんにはアイドルとの恋愛問題が一切ない。


『アイドルセイヴァー』は事務所のNPCは宮ちゃんを除いてすべて雇い入れるシステムだったため、販売されて間もない頃は男性キャラクターである上、容姿もお世辞にも紳士的とは言えなかったため多くのプレイヤーから敬遠されていたが、一部のプレイヤーがお試しで雇い入れたところ、使い勝手の良さで評価が一変。NPCは女性オンリー・容姿最優先というプレイヤーでもなければ、『アイドルセイヴァー』のアイテムスタジオは金さんに任せるのが一番という評価に落ち着いた。


 今にして思えば、この金さんをプレイ初期に雇い入れられた俺はラッキーだった。あのときはとりあえず可愛い女の子に早くアイドル衣装を着せたい一心で、適性のあった金さんをとりあえず採用しただけだったが、あのときの選択はドンピシャだったのだ。俺が初代『アイドルセイヴァー』になれたのも金さんのおかげと言っても過言ではない。


「金さんもお仕事お疲れ様です。それで、例の件はどうですか?」


「すでに出来上がっております。すぐにお持ちします」


 金さんは部屋の奥へと立ち去ると、細長い包みを持って再び現れた。


「こちらになります」


 包みから出てきたのは、巨大な両刃の剣──アメリアの持っていた大剣だ。昨日寝る前に金さんに直してもらうように頼んでおいたのだ。


「剣の汚れの除去と疵の補修は完了しております。ご確認ください」


 金さんに促されて見てみると、汚れは完全に落ちているのがわかった。


「問題ありません。汚れもちゃんと取れていますし、これで大丈夫です。金さん、ありがとうございました」

「いえ、お役に立てたなら私としても嬉しいです。それと……差し出がましいようですが、一つお伝えしたいことがあります」

「何ですか?」

「こちらの剣ですが、作りとしては不十分な代物だと思います。中身が部分的に空洞になっており、何かの入れ物のような形になっています」

「入れ物?」

「それが意図した構造ならよろしいのですが、仮に意図していなかった構造の場合は鈍重な見た目に反して強度はかなり低く、壊れやすくなっております。仕様の際は充分ご注意ください」


 見た目に反して壊れやすいか。確かに【真偽眼】のスキルで確認したときはこの剣自体が何かの鍵となるといったようなことがわかった。おそらく何かしらのギミックを仕込んでいる関係で強度が下がるような構造になっているのかもしれない。


「報告ありがとうございます。こちらの剣はこれで受け取らせていただきます。それで、金さんには別の仕事をお願いしたいんですが、よろしいですか?」

「もちろんです。私はそのためにここにいるのですから」


 筋肉マッチョの金さんが白い歯を見せて笑った。なんというか、ただ笑っただけなのに金さんがやると言い知れぬ迫力がある。


 俺は少し気おされながらも、オイノスのところでもらってきた装備を袋から取り出した。


「こちらの杖とローブを、アメリアの体に合う形に調整をお願いいたします」

「アメリアさんと言うのは、昨日事務所に入ってきたばかりのアイドルさんですね。宮守さんからすでに資料はいただいております。一時間もあれば仕上げられます。柄などの注文はありますか?」

「そうですね……髪がとてもきれいな金色なので、髪の色に合うようにしてください。あとは、明るいイメージの魔法少女風……というくらいですね」

「承知しました。ではそのように調整いたします」

「よろしくお願いします」

『アイドルセイヴァー』では他にももう少し調整できた上に、完成品などの見本などが提示されていたが、現在はできなかったようだ。


 単純に魔法少女風衣装のサンプルが少なく、表示する意味もないことかもしれないが。まあ異世界での金さんのアイテム作成能力の把握も兼ねて、簡単な注文だけでどのように仕上げてくれるか確かめるのもいいだろう。


「それじゃあこれで失礼します」

「はい。お時間になりましたらこちらの工房へまらいらっしゃってください。お待ちしております」


 金さんが恭しく頭を下げる様子を見ながら、俺は部屋を後にした。


 異世界に来ても金さんの性格に変化はない。預けた剣を再度確認してみても、しっかりと手入れされていて新品のようだ。


「金さんも大丈夫そうだな……」


 異世界でも元の世界と変わっていないのであれば、これからも仲良くなっていけそうだ。


「いや、そういえば……」


 今思いだしたが、金さんには『アイドルセイヴァー』のプレイヤーの中でまことしやかに囁かれる噂があった。


 金さんがアイドルには手を出さないという設定から派生して、実は女の子よりも男の子のほうが好きというものがあったのだ。


 その当時は、まあ確かに男なのに男が好きなら事務所のアイドルや他の女性NPCに手は出さないよなーラッキーじゃんとか思ったが、もし仮にその噂が事実なら狙われるのは俺ということになる。


 いやいやいやいや、それはあくまで噂だ。公式の設定ではない。


 だが……公式の設定でなくても、異世界ではこの事務所そのものは俺の想像が生み出した結界魔法であり、事務所にいるNPCは俺が召喚した精霊だとアメリアは言っていた。つまり俺がこのNPCはこういうキャラクターだったと強く思ってしまうほど、『アイドルセイヴァー』のキャラクターたちは、俺の認識している個性に引っ張られて本来の『アイドルセイヴァー』のキャラクターから変容してしまうことだって考えられる。たとえ出所が噂であろうと、このキャラクターはこうかもしれないと俺が思ってしまえばそのようになってしまう可能性が高いのだ。


 いや、男が男を好きだからって否定はしないよ。でも、それを迫らせたら俺は全力で拒否させてもらう。人の個性を尊重するなら、俺の『女の子が大好きだ』という個性だって尊重しなければならないはずだ! 個性の押し付けは不平等、よくない。同性愛を認める代わりに、俺の異性愛も認めてもらう!


 これはあくまで金さんが男の子が好きだという仮定の話だ。実際はそうでない可能性のほうが高いのだから気にしすぎても時間の無駄だろう。アメリアを戦うアイドルにするという目標があるのだから、今はそっちに集中しよう。


「食事の手配もする約束だったな。すぐに準備しよう」


 そわそわした気持ちになりながら、俺は金さんの部屋の前をあとにした。


 

 事務室に戻ってくると、すでに日が傾いていた。


 やることや覚えることが多くて最近は本当に一日の終わりが早く感じる。


 今までとは別の世界に来てしまったから仕方なくはあるが、もう少し時間を有効に使ったほうがいいかもな。


 アメリアの剣を机の後ろの壁に立て掛け、事務室の椅子に座って街で買ってきた食材を取り出す。


 その食材をぼうっと眺めていると、


「何ですか、それ?」


 傍までやってきた宮ちゃんが興味深そうに俺の手元を覗き込んできた。


「街で買ってきたんだ。全部食材だ」

「へぇー、食材なんですか。この虹色の野菜? なんて見たことないですよ」

「だから色々試してみようと思ったんだ。そうだ、宮ちゃん。食事を頼めるかな? アメリアが戻ってきたら食事にしたいんだ」

「かしこまりました。すぐに準備します!」


 宮ちゃんが食事を取りに行くために部屋を出ていこうとしたとき、俺は昨日宮ちゃんに聞こうと思っていたことを思い出した。


 アメリアのステータスについてだ。


「あ、その前にアメリアのステータスについて質問があるんだけど、ちょっといいかな?」

「なんでしょうか、プロデューサー?」

「この『魔力』って項目のことなんだけど……」


 アメリアのステータスが書かれた紙を宮ちゃんに見せる。アイドル育成ゲームに似つかわしくないその単語に、てっきり「私のミスです!」とか言い出すかと思っていたが、


「『魔力』というのは隠しステータスの一つです」


 宮ちゃんは笑顔でそう言い切ってみせた。


「か、隠しステータス!? そんなものが……」


 いや、あることは知っていた。宮ちゃんは、アイドルの能力を完璧に見抜くという隠しスキルを持っている。そう考えればステータスにだって隠れているものがあってもおかしくない。


 だが、そのステータスは『魔力』ってどういうことなんだ? 他にも魅力を表す項目がある以上、人を引き付ける能力を『魔力』と呼んでいるわけではないだろう。


 となると、『魔力』というのは文字通りの魔の力、魔法に関係する力になるのか? 


「もしかして、『アイドルセイヴァー』って側替えなのか?」


 側替えというのは、ゲームシステムやUI(ユーザーインターフェース)……簡単に言うと見た目を伝える仕組みをそのままに、キャラクターや設定を変えてゲームを作ることだ。


 作っているメーカーが同じ場合、ゲームも似通ったものになっていることもある。そういうものは大体が側替えということになる。


『アイドルセイヴァー』の場合、育成ゲームを側替えして作ったのかもしれない。


 俺は『アイドルセイヴァー』以外、制作したメーカーのゲームをやっていないので気づかなかったが、言われてみればオンラインバトルで『アイドルセイヴァー』のコンテストをやるあたり、別のゲームを元にされていてもおかしくはない。


「ってことは、この『魔力』の項目は元になったゲームのステータスの名残ってところか。ファンタジーRPGなら普通に魔法もあるだろうしな」


『アイドルセイヴァー』に『魔力』というステータスがある状況は理解できた。宮ちゃんが隠しステータスについて教えてくれたのも、もしかしたらデバックモード用のセリフの可能性もあるが、この結界魔法自体が元の『アイドルセイヴァー』を俺の想像で補ったものとなっているので、宮ちゃんの発言の真偽は定かではない。


 隠しステータスを知らせる表現についてはひとまず置いておいて、次の問題はこのステータスが何に関係しているかだ。


「宮ちゃんはこの『魔力』ってステータスが何に影響しているのか知ってる?」

「『魔力』はどのステータスにも影響しない、そこにあるだけの魔法の数字です」


 よくわからない回答が返ってきた。


 たぶん、宮ちゃんの知識にもないものなのかもしれない。


 異世界に来たことによって『アイドルセイヴァー』のゲーム性が変異し、書き出されただけという可能性もある。


 アメリアは、その『魔力』のステータスが他のステータスの数倍はあるからな。はっきり言って、異常だ。これが彼女の魔術師としての適性ゆえのステータスであるならいいが、そうでないなら問題だろう。


 そのアメリアは今日の詠唱の練習中に炎の魔法が発動してしまい、スタジオを壁を焼いてしまった。アメリア自身魔法をコントロールできていないと考えると、『魔力』が他のパラメータの数倍あっても間違いではないのか……?


「確認が必要だな。明日、街の外へ行って試してみるか」


 アイドルの能力をしっかりと把握しておくのもプロデューサーの務め。ラチェリたちには悪いが、明日も冒険者としての仕事は断ってアメリアの『魔力』について調べてこよう。


「宮ちゃん、さっき金さんにアメリアの衣装を作ってもらうように頼んだから、明日の朝に取ってきてもらえるかな? 明日はアメリアと外でレッスンをしたいと思うんだ」

「わかりました。アメリアさんが可愛らしくなる衣装、しっかりと準備しておきます!」

「わたしが、どうかしたの?」


 お風呂あがりのアメリアが事務室へと入ってきた。


 先ほどの『魔力』のステータスの件、本人に直接聞いてみようと思ったが……やめた。


 本人だって魔法はあんまり使ったことないようだったし、今から習っていくものを『よくわからないから控えておいて』と言ってしまったら伸びるものも伸びない。明日屋外で今日一日のレッスンの成果を試してもらおう。


 場合によっては魔法を乱発してもらうことになるから、できれば燃えにくくて人目につかない場所へ行こう。


 そうだな、俺が異世界で最初に目を覚ました湖なんていいだろう。周囲から見えづらい水場だし、今日の炎の魔法を試すにはうってつけだろう。俺がこの世界へ来ることになった原因を探すこともできるし、一石二鳥だ。


「明日は外で特訓するって話をしてたんだ。今日の成果を見せてもらうぞ」

「わ、わかった。一日分の練習でいいなら、一日分出しきってみるよ」


 アメリアも同意してくれた。これで明日の方針は決まったな。


「楽しみにしてるぞ。それじゃあ一緒に夕飯にしよう」


 昨日と同じように事務所でご飯を食べ、すぐに風呂に入って寝ることにした。

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