第24話 ゴードンハウスへ
俺は事務所を出るとラチェリたちを探して『ゴードンハウス』を目指した。
来るときは暗くてよくわからなかった道も、単にひと気がなく、閑散とした場所に木々が無造作に数本生えているだけの閑散とした砂利道だということがわかった。
ここがサエペースの街はずれということだが、わざわざこんな場所に居を構えているのはなぜなのだろうか。
戦争を終わらせた英雄ならばもっと街中に豪邸を持っていても不思議ではないはずだ。
やはりアメリアがエルフということで、住民たちに騒がれないように街はずれで隠れて住んでいるのだろうか。
それとも単純に人が苦手なので離れて暮らしているだけなのだろうか。
いずれにしても街はずれにアメリアの家があるのはありがたかった。事務所から出入りするときは何もない空間に扉がいきなり出現するので、誰かに見られでもしたら騒動になりかねなかったからな。
砂利道が終わり、石畳で舗装された道に切り替わる。それに合わせて、石でできた住宅が左右に並び立っている。
昨日のように街のど真ん中でリザードベアーと出くわすこともなく、住宅街に紛れ込むように佇む、古めかしいログキャビンを訪れた。
「おはようございます」
挨拶しつつ、入店する。
ゴードンの店は酒場ということなので、早朝にはお客さんは皆無……かと思ったが、テーブルの一つに突っ伏している客の姿があった。
「うぇぇぇぇ……」と奇妙な声を上げている。酒を飲み過ぎて酔いつぶれてしまった客かと思ったが、近づいていくと見慣れたジャケットを着た、見知った顔だというのに気がついた。
「ラチェリ……?」
「うぅん……?」
こちらに向いた彼女の目の下には深い隈ができていた。
昨日は機嫌悪そうにしてたが、もしかして俺のせいで眠れなかったのだろうか?
「どうしたんですか? 顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ぬわぁんだ、こんなところにいたのね、イセェェ……あたし、あんたのことよるのあいだじゅうずっとさがしてたのだよぉ。ほんとうにどこいってたぁぁのよぉ、おばかぁ」
「は、はぁ……すみません」
呂律が回っていないようなしゃべり方で怒られたのですぐに謝った。
それにしても、いつものはきはきとした感じがまるでしない。
今もまだラチェリはぐでっとしてテーブルにもたれかかっている。
ゴードンのことだからお酒は飲ませていないのだろうが、そうでないならなぜラチェリがこんな状態になっているのだろう?
「ラチェリ、本当に何があったんですか?」
「なにもないってか、イセがいなかったのよぉ。イセェェ、イセェェ、どこにいっちゃったのよぉ……」
ラチェリはいきなり周囲を見渡し始めた。今まで話していたのに俺がいなくなったかのような素振りだ。
「私ならここにいますよ」
「じゃあ、て、にぎって」
「え?」
「手ぇ、握って!」
「は、はい」
ラチェリに言われるまま、差し出された手を握り返す。
ラチェリの手は普段からナイフでモンスターと戦っているため、マメがつぶれて硬くなっているが、指はすらりとして長い女性的な手だった。
「えへへへぇ、イセェ。あんたはここにいなくちゃダメよぉ」
先ほどのひどい怒り顔から一変、幸せそうな笑みを浮かべているラチェリ。
そのままじっと俺の顔を見ていたラチェリだったが、夢から覚めたように突然笑みを消すと顔色を驚きに染めた。
「……イセ!?」
いきなりラチェリが椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。
握った手はそのままで、もう片方の手で俺の顔をぐっと掴んできた。
勝気な灰色の瞳が目の前までくる。
なんだ? 今度はどうした!?
「あんた、今までどこにいたのよ!?」
「どこって……街中にいましたよ」
「あんたの部屋で待ってても全然帰ってこないから、心配したんだからね!」
「部屋……?」
そういえば一昨日寝る場所がないと言ったらゴードンから部屋を貸してくれたのだった。魔法で事務所を作れるとわかったせいで、すっかり忘れていた。あとで鍵を返しておこう。
「すみません、昨日は別のところに泊まっていました」
「別のところ……やっぱり誰かに餌付けされていたのね!」
「え、餌付け?」
「こっちの話よ。それで昨日はどこの馬の骨の家で寝泊まりしてたの?」
「昨日は……」
自分の事務所にいましたと言いかけたが、すんでのところで踏みとどまる。
アメリアには俺の不手際で事務所──結界魔法だったか──に案内する流れになったが、ラチェリにも事務所の存在を教えてもよいのだろうか。
アメリアのときは事務所に入ったため説明しやすかったが、ここに事務所はないし、口頭で説明してもこの世界にないものが出てくる関係上、しっかりとラチェリに伝えられるとは限らない。
魔族なんている世界だし、変な誤解をされて、今まで築いてきた信用を失うことだって考えられる。
今はまだ話すのはやめておこう。
そうすると、ラチェリの質問に対する答えだが……、
「昨日はですね、アメリアのところに泊まらせてもらってました」
嘘は言っていない。事務所はアメリアの家の前に出現させた。実質、アメリアの家に泊まったと言っても間違っていない。
同じパーティーのメンバーでもあるし、問題だってないはずだ。
「ア、アメリアのところっ……!?」
しかし、どういうわけかラチェリは非常に狼狽えていた。
ラチェリの顔は途端に蒼くなり、「そんな、そんな……あたしのせい、あたしのせいで……」と呪詛のようにつぶやいている。
「ど、どうしたんですか?」
「いつから……いつからなの!?」
「え……?」
泊まったときのことを訊いているのか?
「昨晩から一泊しただけですよ」
「なんで、アメリアのところに行ったの!?」
「えっと、昨日は戦闘で彼女の剣を汚してしまいましたから、そのお詫びを兼ねて様子を見に行ったんです」
「そ、それってもしかして、あたしが、あ、あんたのことを遠ざけたからとか、そういうのも関係してる!?」
「はい? えっと……ラチェリが解散といったので、アメリアの家を探したというのはありますね」
「はぁぁぁん……」
ラチェリが奇声を上げて床に崩れ落ちた。
「あたしのせい……あたしが変に意地張っちゃったから……あそこでイセを突き放していなければ……もうどうしようもない……あたしってバカすぎ……」
両手で顔を押さえてぶつぶつと言葉を漏らしている。
彼女は本当にどうしてしまったのだろうか。
強いモンスターが相手でも果敢に勝負を挑んでいく我らがパーティーリーダーは今、水をやり忘れた花のように弱々しく倒れ込んでしまった。
どうしよう。なんでこうなったのかわからない。どんなふうに声をかけていいのかもわからない。
俺がラチェリの扱いに困っていると店の奥から知っている顔が現れた。
「おっす、イセ! 今日はこっちに来てくれたんだな!」
「イセさん、おはようございます……」
レフィンとロフィンだ。
「おはようございます。レフィン、ロフィン」
レフィンは明るい笑顔で、ロフィンはレフィンの後ろについて少し顔をほころばしてこちらに歩いてくる。
「あれ、そういえばラチェリがいないな。なぁ、イセ。ラチェリを見なかったか?」
「ラチェリなら、そこに」
俺が床に視線を落とすと、二人もつられるようにして、床で体を丸めてゴロゴロしている姉貴分を見つけてしまった。
「何やってんだ、ラチェリ……?」
「ラチェリさん……?」
「レフィン、ロフィン……はっ!? とうっ!」
二人の視線に気づいて、ラチェリが跳ね起きた。
「あら、おはよう。レフィン、ロフィン、昨日はよく眠れた?」
一瞬の変化だった。機嫌の悪そうだった顔は年長者を思わせる微笑みに早変わりし、二人を優しく出迎えていた。
「うぇ……、今更取り繕ってもなー」
「アタシたちはよく眠れましたよ……。ラチェリさんはあんまり眠れてなかったみたいですね……」
「え、わかっちゃう?」
ロフィンに指摘されてラチェリが目の下を指で触って確かめている。
「それだけ腫れてて濃い隈がありゃな。ってか、もしかして『イセが帰ってこなかったー』って朝方戻ってきて、ゴードンに泣きついてからずっとここにいたのか?」
「ちょっ!? なんでレフィンが知ってんのよ! まさかゴードンが……!」
「あんだけバカでかい声で喚いてれば、オレたちの部屋まで聞こえるっての。まったく子供かっての、『イセがいなかったうわぁぁぁん』っていてててて!?」
「人の恥ずかしい記憶を無遠慮に掘り起こすのはこの口かぁぁぁ?」
レフィンの両頬をラチェリが思い切り引っ張り始めた。
レフィンはラチェリの両腕を引きはがそうとしているが、そこは年の差による体格の差。腕の長さも違えば力も全然違う。レフィンがじたばたと暴れる子供のようになっている。
それにしてもラチェリは俺がいないと知って泣いてしまうほど、心配していたのか。
俺はラチェリのパーティーにいるわけだし、ラチェリの機嫌が悪かろうと行き先くらいは伝えておくべきだったな。
「ラチェリ、そのくらいにしてあげてくれませんか? 元々私が行き先をお伝えしなかったのが悪いんですから。レフィンをあまり責めないであげてください」
「……ぐっ! そ、そうね。あまり子供に手を上げるのは大人らしくないわね。それと確かに元はと言えばイセが悪いんだったわね」
「いや、どう考えてもラチェリが勝手に恥ずかしがって、勝手に後悔しただけ……」
「レフィン? あんまり何でもかんでもしゃべると、ほっぺたが今の倍になるわよ?」
「なんでもありません、リーダー!」
「よろしい!」
何やら茶番めいた雰囲気はあったが、ラチェリもどうにか落ち着きを取り戻したようだ。
「それで今日はどうすんだ? アメリアはまだ来てねえけど、『冒険者協会』で先に依頼でも見つけておくか?」
「ああ、すみません。アメリアは今日お休みをいただくそうです」
「休み……? 珍しいな。ヘッポコだけど、休んだことなんて一度もなかったのに」
そうなのか。あんな格好のせいでよく転んでいたけど、めげずに毎日来ていたんだな。
「ロフィン、ヘッポコは余計でしょ。アメリアだって、もう【ブロンズ】になるんだから」
「へいへい。でも、なんでアメリアは急に休みになったんだ? 病気とかそんなんか?」
「いえ、ちょっと修行するみたいです」
『修行……?』
ラチェリ、レフィン、ロフィンの三人が一斉に首を傾げた。
「そんなにおかしいことですか?」
「……うん、まあ。今までにも何度かあの子に動き方を教えようとしたのよ。でも鎧が重たいみたいで、何をやってもうまくいかなかったの」
「そりゃあ防御が大事なのはわかるけど、あんな鎧着てたら重すぎて動けねえのにな。実際いつも動けてねえし」
「でも、修行を始めるってことはアメリアさんも何か思うところがあったんですよね……?」
三人の目が俺を捉える。
「そういえば、イセって、昨日アメリアの家に泊まったのよね?」
「あのヘッポコに何したんだよ?」
「何かしちゃったんですか……?」
「いや、何もしてませんよ?」
素顔を見たり、驚かせたりしてしまったが。鍛えてほしいって言ったのはアメリアだ。俺はちょっと施設を貸しただけに過ぎない。
「まあアメリアもきっとイセを見て、このままだと本格的に置いて行かれると思ったのかもしれないわ」
「オレたちの中じゃあ一番弱かったからな。イセが加わったから余計に力の差を感じたってのもわからなくもねえ」
「でも、それを言っちゃうとアタシたちもイセさんに追いつけるように頑張らないといけないですよね……」
「そうね。だけどすぐに頑張ったところですぐに強くなれるわけじゃなくても、ちょっとずつ鍛えていきましょう。アメリアのことはわかったわ。今日はこの四人で行動することにしましょう」
「はい。それで相談があるんですけど、今日はサエペースを見て回りたいなと思っているんです」
「この街を?」
俺はラチェリの問いかけに頷いた。
「まだしっかりと見て回ったことがないので、この街で暮らす以上どこに何があるのかくらいは知っておいたほうがいいかと思いまして」
「そういえば、ゴードンにもイセが記憶を思い出すのを手伝ってやれって言われてたわね」
「そんなこと言ってたかもなー」
「それなのにアタシたち、モンスターを狩りに行くクエストばかり受けてましたね……。イセさんのこと考えずに……」
三人が反省したように肩を落とした。
「あ、いえ、そういうわけで提案したわけではありませんよ。ただ単純に街を知っておきたいだけで……」
「いいわ。どちらにしても休息は必要だったし、今日はあたしたちが街を案内してあげる」
「異議なし!」
「アタシも大丈夫です……」
俺の提案に三人とも同意してくれる。
「決まりね。それじゃあさっそく出かけましょう。イセはどこか行きたい場所あるの?」
「そうですね」
俺は少し考え込み、この街で気になっていた場所へと案内してくれるようにお願いした。
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