第23話 アメリアの適正

 翌朝、長袖のトレーニングウェアを着たアメリアと一緒に、俺はレッスンスタジオを訪れていた。


 呼び出した講師NPCは二人、ダンスレッスン担当の踊場燈子(おどりばとうこ)──燈子姉さんと、ボイストレーニング担当の六供奏(ろっくかなで)──かなやんだ。


「は、初めまして、アメリア・ボーデンです! よろしくお願いします」


 アメリアが講師二人に頭を下げる。


 昨日のアメリアの言葉を借りれば、NPCは精霊という扱いらしいのだが、アメリア自身、その精霊に対しては人と同じように……いや、普通の人相手では無口になる性分なので、普通の人以上に、燈子姉さんとかなやんにはしっかりと敬意を払っていた。


「こちらこそ、初めまして。よろしくお願いしますね」

「よろしく頼むよ。みっちり鍛えてやるからな!」


 燈子姉さんと、かなやんもアメリアを教えるべき生徒として受け入れてくれたようだ。もっとも『アイドルセイヴァー』のゲームでは『不良』属性の女の子ではない限り、弾かれることはない。もし『不良』属性のある子だった場合は、最初に礼儀作法の初級を学んで『不良』属性を『元不良』の属性へ変化させるか、『不良』属性そのものを消したあとで、レッスンを受けなければならないのだが、アメリアについてはその心配はないようだ。


「ねえ、プロデューサー、この髪の色だと外国の方なの?」


「うげっ……あたし、ちゃんとした外国語は苦手なんだよな」


「その点は大丈夫だと思います。先ほどアメリアが挨拶したとき、違和感はありませんでしたよね?」

「そう言われてみれば確かに……日本語がお上手なのね」

「そういうことなら大丈夫だ! 任せておけ!」


 二人ともアメリアが使用している異世界の言語が日本語に聞こえているらしい。宮ちゃんもそうだったが、俺のスキル【マルチリンガル】はNPCにもしっかりと作用しているようだ。


 言葉の壁は問題ないだろう。あとはどうやって、異世界アイドルとして教育させるかだ。


 以前NPCに異世界のことをたずねた際には、自分たちが異世界へ来たことに気がついていなかった。


 おそらくこの事務所内のNPCはあくまで元いた世界の日本にいるという設定での言動を取るだろう。


 無理やり異世界だと認識させてもいいが、その結果『アイドルセイヴァー』の設定との齟齬で消滅してしまう可能性もないとは言い切れない。


 宮ちゃんの前では色々と戦うアイドルだとか冒険者だとかしゃべってしまったが、おそらく演劇の題目とでも認識されているのだろう。


 なるべく異世界だと強く認識させないような頼み方をしたほうがいいだろう。


「燈子姉さん、最初は姿勢の改善と体力作りをメインにお願いできますか?」

「いいわよ。基本は大事だからね」

「かなやんは、こちらの本に書いてある詠唱をしっかりと発音できるように訓練をお願いします」


 かなやんに一冊の本を手渡す。


「古くせぇ本だな……うげっ、なんだこれ、文字ばっかりじゃねえか。こんなんを特訓すんのか?」


 かなやんが面倒くさそうだという意思を湛えた視線を送ってくる。


 かなやんに手渡したのは、アメリアが一度家に戻って持ってきてくれた魔法の詠唱などが記載された本だ。


 もちろん異世界の言語で記載されているものだが、かなやんには【マルチリンガル】の効果ですべて日本語に変換されて見えているため、ただの文字が敷き詰められた書物に見えたのだろう。


「はい。アメリアには少々特別な仕事が来てましてね。みんなの前で魔術師の演舞を披露することになるかもしれないんです。本格的な詠唱を堂々とこなしてもらわなければならないため、動きと一緒にこちらの本の中身をきちんと発声できるようになってもらいたいんです」


 ここでの演舞というのは、型だけではなく、実際の戦闘で役立つ技術として教え込もうとしている。


 回りくどい言い方だが、彼女たちNPCに異世界を認識させないためにはこうする他ないだろう。


 もしかしたら後々異世界にいることにも馴染んでくれるかもしれないが、異世界に来て二日目で消滅の危険性がある賭けに出る必要もない。


 そういうわけでしばらくは少し回りくどいが、元いた世界でも通じる状況を考えつつ、彼女たちにレッスンの内容を伝えていくつもりだ。


 一度伝えてしまえれば『アイドルセイヴァー』のレッスン履歴のように「今までと同じレッスンで」と言えば、繰り返し同じレッスンをしてくれるはずという打算もある。


 そして、アメリアへのレッスン内容だが、宣言した通り『戦うアイドル』のコンセプトにしている。


 ただ可愛いだけではなく、この世界は強くなければ生き残れない。


 それにはまず体力が必要不可欠で、次に戦う術──魔法を発動させるのに必要な詠唱を覚えてもらう。


 アメリアと今まで行動してきて思ったことだが、アメリアは絶対的に戦士職には向いていない。


 大剣を持っても、攻撃手段が体当たりと振り下ろしくらいしかできず、防御に至っては鎧で受けるだけである。


 なので、根本的に戦い方を変えようというわけだ。


 元いた世界の物語に出てくるエルフの設定は、魔法に長けた種族だという見解が大半だった。もしくは弓使いだ。


 俺の偏見もあるだろうし、こちらの世界では間違っている可能性もあるが、アメリアがドワーフがやるような戦士職に向かない以上、試してみてもいいはずだ。


 アメリアが魔法の知識をすらすらと語ったところから、彼女自身無意識のうちに魔法を求めていることも考えられる。確かめることもせずに本人の才能を潰してしまうのは一番まずい。


 それに、昨晩宮ちゃんに作ってもらったアメリアの資料で、少し気になることがある。『それ』を確かめるためにも最初は魔法の練習をしてもらうというわけだ。


 詠唱だけで魔法が発動するのかという疑問もないわけではないが、まずは形から入ろう。


「魔法の詠唱ってことは、魔女っ娘とかそういう役柄ってことか?」

「そんなところです。お願いできますか?」

「あったりめえだろ! それがあたしの仕事だぜ! ここにある詠唱全部、ド迫力で発声できるように特訓してやんよ!」

「お願いします。ですが、まずはLv.1と書かれた魔法の詠唱だけでお願いします」

「おうよ!」

「燈子姉さんは先ほど言った通り体力作りメインで、あとは殺陣(たて)も少しお願いします」

「殺陣(たて)ね。といっても、そっちは私のメインじゃないんだけどいいの?」


 殺陣(たて)というのは、格闘シーンなどの演技のことで、一応ダンスレッスンにもその項目がある。しかし本格的に学ぶ場合には殺陣(たて)専門のNPCに頼る必要がある。


 この殺陣(たて)だが、現実と『アイドルセイヴァー』の中では少し覚え方が異なる。


 現実なら礼儀作法や基本的な動作などの順に流れとして覚えていくが、『アイドルセイヴァー』では殺陣(たて)にいくつかの種類があり、それだけをいきなり覚える。


 そうすることで、一部のパラメータが上昇するだけでなく、条件次第で体の動かし方に関係するスキルを習得できるのだ。


『アイドルセイヴァー』の原理が、異世界の住人であるアメリアにも適用されるのか、確認する意味合いも兼ねてのレッスンチョイスだ。


 仮に殺陣(たて)自体を覚えられなくても、簡単な足運びくらいはできるようになるだろう。そうなれば今までアメリアがやってきたような、モンスターを押し倒して大剣で殴る以外の戦いもできるだろう。


「簡単なもので構いません。あくまで詠唱がメインになる役柄ですので、足の動かし方を教えてあげてください。本格的な動きは別の方にお願いしますので」

「わかったわ。それじゃあレッスンしておく。どのくらいやっておけばいい?」

「アメリアの調子を見ながら、適度に休憩を取らせて半日くらいですかね。レッスンの割合はかなやんと相談して半々くらいで。かなやんもわかりましたか?」

「ああ、姉さんと相談して半々でやっておくよ」

「二人ともそれではお願いしますね」


 さて、レッスン内容と時間の設定は完了した。


 VRゲームの時はコントローラで設定して終了だったが、理由まで伝えて会話による設定になるとさすがに長くなるな。


 まあ仕方ないか、設定はゲームと同じでも、これはリアルなんだから。


 しゃべり疲れて口を閉じていると、アメリアが俺のシャツの袖を引っ張った。


「イセ……プロデューサー、わたしはここで『れっすん』? を受けていればいいの?」

「ああ。俺はラチェリたちから昨日の報酬をもらって、街中を見て回ってくるよ。モンスターがいないところならこのスタジオも消えないはずだ。アメリアのことは、今日は休むって伝えてくるよ」

「わかった。よろしくね」

「アメリアも、この世界でのアイドル第一号になれるように頑張ってくれよ」

「うん、頑張る!」


 両手をぎゅっと握ってやる気をみなぎらせているようだった。


「それじゃあ行ってくるよ。ご飯は宮ちゃんに頼んでおくから」

「ありがとう! おいしいごはん、今日も期待してる」


 手を振って、俺たちはそこで別れた。


 レッスンスタジオを出て、廊下を歩いて事務室へと戻ってくる。


 プロデューサーのデスクまで行き、椅子を引いて腰を落とす。


 そのあと、デスクに置かれたままだった書類に目を向けた。


 この書類にはアメリアのステータスが記載されている。宮ちゃんが昨晩作ってくれたものだ。


『アイドルセイヴァー』でも登録したアイドルのステータスが一覧となって表示されていた。


 この紙はその代わりだろう。


 アメリアの身長、体重、年齢や家族構成などが載っている。3サイズの欄もあるが、そこには宮ちゃんの直筆で『内緒です!』と書かれている。この3サイズだが、どうしてもアイドル活動で必要なときは宮ちゃんに直接聞けば教えてくれることになっている。『アイドルセイヴァー』ではそうだった。


 その下には『アイドルセイヴァー』のアイドルにもあった魅力を表す『可憐さ』『純真さ』『冷静さ』『美しさ』『可愛らしさ』などのステータスや、痴漢撃退などに関係する『攻撃力』や『防御力』などのステータスもある。


 そう、『攻撃力』などもしっかりと書いてあるのだ。


 これのステータスはどうやって調べたのだろう? 身長や家族構成などは測って調べるか本人の申告などでわかる。『可憐さ』なども見た目などで判断できるかもしれない。


 しかし、『攻撃力』などはどうやって測ったんだ? まさかアメリアと戦ったということはないだろう。


 宮ちゃんの特殊能力(スキル)ということになっているのか? それとも宮ちゃんの主観なのか? 


 そして、そのステータスの中で、さらに気になる項目がある。


 それは……『魔力』という項目だ。

『魔力』ってなんだ? 『魅力』なら『アイドルセイヴァー』にもあったが『魔力』とはどういうことだ? 元の世界のリアルにも当然なかったし、『アイドルセイヴァー』上でも、自分で『魔力』の項目を作る中二病キャラのアイドルはいたが、正規のステータスが『魔力』なんてものはなかった。『アイドルセイヴァー』には特殊技能という意味でのスキルはあったが、魔法はなかったからだ。


 魔法のある異世界にきたことで項目が追加されたと考えるべきだろうか。しかしそれを異世界に来たことを認識していないNPCが作り上げるとはどういうことだ。


 もしかして……『魔力』もスカウトの際に使用するスキル『観察眼』の影響で見られるようになった隠しステータスなのだろうか。異世界に来てから使用していないスキルだが、『観察眼』を使うと熟練度によって街を歩いている女の子のステータスの一部を知ることができる。事務所のアイドルになると一部の例外を除いてそれこそステータスのほとんどを知ることができる。


 さらに言えば『アイドルセイヴァー』にはNPC専用の隠しスキルもあると言われている。事務所の外へ連れて行くと、アイドルになりたそうな女の子の場所がわかるとか、悩み事があって犯罪に手を染めようとしている女の子を言い当てたりする。それはプレイヤーにはないNPC専用のスキルだ。


 可能性の話だが、宮ちゃんは全プレイヤーにアイドルの情報を教える役割を持つNPCだ。『観察眼』以上に詳細がわかる上位のスキルを持っていてもおかしくはない。


 そう考えれば、宮ちゃんが『魔力』のステータス欄を書き込んだのはわかる。


 わかるが、次なる疑問が出てくる。


「この数値は一体……」


 アメリアのステータス。


『防御力』が高いのは理解できる。この異世界にはモンスターがいるし、アメリアはいつもフルプレートアーマーを着こんでいたので、普通の女の子よりもステータスが高くなっているのだろう。『アイドルセイヴァー』でいうところの武道を習っている女の子よりも少し劣る程度で数値的にはそれぞれ20~30の間だ。


 気になるのは『魔力』のパラメータ。その値が他のステータスと比較して高すぎる。


〇アメリア・ボーデン

 攻撃力:30

 防御力:120

 魔力:500

 敏捷:100

 

 ※端数切り捨て


 ──500だ。


 アメリアの『魔力』は500もある。


 これが、アメリアに魔法の詠唱の練習をさせているもう一つの理由。


 攻撃力のパラメータと比較して約17倍。


 適正があるどころではない。こんな数値はアイドルセイヴァーでは見たことない。というか、どんなに適正がある子でも300は超えなかった。


 異世界という環境の影響なのだろうか。


 調べてみる必要がある項目だ。


 ラチェリたち相手にちょっと『観察眼』を使ってみるか? だが、あのスキルはゲーム内の女の子に使うならともかく、リアルの女の子に向けるのはちょっとためらわれる。使っているときは凝視しなくてはいけないし、運よくステータスが見られればいいが、3サイズとかピンポイント過ぎて困る数値が見えたら、色々申し訳ない。


『観察眼』はやめておこう。


「そもそもこの数値が合ってるのかもわからないしな」


 宮ちゃんがスキルを使って調べたにしても、『アイドルセイヴァー』にはない項目なのだからその値自体が間違っている可能性は十分にある。


 アメリアにも詠唱の練習をさせている段階だしな。


 宮ちゃんは書類作りや衣装合わせで疲れたと言って今はまだ眠っているらしい。NPCに休息が必要なのもおかしな話かもしれないが、ちゃんと休息を取らせないと好感度が下がったりするので気をつけなくてはならない。宮ちゃんの好感度は下がり過ぎると事務所が維持できないレベルの損失──NPCのボイコットが起きる。そうなればほぼゲームオーバーだ。アイドルやコーチを連れて、他の事務所に行ったりしてしまう。


 よほどのことがなければ起きない現象だが、起こってしまう現象でもある。宮ちゃんは『アイドルセイヴァー』で一番接する機会が多かったNPCだ。ボイコットを抜きにしても、心情的に仲良くやっていきたい。


『魔力』のことは宮ちゃんが起きてきてから訊いてみよう。


 何にしても、賽は投げられた。


 この世界に来てからプロデューサー・イセの身体能力にはいろいろと助けられたが、そんなものははっきり言っておまけ程度の能力だ。プロデューサー・イセが恐ろしいのは個人の力ではない。


 アイドルを育てるという点において『初代アイドルセイヴァー』の称号をもらえるほどに鍛え上げたスキルの数々がある。そのスキルはアイドルがレッスンを受けることで発動するものが多く、現在レッスンを受けているアメリアにどのように作用するのか、結果が非常に楽しみである。


 こちらでも最強のアイドルが完成するのか否か。


 願わくば、『アイドルセイヴァー』の時と同じように、いや、それ以上にアイドルに囲まれた楽しい生活を送っていきたいものだ。


「そうは言っても、今日は体力アップのレッスンが主だし、すぐには変わらないと思うけど」


 千里の道も一歩から、この世界のことを調べながらこつこつと進んでいこう。

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