第19話 初めての大浴場

 高い天井までもくもくと立ち上る白い湯気。


 規則正しく三列に並んだ洗い場が奥まで続いており、その先には泳げそうなほどの広さの浴槽が何据えも配置されている。


「ほわぁぁぁぁぁ……」


 暖色の照明で照らされたその光景を見てアメリアは感嘆の吐息を零していた。


 彼女を連れてきたのは、『セイヴァープロダクション』の大浴場だ。


 アイドルセイヴァーは他のアイドル育成ゲームにもあるように、アイドルが所属するプロダクションをランクアップさせることで、施設をより効率的で豪華なものへとリフォームすることができる。


 浴場で例えるならば、最初は五右衛門風呂のような設備から始まり、次に数人が同時に入れるレベルのお風呂場となり、最終的には何十人が一度に入れるほどの広さの大浴場へと改築することが可能なのだ。


 プロデューサー・イセが管理する事務所のお風呂は、もちろん現状で最大までランクアップしており、高級入浴施設にも劣らない規模になっている。


 プロダクションのアイドルがすべて入っても大丈夫な広さの大浴場はもちろんのこと、露天風呂やジェットバス、シャワールームやサウナや水風呂も完備、マッサージ室などのボディーケア施設も充実している。


『アイドルセイヴァー』のゲーム上ではこの大浴場も表記でしかなく、効率的にアイドルの疲労を取り除いたり、たまにイベントが発生したりする程度の施設の一つでしかなかったが、この世界に来てからはそのすべてが実際に使用できるようになっていた。


 もちろん、俺も使える。素晴らしき異世界。


 昨晩は名刺やらパイプ椅子を作成する魔法で夢中になっていて、浴場のことはあまり気にしなかったが、改めて見てみると恐ろしく広い。全部試しているだけで1日終わってしまいそうだ。


 アメリアが視線を浴槽に固定したまま尋ねてくる。


「きゅ、宮殿のお風呂とかが、こんな感じなのかな……?」

「宮殿のお風呂かどうかはわからないですけど、プロダクション自慢のお風呂ですよ!」


 アメリアの疑問に答えたのは宮ちゃんだった。


 アイドルセイヴァーではNPCだった彼女だが、俺以外の人とも会話できるらしい。


 事務所には、所属ではないNPCが来ることもあったし、そのときの応対プログラムが効果を発揮しているのだろう。


「わたしは入ったことない、です。いつも体を拭いてるくらいで……たまに街の外の湖とかに行ったときに我慢できなくって水浴びをして……あっ」


 アメリアが思い出したように、侮蔑の混じった不満げな視線を俺に送ってきた。


 ああ、なるほど……あの湖でアメリアが裸になっていたのはそんな理由があったからなのだろう。


 あのときの俺は心を奪われて、アメリアの生まれたままの姿をじっと見つめてしまったが……あの場所のことを訊くときには絶対に謝まろう!


「それはいけません! 女の子はいつでも綺麗に可愛く清潔でいるべきなんです! よろしければわたしがばっちり洗って差し上げますよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 アメリアはまたちらりと俺のほうを見た。今度は侮蔑の混じった視線ではなく、困惑した感じだ。


「使い方がわからないものもあるはずです。彼女なら丁寧に教えられるはずですから、お邪魔でなければご一緒させてやってください」

「…………わかった」


 アメリアはわずかに逡巡してから、顎を引くように頷いた。


「決まりですね! では、女の子の入浴になりますよ! プロデューサーさんは即刻浴室及び脱衣場から出て行ってくださいね」

「はいはい、わかったよ」

「アメリアさんの服を盗んで『くんくん』して『はぁはぁ』しちゃあダメですよ」

「しないよ!」


 どんな変態だよ。あ、でもこのセリフは宮ちゃんがアイドルをお風呂に連れて行くときの常套句だったか。


「それじゃあ、アメリアさん。ごゆっくりくつろいでください」

「…………」


 アメリアはフルプレートを着こんでいるときのようにゆっくりと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る