第17話 アメリアを探しに
アメリアの家を探していると、夜のとばりが下りてしまった。
この街には街灯というものがない。そのせいで日が落ちると虚無のような暗がりが現れるのだ。
もちろん大通りには松明が焚かれているし、店や家屋から漏れ出ている明かりを頼りにすればある程度進めないこともない。だが、人気のない街外れへ進んでいくにつれ、そういった人工的な光源は少なくなっていき、月明りすらも鬱蒼と茂る木々の枝に阻まれて道に光を落とせずにいた。
すでに一メートル先も見えない状況だ。
夜目がきくスキルは『アイドルセイヴァー』にもなかったので、暗闇の中での行動はプロデューサー・イセではなく、伊瀬孝哉の目が頼りになっているので非常に心もとない。
ランプか何か買ってくればよかったとも思ったが、そういえばこの世界のお金を持っていないことに気がついた。
依頼は達成したが報酬を受け取っていないので金銭がまったくないのだ。今日の報酬は明日渡すとラチェリは言ってくれたので、そのときにこの世界で当面暮らせるくらいの金銭をもらえるように掛け合ってみよう。
「それにしても暗いな。もう少し進んで何もなかったら今夜はあきらめようかな……」
そんな独り言が自然と出てしまうくらい弱気になっていると、不意に大きな板のようなものが倒れる音が聞こえた。
耳を澄ませると人が駆けていくような足音もする。
木々の合間からそちらをうかがうと、納屋のような建物の前で何かが動いていた。
雲間から月明りが漏れ出て、その何かを照らす。
その光を受けて、星の瞬きにも似た輝きが照り返した。
いつものフルプレートアーマーではなく、ワンピース姿のアメリアが両手で桶を持って歩いていた。
アメリアは傍の井戸まで行き、水を汲み上げながらきょろきょろと周囲を見渡している。何かを警戒しているようだ。
充分に水を入れたあと、桶を持って納屋まで戻ろうとした。しかし、桶の水が思った以上に重たかったのか、足取りが非常に不安定で左右にふらふらしている。
フルプレートと大剣を装備しているときも転びそうになっていたので、単純に重たいものを持てるほど鍛えていないのだろう。
それでもなんとか零さないように、頑張って水を運んでいる。
さっと行って助けてやりたいところだが、今のアメリアに近づくと驚いて転んでしまいそうな気がする。
一人でいつもやっていることだろうし、見守ってやったほうがいいのだろうか。
そんなふうに声をかけるべきか迷っていると、アメリアの体が大きく傾いた。
「危ないっ!」
結果として、叫んで駆け寄ったのは失敗だった。
「え? ふわぁぁぁっ!?」
アメリアは俺に気を取られたせいで踏ん張り切れず、盛大に転んでしまった。
手に持っていた桶はひっくり返ってしまい、アメリアの全身にその中身を勢いよく吐き出した。
「……うぅ、せっかく汲んできたのに」
アメリアはずぶ濡れになった服を指で引きはがしている。
「ごめんなさい。私が声をかけたばかりに注意を散漫させてしまって」
「…………」
アメリアは涙目になっていた。本当に申し訳ない。
ジャケットを渡そうにもラチェリに貸したばかりだ。まさか一日に二回も女の子にジャケットを渡さなければならない状況に陥るとは思わなかった。
ジャケットはないが、かといってずぶ濡れのアメリアを放っておくわけにもいかない。
タオルを作成すれば体についた水分はある程度拭きとれるだろうが、その間に体が冷えて風邪を引いてしまう恐れもある。
水を拭きとって暖かい場所で休んでもらいたいところだ。
安心してくつろげて、俺が自由に使える場所を一つだけ知っている。
あまり人に見せたくはなかったが、俺が原因でアメリアがずぶ濡れになってしまったのだ。
女の子をずぶ濡れにしたまま放置するなどプロデューサーの名折れ。
アメリアを招待するとしよう、プロデューサーの城に。
「ホーム、オープン」
俺の意思とは無関係に閉じてしまったので、出てきてくれるかはわからなかった。
しかし、そんな不安を振り払うように、俺が手を伸ばした空間に、異世界では滅多にお目にかかれないであろうデザインガラスの施された扉が出現した。
扉が内側からゆっくりと開かれる。
現れたのは三つ編みと眼鏡が似合う女の子だった。
「おかえりなさい、プロデューサーさん」
宮ちゃんが朗らかな笑顔で出迎えてくれた。
よかった。事務所はまた使えるようだ。
「ただいま。お客さんがいるんだけど、いいかな?」
「あ、はい。わかりました」
宮ちゃんが出入り口から去っていくのを見届けてから俺はアメリアに手を伸ばした。
アメリアは突然現れた扉と宮ちゃんを見て目を点にしていた。
それはそうだろう。俺も最初はかなり驚いたものだ。
俺の元いた世界を知らないアメリアにとっては未知との遭遇レベルの驚愕だろう。
「アメリアさん、着替えやお風呂などを準備させます。中へどうぞ」
「…………」
アメリアは差し出された俺の手と俺の顔を交互に見た後、おずおずとその手をそっと掴んだ。
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