第16話 ヘーブルの思惑
俺が次に目を覚ましたときには、グラウンドファングがヘーブルたちのパーティーに解体され終わっていた。
しかしパーティーリーダーのヘーブルはパーティーメンバーを置いて一人で街まで戻ってしまったのでその場にはおらず、代わりにパーティーのサブリーダーの冒険者が指揮を執っていた。
このサブリーダーだが、顔の半分を覆う大きめのゴーグルをかけていた。
どこかで見たことあると思ったら、昨晩ゴードンハウスを出たところで声をかけていた冒険者だった。
彼がヘーブルのパーティーのサブリーダーだったようだ。ヘーブルが俺のことを知っていたわけである。
ヘーブルはこれまでも勝手に持ち場を離れていなくなってしまうことが多かったらしく、ヘーブルよりもいつもリーダーらしく指示を出して後処理を済ませているらしい。
他のメンバーを置いて逃げ出してしまうリーダーの下にいると大変だなと思いつつ、話を聞いてみると、彼はヘーブルに雇われた冒険者だという。
ヘーブルのパーティーのほとんどは雇われた冒険者で構成されており、純粋にヘーブルを慕っているメンバーはごく少数とのこと。
この世界の貴族がどういった立場の存在なのかはまだ詳しくはわからないが、権力者の中にも見栄を張る者がいるというのは異世界でも同じようだ。
サブリーダーは解体し終わったグラウンドファングの素材を俺たちにも分けてくれた。そのことについて礼を言うと、元々倒してもらったものだし、横からかっさらう形で解体してしまって悪かったと逆に謝られた。倒す役と解体する役に分かれただけなので謝らなくてもいいように思えたが、冒険者にとっては誰が獲物を仕留めたのかが大切なのだそうだ。
「あんたとはでかい山が来た時に組んでやってみたいもんだ」
そう笑いながらゴーグルのサブリーダーは、戦斧や斥候役の冒険者を含むヘーブルのパーティーメンバーを連れて山を下っていった。
俺たちのほうもその後ろについていく形で下山することになった。
来た時と同じように、前からラチェリ、レフィン、ロフィン、俺、アメリアの順で草木の生い茂る山の斜面を下っていく。
「…………」
山を下っているとき、ラチェリは俺のジャケットを着ながらアメリア並みに無口になっていた。
時折俺のほうを見ては、俺と目が合うとすぐに視線を前へと戻していた。
まだ俺に怒っているんだろうか? 怒っているんだろうな。
不可抗力とはいえ、裸を見てしまったのだから。
女の子の裸といえば、俺が卒業した中学校では修学旅行中に女風呂を覗こうとして大問題になった話を思い出した。
覗き自体は未遂に終わったらしいが、見られそうになった女の子はずっと泣いており、覗きの主犯格の男子は親ともども何度も謝ったが、最終的に覗かれそうになった女子も、覗こうとした男子もそれぞれ別の学校に転入することになった。
だから今回の場合がどうだとかいうことではないが、元いた世界では未遂であってもそれだけ大事になるのだ。
こちらの世界ではどうかはわからないが、何かしら処罰は覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。
でも仮に処罰を受けるにしても、もう一度謝っておこうと思う。元いた世界では謝ったところで、双方にとって悪い形の結末を迎えてしまったが、こちらの世界なら何かしら違った結末を迎えられる可能性だってある。
それに、こっちなら殴られるような事態になってもプロデューサー・イセのステータスがあるからそこまで痛くないしな。って、そんな考えが浮かぶ時点でダメだ。ちゃんと反省して謝らないと……。
「ラチェリ、先ほどはすみませんでした。私の不注意で」
「話しかけないで」
「はい?」
「今はあんたと話す気分じゃない。黙ってて」
取り付く島もない。
「……はい」
消え入るような声と共に頷いて、俺は口を噤んだ。
思った以上に怒っているようだ。
仕方ない。謝罪は少し時間を置いてからにしよう。
夕食後とか満腹になったあとなら心にも少しゆとりができるだろうし、話を聞いてくれるかもしれない。聞いてくれたらいいなぁ。
「…………」
次の謝罪の機会のことを考えていると、シャツの袖が引っ張られた。
いつの間にかアメリアがすぐ後ろにいた。
「…………」
アメリアは俺が持つ血まみれの大剣を指差していた。
「ああ、すみません。戦ってる最中にこんなふうになってしまって……。この剣ならちゃんと洗浄してから返しますよ?」
しかしアメリアは首を横に振り、剣を奪うかのように手を伸ばしてきた。
どうやら自分で持っていたいようだ。
親の装備だからな。持っていないと落ち着かないのかもしれない。
「でも、重たいですよ? 代わりに私が荷物を持ちましょうか?」
荷物というのは、グラウンドファングの肉や牙などだ。
俺たちは、ヘーブルのパーティーに解体してもらった素材をみんなで分担してバックパックにしまって持ち帰っているところだった。
もちろん俺も持っているが、大剣と交換するなら重量的に問題はない。
「…………」
アメリアがすぐに頷いたので、交換した。
「ちょっと、あんたそれは……」
と、前を歩いていたラチェリが口を挟もうとしてきたが、
「な、なんでもない!」
俺と目が合うとすぐに視線を戻した。
何か気になることがあったのだろうか。
そんな俺たちのやり取りを間に挟まれながら見ていたレフィンとロフィンは、小さなため息をついていた。
街が見えてくるころには、すでに日が落ちかけていた。
朱色に染まる南門を抜け、サエペースへと入ると、大通りは昨日と同じように買い物客でごった返していた。
人の波を避けるように歩き、街の中央からやや南方へ位置する『冒険者協会』へと赴いた。
「さて、今日は色々あって疲れただろうから、ここでお開きにしましょう。報告はあたしがしておくわ。報酬は明日渡すから。別にピンハネしようとかそんなことは考えてないから安心して。それじゃあ」
「あの、ラチェリ」
「あ、あんたも早く帰って休みなさい。いい? 絶対に待ってないでよ! わかったわね!」
ラチェリは俺から二人分の荷物を引っ手繰って顔を背けると、レフィンとロフィンを連れ立って協会の建物へと入っていった。
一方的に言いつけて去っていったのを見ると、まだ怒りは冷めていないようだ。
これ以上追いかけて謝っても、さらにラチェリを怒らせてしまう可能性もある。
今日はラチェリの言ったとおり休むことにして、謝罪するのは日を改めるのがよさそうだ。
「…………」
後ろを振り返ると、アメリアが大剣を抱えたままいつの間にか小走りに去っていくところだった。
お開きと言われたので家に帰るつもりなのだろう。
できるなら彼女とは少し話したいと思っていた。フルフェイスの下の素顔について。
彼女が離れすぎていない間に「アメリア」と呼び止めようとしたのだが、その間に割り込んできた影があった。
「──それで、ヘーブルさんはどうなさったんですか~?」
「もちろん、この剣で勇敢に戦ったよ。助けてくれる者が誰もおらず、激しい戦いが続き、僕の疲労も最高潮に達していた。だが、先に力尽きのは奴のほうだった。僕はついに奴の体をこの剣で両断することに成功したんだ! そこのところ、『冒険者協会』本部への報告書にもちゃんと記載しておいてくれよ」
「は~、もちろん事実ならきっちりかっちり本部には報告しますが~。ん~、しかし困りましたね~。一緒についていったパーティーの方々と全然話が違います~……あっ、イセさんじゃないですか~。おかえりなさい」
『冒険者協会』の職員であるシュエットが柔らかい笑顔を浮かべて近づいてきた。その後ろにはヘーブルがおり、俺の顔を見た途端「げっ……」とうめき声を漏らしていた。
ヘーブルからしてみれば、俺はしばらく出くわしたくない筆頭の存在だろう。真っ先に洞穴から飛び出したところを見られたわけだしな。
「ただいま戻りました。さっきラチェリたちが『協会』に依頼の報告に行きましたよ」
「ラチェリちゃんがですか~? それでは色々聞かないといけませんね~。ああ、ヘーブルさんのほうは、ご報告ありがとうございました~。もう行っちゃって大丈夫ですよ~」
「へっ? あ、ああ……って、ちょっと待った。この後の僕と食事の約束は?」
「それはまた今度です~。また面白いことがあったら教えてくださいね~」
シュエットは俺たちに軽く頭を下げると支部の中に戻っていった。これからラチェリたちに報告を聞くのだろう。
ヘーブルと二人だけにされてしまった。
わざとらしくヘーブルが「んんっ!」と喉を鳴らした。
「君もご苦労だったよ。無事にグラウンドファングを撃破できたらしいね」
「ええまあ、なんとか。ヘーブルさんも無事だったんですね?」
「ああ、パーティーリーダーたる者、潰されて指揮系統が狂わないように、自分の身は最優先にするよう行動しているからね」
全力で街まで逃げ帰ってきて指揮系統が狂わないように、か。さらに報告がてら協会の職員を口説こうとしているように見えたのだが。
人当たりはいいし、人間味は十分すぎるくらいあるが、今回のクエストでラチェリがヘーブルを嫌っている理由がよくわかった。
何もやらずに、逃げただけの人間に自分のほうがすごいですといつもアピールされていたら、信用なんてできるわけないし、うっとうしくもなるだろう。
「現場に残った者からは君が単独でグラウンドファングを倒したと聞いている。相違はないかな?」
「とどめを刺したのは、私で間違ってはいません。ですが、ラチェリたちも一緒に戦ってくれました」
ラチェリたちは途中で援護してくれたし、武器はアメリアの大剣も借りたからな。みんなで戦ったからこそ勝てたのだ。
「君がそう言うのであればその通りなのだろう。ますます君に興味を持てそうだよ」
「え? それはどういう意味ですか?」
まさかこの人、パーティーメンバーに男しかいなかったが……実は男しか興味がない人物なのだろうか。
さっきシュエットを口説いているように見えたのが、あれは男好きを隠すためのフェイクなのか……?
もしかして狙われちゃってる……?
「僕はこの街で最強のパーティーを作ろうと思っていてね。強い人物を探しているんだ。よかったら君も加わってくれないかな? 雑種さんたちも一緒にね」
ああ、そういうことか。変に身構えてしまった。
しかしあれだけ全速力で逃げておいて、よく仲間になってくれと言えたものだ。見捨てられるのがわかっていてパーティーに加わる奴は少ないと思うが。
俺の応えももちろんノーだ。
「誘っていただいたところ申し訳ありませんが、今のところラチェリたち以外とパーティーを組む気はありません」
「そうかい。気が変わったらいつでも声をかけてくれ。僕は待っているからね」
勧誘文句を追加してくるかとも思っていたが、ヘーブルはあっさりと会話を打ち切り、『冒険者協会』の建物の中へと消えていった。
もしかしたら断られるのも承知の上で勧誘して回っているのかもしれない。それにしたって、もう少し自分の行動を見つめ直してから声をかけたほうがいいのではなかろうか。リーダーの逃走が常態化しているパーティーへ勧誘しても、スカウトの成功率は低くなるはずだ。
『アイドルセイヴァー』でアイドルをプロダクションに勧誘する際でも、アイドルの好きなものを手渡すのはもちろんだが、それ以上に注意しなければならないのは、好感度が低いときに、強引にスカウトを行うことだ。その際はスカウトの成功率にマイナスの補正がかかり、スカウトが失敗する場合のほうが多い。
ゲームと現実は違うが、それでも相手がこちらに対してどんな感情を抱いているかは最低限知ってからスカウトしたほうがいいとは思う。
とはいえ、決めるのはヘーブルだ。反面教師にはさせてもらうが、俺が彼にとやかく言うつもりはない。
自分は自分、他人は他人。
俺は俺で、今やらなければならないことを考えよう。
「アメリアに会いに行こう」
ヘーブルとシュエットが割り込んできたので見失ってしまったが、俺はアメリアと色々と話しておきたいことがあったのだった。
大切な大剣を血まみれにしてしまったことや、あのフルフェイスの下の素顔のことも気になる。
だがそれ以上に、訊いておかなければならないことがある。
アメリアは俺がこの世界に来たときに、初めて会った人物だった。
もしかしたら俺が異世界へ来た理由や方法を知っているかもしれない。
普段の様子を見る限り望み薄ではあるが、訊いておいて損はないだろう。
「確か、街はずれに家があるんだったな……」
ゴードンが店でそんな話をしていたような気がする。
ひとまずはアメリアが立ち去った方角にある街はずれの家を探してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます