第15話 見てしまったもの
一番近場のアメリアの元へと急ぐ。
おそらくフルプレートアーマーを着こんでいるので無事だとは思うが、過信はよくない。
さっきの巨大ワニはトカゲ熊の何倍も強かった。
アメリアはラチェリと違って尻尾で払われただけだったが、外傷はなくても衝撃で内臓がダメージを負っている場合だってある。早く診てやるにこしたことはない。
──カランカラ。
「……ん?」
急いで駆け寄ろうとした俺の足元で妙な音がした。
そこには……フルプレートの生首が落ちていた。
「アメリアさん……まさか首が……!」
と、一人で驚いてみたが、なんてことない。
フルフェイスのヘルメットが衝撃で取れて転がっていただけだ。中身は入っていない。
ということは、アメリアは今、素顔をさらけ出しているということだ。
彼女とは昨日出会ってから今日まで何度かコミュニケーションを取ったが、『鎧系無口女子』という印象しかない。
ドワーフに育てられたことと、声が可愛いことくらいしか知らないが、果たしてその素顔はどうなのだろうか。
きっと可愛いドワーフの女の子なんだろうな、と勝手に想像してしまうほどには興味がある。
わざわざフルフェイスの兜を被っているところから察すると、もしかしたら素顔を隠したがっているのかもしれないが、この状況で見てしまうのは仕方ないだろう。
大きな傷が顔にある場合も考えられるが、その場合は素直に謝って、口外しないことを誓うことにしよう。
さて、それでは素顔を拝ませてもらおうか。
そっとアメリアに近づく。
そこには──まばゆいばかりの星々の川があった。
左右の両側で編み込みのある艶やかな金色の長髪と白い肌、少し先がとんがった耳と、きゅっと結ばれた桃色の唇が愛らしい顔──。
ぱっと見た感じ、ドワーフのようには見えないし、人間とも違う気がする。
というか、この子どこかで見たような気が……。
「……んん?」
アメリアは目を覚ますと、上体をゆっくり持ち上げた。
吸い込まれそうな青の瞳が俺と視線を交わらせる。
「…………」
アメリアはいつもの通り無言だった。
しかし、その顔は怯えの混じるひきつったような顔をしている。
フルフェイスの下ではいつも仏頂面だと思っていたが、人と目を合わせるたびに怯えていたようだ。
やっぱり兜があるとないとでは印象ががらりと変わる。
それにしてもこの顔……どこかで見覚えがあるような……。
どこだったか。こんなアイドルにしたいくらい可愛い子は、一度見たら頭を強打でもされない限り覚えているはずなのだが。
『頭を強打』……?
「まさか、あの時湖にいた女の子……?」
じっと見てみると確かにそんな気がする。
髪の左右にある編み込みはあの時はなかったが、あのときの少女は裸で水辺にいたからだろう。
身長はもう少し高かったような気もするが……いや、鎧の中で少し体を屈めれば小さくは見えるか。
「な、なんで、気づいて?……あっ」
顔を引きつらせていたアメリアの目が、俺の手にある兜を捉える。
「ま、まさかわたし、ばっちり顔を見られちゃってる……?」
「はい。見えてますよ」
「あ、しまった。今のは独り言だったのかもしれない」と返事をしたあとに気がついた。
その直後だった。アメリアが座ったまますさまじい勢いで俺から距離を取った。
彼女の顔は幽霊にでもあったかのように青白くなっていた。
「や……」
「や?」
「野菜じゃないよ! 食べないで!」
「食べませんよ」
いきなり何を言い出すんだ、この子は。
いや、いきなり素顔を見られたから怯えてるのか。なんだか悪いことをしたみたいだ。
俺は近づかずにヘルメットを投げて渡した。
アメリアは「わぁっと!」とヘルメットでお手玉するように遊ばせたあと、なんとかキャッチする。
「驚かせてしまって申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」
「け、ケガ……?」
アメリアはヘルメットを急いで装着したあと、自分の体を見渡した。
フルアーマーの上からわかるのかと思ったが、鎧の内側で腕を引き抜いて体に触れているのだろう。
アメリアが着ている鎧は壺のような寸胴タイプなので、体と鎧との間にかなり隙間があり、内側から直接触って傷口などを確認することもできたようだ。
「…………」
アメリアは無言で頷いた。問題ないはようだ。
「念のため、光包帯……回復アイテムを渡しておきます。痛いところに巻いておいてください」
光包帯を内ポケットから取り出し、彼女を刺激しないように投げて渡した。
「私は今から奥にいる方々の治療をしにいきます。あなたの剣も回収してきますので、洞穴の入り口に戻ってラチェリたちと合流してください」
「…………」
アメリアはやはり無言で頷いた。
もう言葉を発する気はないらしい。
もしかしたら、怯えていて声が出ないだけかもしれないが。
先ほど素顔を見てしまったことについては、戻ってから話をすることにしよう。
グラウンドファングがもう一匹いる可能性を考えて、警戒して進んでいったが出くわすことはなかった。この洞穴に入っていたのはあの一体だけだったようだ。
グラウンドファングに尻尾で薙ぎ払われた戦斧(ハルバード)の男はすぐに見つかった。外傷はないようで、呼びかけたらすぐに目を覚ました。
しかし、もう一人の斥候役はかなりの重傷だった。体中に開いた多くの穴からは絶え間なく血が流れ出ていたのだ。かろうじて息をしていることに気づき、急いで光包帯を巻きつけると無事に意識を取り戻してくれた。
噛まれたショックからか虚ろな感じだったが、貧血による一時的なものだと戦斧(ハルバード)の人物は言っていた。
斥候役の冒険者は仲間である戦斧(ハルバード)の人物がちゃんと連れて帰ると言ってくれたので、俺は一足先にアメリアの大剣を取りに戻った。
目的の大剣は不自然に洞穴の壁に突き刺さっていたのですぐに見つかった。
「すごいことになってるな、これ……」
岩壁から引き抜いた大剣はモンスターの血に塗れて真っ赤になってしまっていた。
グラウンドファングの口内を貫通して攻撃するものがなかったので、思い切りぶん投げるという間違った使い方をしてしまったが、血まみれになっている以外に、どこか壊れたりはしてないよな?
もしもアメリアに弁償してと言われたら非常に困る。事務所には貨幣も保管されているが、この世界ではおそらく使えないだろう。弁償代を払うことになった場合、この世界で稼ぐか装飾用の宝石などを売る必要が出てくる。その宝石だって世界を跨げば稀少度は違うはずで、元の世界では非常に高価であっても、こちらの世界ではただの石ころと言われることもあるだろう。
心積もりをする意味でも、スキルでこの大剣を調べておこう。
アクティブスキルの『真偽眼』を発動させる。
『真偽眼』は主に宝石などの高価な品物に対する真偽の判明と、名称を明らかにするスキルで、熟練度をあげることで現在の状態と売った際の相場も教えてくれる。
ゲーム上ではカーソルを合わせると薄いウインドウに文字が浮かび上がることで情報を教えてくれたが、今は武器の上に日本語の文章が浮かびあがってきた。この世界では鑑定対象の上部に説明文が表示される仕組みのようだ。
武器の名は『エルフの大剣』、所有者は『アスピダ・ボーデン』となっている。
アスピダ・ボーデンというのは聞いたことのない名前だが、予想はつく。たぶんアメリアの育ての親のドワーフだろう。
勇者に同行した英雄らしいのでこの大剣もたぶん冒険の最中に、エルフにでももらったものなのだろう。『エルフの大剣』というくらいだから剣から魔法が出せるのかもしれない。
肝心の切れ味は──『なまくら』となっていた。
「『なまくら』って……ただの鉄の塊じゃん!」
というか、この剣はあれか。
初対面のときに、アメリアが俺を思い切り殴った鈍器か。
俺のときもそうだが、リザードベアーに思い切り叩きつけても、斬れるようなことはなかった。あれはアメリアがみねうちにしてくれたとかではなく、単純に大剣がなまくらだったから頭が斬れなかっただけのようだ。
ドワーフは戦闘鎚(ウォーハンマー)を使うイメージがあるから、斬れない大剣もありなのかもしれないが、せっかく剣とついている以上は、切れ味も多少はあったほうがいいとは思ってしまう。
「……端っこに備考が書いてある。『何かを守っているようだ』……?」
『真偽眼』には一部のアイテムに隠されている副次的効果も示される効果がある。
例えば『アイドルセイヴァー』で珍しいぬいぐるみを手に入れて鑑定した場合には、『アイドルの好感度を上げるアイテム』の他に『特にほしがっているアイドルがいるようだ』などのように特定のイベントを示唆する説明文が現れるのだ。
異世界でもその効果が発揮されているならば、この一文は『エルフの大剣』が副次的な効果を持つアイテムだと示すものなのはずだ。
そうなると、『何かを守っている』という文にも意味はある。
いわくつきの武器なのだろうか。武器自体が何かの『鍵』になるものなのか。
英雄の持ち物ならば特別な意味を持つ武器もあるのだろう。そのギミックのためにわざわざ刃を潰してあるのかもしれない。
「でもなんでそんな大剣をアメリアが使ってるんだ? アメリアが持つことで意味があるのか? でも、持ち主はアスピダ・ボーデンなんだよな……」
ここで考えていても埒が明かない。ともかくこの大剣はアメリアに返そう。血まみれになってしまったが、街に戻れば血を落とすこともできるはずだ。綺麗にしてからちゃんと返そう。
あとは、倒したグラウンドファングをどうするかだな。みんなで仲良く解体して持って帰れればいいが、ヘーブルがなんと言うか。ラチェリと喧嘩しないといいなぁ。
大剣を引きずらないように注意して、俺は洞穴の入り口まで引き返した。
「おーい、イセ!」
洞穴の入り口まで戻るとレフィンがこちらに気づき、大きく手を振ってきた。
隣にはフルフェイスのヘルメットを装着したアメリアもちゃんと戻ってきていた。
「イセさん、いいところに……。ラチェリさんが、目を覚ましそうです……」
ロフィンがほっとした顔で俺にそう告げるとその予測通り、膝枕していたラチェリが、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。
灰色の目が左右にゆっくり動き、俺の顔を向けられたところで止まる。
「気分はどうですか、ラチェリ?」
「イセ…………そうだっ!」
突如ラチェリが目を見開き、飛び起きた。
「グラウンドファングはどこ!? あたし、奴に噛まれて……って、あれ?」
唖然としている俺たちに気づいたのか、警戒を解いて自分の体を直接触って傷を確認し始めた。
「体が繋がってる……。あたし、噛み千切られたかと思ったのに……。それにグラウンドファングはどこに……?」
「バカでかい口のモンスターならイセが倒したぜ。ラチェリのケガもイセに治してもらったんだ。すげーよな、あのモンスターを倒すだけでもすげーのに、あぶねーケガを、一瞬で治しちまうアイテムまで持ってるなんてよ!」
「あれはきっと魔法布(マジッククロス)と呼ばれるものです……。魔法を封じ込めた特別な布で、それに賢者クラスの回復魔法が込められていたんだと思います……。そ、そうですよね、イセさん……?」
ラチェリにはレフィンが状況を説明し、ロフィンは興奮した調子で俺に光包帯のことを尋ねてくる。かくいう俺は、この世界には魔法布(マジッククロス)なんてあるのかと記憶に刻みつつ、「たぶん、そうだと思います……」と曖昧に濁しつつ、深く訊かれてもまずいと判断して話を変えるべくラチェリの容態を確認した。
「体は問題なさそうですか、ラチェリ? ケガはアイテムで治したつもりですけど、つもりになっているのが一番怖いですから、痛いところがあるなら我慢せずに教えてください」
モンスターの牙はラチェリの体を貫通していた。表面上の傷は塞がったように見えるが、体内の傷までしっかり治っているとは限らない。
『アイドルセイヴァー』のアイテムを疑っているわけではないが、元々あのアイテムはこの世界にはないものだ。今回初めて使用したのだから効果をしっかりと確かめておくにこしたことはない。
「……大丈夫みたいよ。痛いところはどこもないわ」
「それを聞いて安心しました。ラチェリが無事で本当によかったです」
「面倒をかけたみたいね……」
「気にしないでください。私もラチェリたちには助けてもらいましたから」
「そ、そんなの当り前じゃない。そ、そうよ、困ってるやつがいたら助けるのは当然よ!」
大声を張り上げるラチェリ。
もう大丈夫そうに思えるが、ラチェリを見ていて少し気になることがあった。
「そうですね。ところでラチェリ、本当に大丈夫ですか? 顔が少し赤いようですが……もしかしたら、あのモンスターの牙から菌が体内に入ってしまったとか」
ありえない話ではない。元いた世界だって、猛獣に噛まれたことによってバクテリアやウィルスなどが傷口から侵入して結果として死んでしまうことがある。
「へっ!? だ、大丈夫よ! なんでもないんだったら。ほら!」
ラチェリは両手を振って否定すると、その場で飛び跳ねてみせた。
「これだけ動けるなら大丈夫よ」
「そう、ですか……?」
「信じてないわね。それじゃあ、よく見てなさい!」
何をするのかと思えば、ラチェリは力を溜めるように膝を曲げると「はぁっ!」という気合いと共に跳び上がった。
俺の頭上よりもはるかに高い。
すごいな。垂直飛びで3メートルは超えてるのではないだろうか。ルーストマウンテンを登っているときもアメリア以外は息を切らせていなかったし、この世界の人の身体能力には目を見張るものがある。
「ねっ、大丈夫だったでしょ──って、うわぁっ!」
綺麗に着地したかと思われたラチェリだが、重心が後ろに行き過ぎていたらしく、バランスを崩した。
もし思い切り転んだら、閉じていた傷口が開いてしまうかもしれない。
「危ないっ!」
俺は咄嗟に手を伸ばした。
結果からいえば、それがまずかった。
倒れかけたラチェリの腕を掴もうとして宙を切った俺の手は、あろうことかラチェリの破れかけた服の一部を力いっぱい掴んでしまった。
パイプ椅子すら噛み砕くグラウンドファングの巨大で鋭い牙によって限界まで裂かれていた服は、ラチェリの体重を支え切れず、びりっという盛大な音を立ててその役目を終えた。
「あっ」とこの場にいるラチェリ以外のメンバーが小さな驚きを漏らす。
「いったたた……やっぱり病み上がりにやるものじゃないわねって……みんな、どうしたの?」
尻餅をついたまま、全員の視線が自分に集中していることに首をかしげているラチェリ。
そのラチェリは今、鎖骨からおへその辺りまで健康的な肌が露わになっていた。
真っ先に反応したのはロフィンだった。
「ラ、ラチェリさん……! 前、前……!」
「前……っ!?」
ロフィンの声に気づいたラチェリが、すぐに両手で体を抱くように胸を隠した。
それから、じろっと半眼で俺を睨み上げてくる。
「……イセ、見た?」
「え、えっと……!」
どうすればいい? 誤魔化す? それとも正直に、引き締まったいい体でしたって言うとか?──ただの変態じゃないかっ!
できるプロデューサーは女の子の裸を見てしまったときどうすればいいんだ? 逮捕か? 向こうだと即逮捕じゃないか? こっちだとどうなるかは知らんが。
考えろ、考えろ。『アイドルセイヴァー』でもこういったハプニングイベントはいくつか乗り越えてきた。間違った選択肢を選ぶと好感度は下がったが、正しい選択肢を選べば好感度は据え置きか、場合によっては上昇したこともあった。
俺はプロデューサー・イセ。『セイヴァープロダクション』の敏腕プロデューサーにして、『初代アイドルセイヴァー』の称号を持つ者。
そんな俺に、切り抜けられないシチュエーションなどない!
一瞬が1分にも思える思考時間の中、俺が出した結論は…………スーツのジャケットをかけるように手渡すというありきたりな手段だった。
そして、
「ごめんなさい、見てしまいました……」
素直に頭を下げて謝った。
やや、沈黙。
その直後である。
本気の拳が俺の左頬を襲った。
グラウンドファングに尻尾で叩かれたとき以上の衝撃に「前にもこんなことあったなぁ」と思いながら、俺は意識を手放した。
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