第13話 ルーストマウンテン

 今回俺たちが引き受けた依頼はモンスターの生態調査だった。


 俺がこの世界で初めて目を覚ました場所もそうだが、街にトカゲ熊──リザードベアーが入り込むというのは極めて異例のことらしい。


 確かにあんな狂暴な奴が街やその近辺にいつもいたら住民は安心して暮らせないだろうからな。


 もっとも街の周辺には、角の生えた兎や二足歩行の狼──それぞれアルミラージやコボルトと呼ぶ──などのモンスターは出るらしい。だがその二種類のモンスターはそこまで戦闘能力が高くなく、強い個体でも野犬レベルだという話だ。それくらいの強さなら冒険者でなくても追い払えるし、モンスターのほうも人を怖がっているらしく、無闇に近づいては来ないとのこと。


 その二種類のモンスターでも、サエペースの南門を突破して街中に現れるのは稀らしい。ごくたまに門以外の場所をよじ登ったり、北側の門から商人の荷物に交じって中に入ったものもいるらしいが、滅多にはないことのようだ。仮に街中へ入った場合は全住民とまではいかずとも、少しはパニックが起きるそうだ。いくら力が弱いといってもモンスターだからな。街の住民が追い払えるレベルでも、女性や子供が出くわせば被害が出る可能性はある。


 比較的弱いモンスターでもそうなのだから今回街中にリザードベアーが現れたのは、それはもう大事だったようだ。


 早めに討伐したため、建物を少し壊される程度の被害で済んだが、街で暴れられでもしたら100人以上が殺害されてもおかしくなかったらしい。

『冒険者協会』には危険度カテゴリーというものがあり、リザードベアーは『D』にランク付けされている。どのくらいの危険度なのかというと、一般人に何十人と死傷者が出るレベルなのだという。【シルバー】ランクの『冒険者』が一人以上いるパーティーでなければ討伐依頼を受けられないほど危険な相手らしい。


 熊の巨体と大きな鈎爪を持っていたので危険な奴だとは思っていたが、あのトカゲ熊ってそんなに強かったのか……。まあそんなモンスターを倒したがために、俺はあっさりとランクを一つ上げてもらったわけだが。【クリスタル】のプレートを返還して、代わりにもらった【ブロンズ】のプレートは、見やすい場所につけておいたほうがいいと言われたので名札のようにスーツの胸ポケットのところにつけておいた。ちなみにラチェリは肩のあたりに【シルバー】のプレートを付けており、レフィンとロフィンは、左腕と右腕にそれぞれブレスレットのようにしてつけている。アメリアは鎧と色が一体化してわかりづらかったが、額当てのようにフルフェイスの額の当たりに埋め込んであった。


 話を戻そう。


 リザードベアーがこうも街に接近し、あまつさえ街中へ現れたのは極めて異例の事態で、街の防衛も受け持っている『冒険者協会』としても早期に原因を究明したいようだった。そこでちょうど昇級でもめていた俺たちに、その場でリザードベアーの生態と生息域の調査という依頼を出したというわけだ。


 そして俺たちは今、トカゲ熊、もといリザードベアーの棲み処があるという、サエペースから南方にある山々──ルーストマウンテンへと向かっていた。


 ルーストマウンテンは、林に囲まれた標高300メートルほどの山で、多くのモンスターが生息しているらしい。調査対象のリザードベアーもこの山の洞穴を寝床にして、近隣の林などで主食である動物やモンスターを狩り、その肉を食べて暮らしているとのこと。


 縄張り意識があり、本来ならルーストマウンテンからあまり離れようとはしないのだが、遠く離れたサエペースまで来たことで、リザードベアーの棲み処で何か異常事態が発生しているのはないかと思われた。そのため、『冒険者協会』は生態調査などというクエストを準備したようだ。


 ということでそのルーストマウンテンへ向かうことになった。元いた世界では、山へ行くときには専用の装備とか、途中までは車とかいった準備をしていたが、この世界では一切なし。そもそも車はこの世界には馬車くらいしかなく、その馬車も街中の整備された道を走るならともかく、林道と呼ぶのもはばかられる獣道なんて通れるわけがない。


 そんな理由があり、俺たちは徒歩で目的の麓へと向かう獣道を歩いていた。

 途中でアルミラージやコボルトにも遭遇したが、モンスターたちの威嚇に合わせて、ラチェリが睨み返すと彼らは身を縮こまらせて道を開けた。ラチェリさんさすがです。ちなみに俺がやってみたところ、飛びかかられた。無闇に近づいてこないモンスターを威嚇した結果の失態だった。すぐにパイプ椅子で迎撃したがな。


 休憩を挟みつつ歩き続けると、ルーストマウンテンの麓の林を抜け、山肌が見えるところまでやってきた。


 視界が開けた先には、切り立った岩壁が現れた。ほぼ垂直に伸びていて特別な訓練を受けた人が特別な器具を使わないと登れそうにない。上のほうには鹿のような動物が岩壁にあるわずかな足場を跳ぶように移動していた。


「ここを登るんですか?」

「そんなわけないでしょ。まああんたなら楽勝かもしれないけど、あたしたちには無理だからあっちから上がっていくわよ」


 いや、俺でも無理ですと心の中で返答しつつ、ラチェリがあっちと指差した緩やかな坂道を使って登っていくことになった。


 岩壁と違って、こちらは林のように木々が生い茂っていて、うまい具合に木々を掴んで進まないと足元の草で足を滑らせて転げ落ちてしまいそうだった。


 実際アメリアが何度も滑って転びそうになっている。


「大丈夫ですか、アメリアさん?」


「…………」


 アメリアはやはり無言で頷いた。


 大丈夫じゃないような気もするが、本人が大丈夫だと頷くなら止めはすまい。


 とはいえ、一人だけ転がり落ちて行かれても困る。


 俺は木に巻き付いていた丈夫そうなツタを魔法で作り出した鉄製の名刺でナイフのように切り、端を結んでアメリアに手渡した。


「それを鎧に巻き付けてください。片方は私の体に巻き付けておいて、もしアメリアさんが滑っていきそうになったら支えますから」


 アメリアは少し迷ったように動かなかったが、やがて頷いて蔓を巻き付け始めた。


 蔓の強度にもよるが、仮にフルプレートの重みに耐えきれず蔓が千切れてしまっても、アメリアが転げ落ちたのはわかる。アメリアだけがいつの間にかいなくなっているなんて事態はないはずだ。


 見上げるとラチェリが少し不満そうな顔をしていた。


 もしかしたら彼女なりのアメリアへの教育方針があって、俺の対処に不満だったのかもしれない。ファンタジーみたいな世界だから割と根性論とかありそうだしな。


 しかし、ラチェリはアメリアに関しては何も言わず、「もう少しで平らなところに出るから我慢しなさい」とだけ言って登山を再開した。


 

 ラチェリの言葉通り、5分ほど登ったところで平らで開けた場所に出た。凸凹していて歩きにくさはあるが、パーティー単位で休憩を取る場所には問題ないだろう。


 そしてそう考えていたのは、俺たちだけではなかった。


「やぁ、これは雑種さん御一行じゃないか」


 そこにいたのは、『冒険者協会』前で出くわした青年だった。街では布製の服を着ていたが、今は日の光を反射する綺麗な鎧を身につけていた。


「ヘーブル? なんであんたたちがこんなところにいるのよ!」

「ここに来た理由かい? おそらく君たちと同じだと思うけど?」

「……あんたたちもリザードベアーの生態調査に来たってわけ? シュエットめ、依頼したのはあたしたちだけじゃなかったのね」

「おっと、協会の職員を悪く言ってはいけないよ。ルーストマウンテンは広いからね、とても1パーティーでは回り切れない。それにリザードベアーと戦闘になれば命も危ないからね。多数のパーティーに頼むのは当然のことさ」


 早速噛みついたラチェリに、ヘーブルという貴族の青年は至極全うな意見を返す。ラチェリも反論できず、「ぐぬぬ……」と唸っていた。


「依頼がブッキングしたことによる不満はごもっともだけどね。本来なら先に来たもの勝ちだけど……どうだい? 僕たちと一緒に調査をしていかないか?」

「お断りよ! 誰があんたなんかと……!」

「君は大丈夫でも、他のメンバーはどうかな? そこの執事に縄で括られている人はもう限界なんじゃないかな?」


 ヘーブルに言われて見てみれば、アメリアは肩で息をしていた。フルプレートアーマーで山登りだからな、ちゃんとついてきているように見えて、かなり体力を消耗したらしい。そりゃあ息切れもするだろう。


「ここで休ませながら、動ける者は調査に加わってほしい。報酬は働きに応じて支払うよ。どうかな? 今から僕たちが調査する場所とは別の巣穴に向かってもいいけど、それだってかなり体力を使うはずさ。そんなところをリザードベアーに襲われたらどうなるか……パーティーリーダーをやってるんだから、そのくらいはわかるよね?」

「……わかったよ。でも、あたしたちの取り分をピンハネしたら承知しないからね!」


 ラチェリがヘーブルの案を飲み、ここからは合同で動くことになった。


 洞穴の調査隊の編成は、俺とヘーブルとそのパーティーメンバーから二人──妙にでかい斧を装備した男と地図を持つ男が先頭、その後ろにラチェリとヘーブルのパーティーメンバー、さらにその後ろにレフィンとロフィンを含めた支援メンバーが控えている。


 この布陣が決まったとき、


「なんでイセが一番前なのよ! 今日冒険者になったばかりって知ってるでしょ!」


 と、ラチェリが異議を申し立てたが、


「今日冒険者になったのにもう【ブロンズ】なんだろう? リザードベアーをたった二人……いや、もしかしたら単独撃破できる実力者を前に出さないわけにはいかない。まあ、彼の実力をこの目で直にみたいという本音もあるけど」


 と、ヘーブルが本音も隠さずに理由を明かした。


 真っ先にトカゲ熊と出くわすポジションだが、俺にはあの長い爪でも切り裂けないスーツを着ているし、首からを上を腕でガードしてしまえば、接敵した際にも逃げるくらいはできるだろう。


 猛獣の前に出るのは怖くないこともないが、この世界に来て、最初に出会って撃退できたからか、怖さは幾分か薄まっている。


 なので、俺が先頭にいることには抵抗はない。それよりも怖いのはここでラチェリが「あたしが前をやる!」なんて言い出して、トカゲ熊とエンカウントしてしまうことだ。ラチェリは以前に一撃でトカゲ熊を瀕死までおいやったが、あれは不意打ちの上にレフィンたちの支援があってできたことだろう。だが今度はこちら側が不意打ちされることもあり得る。


 彼女たちはこの世界での協力者だ。それ以上に、女の子をそんな危険な場所に送り込むという行為は、アイドル育成ゲームをやってきたユーザーとしてできるわけがない!


「私は構いません。最前列への配置をお願いします」

「もちろんそのつもりだ。よろしく頼むよ、イセ」


 ヘーブルが頷きつつ、「どうだい? 僕の意見に彼も納得しているよ?」といった感じに視線をラチェリへと送った。


「本当にいいの、イセ? 洞穴にリザードベアーが何匹潜んでいるのかわからないのよ? あたしたちに遠慮してるなら断りなさい」

「大丈夫ですよ。今朝も戦いましたけど、やられないようにはできるつもりです。それに後ろには信頼しているラチェリがいますからね。何も怖いものはありませんよ」

「……そ、そう。あんたがそう言うならいいわ。ええ、あたしがちゃんと守ってあげるから」


 ラチェリはやや上ずった声で、同意してくれた。


 そして、調査が開始されることとなった。

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