第12話 ロフィン先生の魔法講座

「…………」

「…………」


 最前列と最後列。


 無言を貫く少女が、林の中を進んでいた。

 一人はどことなく怒りの雰囲気をまとい、もう一人はガシャガシャと耳障りな音を立てて、歩いている。


 間に挟まれている俺とチビッ子二人は非常に居心地が悪かった。


「なぁなぁ、イセ……ラチェリたちなんかあったの?」


 話しかけてきたのは、黒髪に白メッシュのほうのチビッ子、レフィン。


 出会ったときから少年のようなしゃべり方をしている彼女も、この妙な空気を感じているようだ。


「あの二人っていつも仲悪くてあんまり話したりしないんだけど、今日はいつにも増して避けてる気がする」

「アタシもそう感じます……」


 白髪の黒メッシュのロフィンも持っている杖を必要以上に強く握って不安そうにしている。


 小さい子二人を不安にさせるなんてラチェリはダメなお姉ちゃんだな。まあ、俺も少し関わっているからまったく責任がないとは言えないのだが。


「今朝方、街に入り込んでいたリザードベアーを私とアメリアさんとで退治したんです」

「あぁ! オレとロフィンが寝てる間にそんなことがあったんだってな! 受付の姉ちゃんに聞いた!」

「二人で討伐したんですね、すごい……」

「どうやって倒したんだ? 昨日みたいに石をぶん投げたのか?」

「よかったら、教えて、ください……」


 二人が羨望のまなざしで俺を見上げくる。『アイドルセイヴァー』にいた幼いアイドルもこんな感じだったな。小さな子に慕われるというのはいいものだ。ただ、こんな純粋で綺麗な目を向けられると、名刺を針山のように大量に差し込んでから、パイプ椅子で殴り倒したなどと邪気まみれの戦法は非常に言いづらくなってくる。


 オブラートに包んでいこう。


「二人で協力して倒しましたよ。それで『冒険者協会』からは、私はブロンズに昇格することを許されたんですが、アメリアさんは過去にたくさん失敗をされていたそうで、たとえ二人であっても失敗を埋める分の功績には足りないということになったんです。それであと一つ、シュエットさんの選んだ依頼を成功させたら昇格できる手はずになった、ということです」


 アメリアが過去にどんなことをやらかしたのかは知らないが、あと一回依頼をこなせば昇格できるならそこまでとやかく言うことでもないだろう。


「ああそっか! それでオレたち林の中を歩いてたんだな!」

「依頼の内容は、合流したときにラチェリさんが言ってたよ……? アタシはいつものお金稼ぎだと思ったけど……」 

「あれ? でも、それならなんでラチェリの奴はむくれてるんだ? あと一回で【ストーン】も【ブロンズ】になるんだろう?」

「レフィン、もう【ストーン】はやめなよ……。アメリアさんも【ブロンズ】になるんだよ……」

「む……わかったよ。オレは発破をかけるつもりで言ってたけど、あんまり【ストーン】っていい意味じゃないしな。でもアメリアもオレたちと同じ【ブロンズ】か」

「アタシたちよりも先に、『冒険者』になったからずいぶん長かったよね……」

「それも今日で終わりって……あれ、でも【ブロンズ】になれるならそれでよくね? なんで妙な空気になってるんだ?」

「そう、だよね……。イセさん、なんでラチェリさんとアメリアさんは、無言なんですか……?」


 二人そろって俺に答えを求めてくる。


「アメリアさんが話さないのはいつものことみたいですけど、ラチェリは内心で私を【シルバー】でアメリアを【ブロンズ】にしたかったみたいなんです。それが両方とも自分の予測を下回ったので少し機嫌を損ねたといったところなんでしょう」

「はぁー……ラチェリってそういうところをあるよな。身内に甘いってか、過大評価しちゃうってか」

「でもラチェリさんの言ってることもわかるよ……。アメリアさんずっと【クリスタル】のままだったんだから……」


 そうなのだ。ラチェリは厳しいことを言うが、少しでも仲良くなった相手に対してはとことん甘くなる一面がある。でなければ、俺がこんなすんなりとパーティーに合流できるはずもないしな。ありがたいことだが、身内に対して甘いがゆえに、評価も甘くなってしまうのだろう。


「まあでもラチェリがむくれてる理由はわかったよ。まったく、オレと違っていつまで経っても子供なんだから……あ、いて」


 前を見ずに歩いていたレフィンが、そこで立ち止まっていた人物にぶつかってしまった。


「いてて、前見てなくて壁にぶつかっちゃった……」

「誰が壁ですって」


 レフィンがはっとなって前方を見ると、ラチェリが仁王立ちしていた。


「なんだ、ラチェリか……。いきなり止まるなよ。背中にぶつかっちゃったじゃないか」

「……今度は『背中』ねぇ。へぇ……あんたはさっき、あたしの胸にぶつかったわけだけど、壁だとか背中だとか……好き勝手言ってくれるじゃない!」

「えっ!?」


 レフィンが「そうなの?」とこちらを向いて目で尋ねてきた。


 俺とロフィンは同時に頷いた。見ていたからな。


「ち、違う! オレは決してラチェリの胸がなさ過ぎて、壁とか背中とか言ったわけじゃないぞ!」

「てことは、あんたは普段からあたしの胸がなさ過ぎだとは思っていたわけね」

「あ……」


 しゃべるごとに墓穴を掘っていくレフィンは、いつしか顔に大量の汗を掻いていた。


「覚悟はできてるんでしょうね……!」

「ぎゃー、許して! オレは事実を言っただけなんだからさ!」

「何が事実だぁぁぁぁっ! あたしの胸は壁でも背中でもないっての!」


 逃げ出したレフィンを、ラチェリが全力で追いかけていった。


「ラチェリ、ここは街の外なんですから、あんまり離れないほうが……」

「待てー!」


 俺は止めようとしたのだが……ダメだ、聞こえてない。


「ああなってしまったラチェリさんは、止められないです……」

「そうみたいですね。この辺りで一旦休憩にしましょう。目的地の麓まではまだ距離があるようですから」

「はい……。それが得策だと思います……」

「アメリアさんも休憩でいいですか?」

「…………」


 アメリアは頷いて近くの木の幹に背中を預けた。


 フルプレートアーマーなんて着こんでいるので、きっと一番疲れているに違いない。


 俺もそれに習おうとして、ふと思い出した。


「【椅子作成(クリエイト・チェア)】」


 念じると木組みのイスが、俺の両手に掴まれている形で出現した。


 俺の魔法はどうやらパイプ椅子の他にも、ライブで使うタイプの椅子なら作成できるようだ。


 一応素材は木をイメージして作成したので、パイプ椅子と違ってこのままここに置いていっても自然にとって害にはならないだろう。


「アメリアさん、これに腰かけてください。鎧を汚さないですみますよ」


 椅子をアメリアに手渡す。


 アメリアはおっかなびっくり椅子に腰かけていた。


 鎧の重みで壊れるかもしれないと一瞬思ったが、椅子はしっかりと持ちこたえてくれた。木組みだが意外と頑丈らしい。


「ロフィンさんもどうぞ」


 椅子を作り出して差し出すと、ロフィンは目を丸くしていた。


「イセさんも、魔術師だったんですか……?」

「魔術師……?」

「魔法を使える人たちの総称です……。アタシも回復系の魔法を使えるので、魔術師ではあるんですけど……」


 ああ、俺のこの作成スキルはやはり魔法という扱いになっているようだ。


 ただプロデューサーという職業が魔術師かと言われるとそれは違うと思う。


「そうなのかもしれません。といっても、このくらいしかできないんですけどね。それにしても『魔法』なのに『魔術師』って言うんですね」


 個人的な意見だが、魔法を使うなら魔法使い、魔術を使うなら魔術師だと思っていた。


「魔術を含んだ神秘の力を魔法っていいます……。魔法使いじゃなくて、魔術師って呼ばれてるのは、そっちのほうが格好いいからとかそういった理由だって聞いてます……」


 格好いいからか、すごい理由だな。だが元いた世界でも、語呂がいい名前が好まれているところはあった。最初に決めたもので馴染んでしまえば、みんなそういうものだと認識してしまうのだろう。


 ロフィンは昨日俺のケガを魔法で治してくれたし、魔法に関しては、パーティーの中ではロフィンが一番詳しそうだ。


 こうして一対一で話すのも初めての機会だし、今後のために色々魔法のことを聞いておこう。魔法の知識があるのとないのとでは、緊急時の対応に差が出るだろうからな。


「魔法の種類ってどういったものがあるんですか?」


「基本的には、5つの属性に分けられます……。炎魔法、水魔法、土魔法、風魔法と呼ばれる四大元素の魔法と、それ以外の特異魔法です……。回復魔法は特異魔法の中にあります……。たぶんですけど、イセさんの何かを作る魔法も特異魔法に分類されるんだと思います……」


「そうですか、私の魔法は特異魔法だったんですね」


 俺の魔法についてもしっかりと区分もあるようだ。


「アタシも本から得た知識だけなので、あまり詳しくは説明できないんですけど……」

「いえ、充分わかりますよ。先生に教わっているみたいです」

「えっ……!? せ、先生なんて……アタシは誰かに何かを教えてあげられるほど、賢くはありません……」

「そんなことありませんよ。こうして今、私が教わってるじゃないですか、ロフィン先生」

「ロ、ロフィン先生……!? あ、あの……そ、そういうのはちょっと恥ずかしい、じゃなくて……恐れ多いのでやめてください……」


 ロフィンが俯いてしまった。少しやり過ぎたようだ。


「ごめんなさい、ちょっと調子に乗っていましたね」

「あ、謝らないでください……! ちょっと気になるというか、その呼び方だと、誤解を招きそうだと思っただけで……。ア、アタシのことは、普通に呼んでください……」

「普通ですね。わかりました」


 本人からの要望だ。この子と接するときは一般的な受け答えにしておこう。まあ、さっきの持ち上げたときの反応が可愛かったので、たまには持ち上げてしまうかもしれないけれど。


 ロフィンも「アタシが先生か……えへへ……」と嬉しそうに微笑んでいるところを見ると、慣れていないだけで、褒められるのが嬉しいことには変わりないようだ。


 しかし、了解した直後にからかうように持ち上げるのも信頼関係を損ねるので、言われた通りに話しかけるとしよう。


「ロフィンさんは……」

「あ、えっと……ロフィンで大丈夫です……。アタシはヒューマンなので、見た目通りまだ子供ですし……。レフィンのこともよかったら、レフィンと呼んであげてください……」

「わかりました。それじゃあ、ロフィン」

「はいっ」


 嬉しそうに微笑んでいる。ラチェリとレフィンがいる手前、引っ込み思案なのかと思ったが、実は話したがりなのかもしれない。


「ロフィンは、回復魔法の他にも四大元素の魔法が扱えるんですか?」

「はい……四大元素の魔法も扱えますよ。といっても、全部Lv.1にカテゴライズされる魔法だけですけど……」

「Lv.1にカテゴライズされる魔法……?」

「回復魔法もそうなんですけど、四大元素の魔法にもランクがあるんです……。魔法はLv.で段階が分けられているんですけど……。アタシはその中でもLv.1の魔法なら使えます……」

「ということは、合計5つも魔法が使えるんですか? すごいですね」

「えっ……そ、そんなことありません……。学校へ行っている子は、アタシくらいの歳でもLv.2の魔法が使える子とか、詠唱を省略できる子もいたりするので……」

「それでもロフィンが優秀ではない証拠にはなりませんよ。それにサエペースには学校がないんですよね? それでここまでできるなら、きっとロフィンが一番すごいんだと思いますよ」

「わ、はわわわ……そ、そうなんでしょうか……?」

「私はそう思ってますよ」

「あ、ありがとうございます……」


 白い肌を真っ赤に染めている。日頃から大人の魔術師と比べられて、あまり自分の魔法を褒められたことがなかったのだろう。


 持ち上げないようにと決めたのにすぐにまた持ち上げてしまったが、このくらいは許してもらおう。


 先ほどと違って過度な持ち上げ方はしてないからな。自分にできないやってのける年下の子を褒めるのは年上として当然のことだ。


「──あんたはもっと年上に敬意を払いなさい」

「わかったって、ラチェリの小さな胸にもちゃんと敬意を払うから、って痛いっ!」

「街に戻ってからもお説教確定ね」


 ロフィンと話していると、ラチェリがレフィンの首を片腕で締め上げながら戻ってきた。


「おかえりなさい、ラチェリ」

「ただいま……ってずいぶんくつろいでるわね」


 ラチェリは少し呆れたように俺たちを見ていた。


「ラチェリたちが戻ってくるまで、休んでおこうと思いまして。ロフィンと少し話していました」

「は、はい……。そうです……」

「そう。『ロフィン』ね……」


 ラチェリが視線を向けると、ロフィンは慌てたように目を逸らした。何か二人の間で伝心があったようだ。


「まあ、いいわ。仲良くなったようで何より。あたしたちも少し休ませてちょうだい。このバカがずいぶんすばしっこくて、捕まえるのに苦労したわ」

「はっはっは! オレだって上に行くために特訓してるからな! ラチェリ相手だってそう簡単には捕まらないぜ!」

「そういう向上心はもっと別のところで役に立てなさいよ。それにしても、あんたたちが座ってる椅子どうしたの? まさか持ってきたわけじゃないでしょう?」

「ああ、それなら私が作りました。【椅子作成(クリエイト・チェア)】、はいどうぞ」


 俺は先ほどと同じ木造りの椅子を作り出して二人に差し出した。


「あ、あんた、魔術師だったの!?」

「すごっ! イセって、リザードベアーを投石で倒せるのに、魔法まで使えるんだな!」

「す、すごい、よね……。アタシも、びっくりしたよ……」


 三人の俺に対する評価がうなぎ上りだ。


 ただまあ、作れるのは椅子とか名刺とか、あとはできて簡単な机やタオルくらいだろうか。


 あくまでアイドルをサポートするものばかりで、モンスターとの戦闘に役立つ魔法ではない。


 万能とはさすがに思われていないだろうが、期待されすぎないように気を付けないとな。


 信頼されるのはいいが、され過ぎて失敗したときの失墜ぶりが心配だ。


 その後、少し休憩してから、俺たちは再び目的地に向けて出発した。

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