第11話 冒険者パーティーとアメリア
『冒険者協会』の外には、人だかりができていた。
体のいたるところに名刺が突き刺さったリザードベアーがいるので、通行人が興味を惹かれて見に来たのかと思ったが、少し様子がおかしい。
集まっているのは甲冑を着こんだ、明らかに冒険者たちばかりで、街の住民が面白半分に見に来たという雰囲気ではない。
人垣の中心にはリザードベアーとフルプレートアーマーを着こんだアメリアがいた。
そのアメリアは今、目の前に立つ男に首元のプレートを掴まれて足をぷらぷらさせていた。
「アメリア……っ!? ちょっと放しなさいよ!」
ラチェリがすかさず割って入ると、男はアメリアから手を離した。
「これはこれは、飼い主の雑種さんの登場だね」
緑色の髪と瞳をした優顔の男だった。歳は20くらいだろうか、街中にいるのでプレートの類はつけず、動きやすそうな軽装だった。
「ヘーブル! あたしのパーティーメンバーに何をしていたの!?」
「そう目くじらを立てないで。悪かったよ、確かに今のはちょっと誤解を招いたかもしれない。素直に非を認めよう。でも僕はちょっと話をしていただけなんだ。彼女はほら……あまり声を出したがらないから、近寄って聞いていただけさ」
「恐喝の間違いじゃないの? とても人の話をしているようには見えなかったわ」
「恐喝? 冗談はやめてよ。王都の貴族出身の僕がどうして恐喝なんて無粋なマネをしなくちゃいけないんだい? ラチェリ、君の勇ましさは素晴らしいけれど、思い込みの激しさは直したほうがいいと思うよ? これは貴族であり、冒険者の先輩でもある僕からの助言だ」
「余計なお世話よ。さっさとどこか行きなさい!」
ラチェリが威嚇するように大声を上げると、男──ヘーブルは肩をすくめてみせた。
「僕はこう見えて君を買ってるんだけどね。君さえよければ、いつでも僕のチームにおいでよ。親の名声にしがみついた【ストーン】の面倒なんて見ていても、何の得にもなりはしないんだからさ」
「いちいちうるさい奴ね! あたしは【シルバー】だし、『魔戦夜行』のリーダーなの! もうあんたにだって負けないんだから! ほら、散った散った!」
「……もう少しお淑やかなら、可愛げもあるんだけど。それじゃあね、雑種さん」
ヘーブルが移動すると人垣も彼に続くように離れていく。
周りにいたのは、全員あの男のパーティーだったようだ。
「おや?」
と、そのままラチェリに言われた通りにどこかへ行くと思われていた男は、『冒険者協会』の入り口に立っていた俺の前で足を止めた。
「君は見かけない顔だね? 他から来た人かな?」
「イセはあたしのパーティーよ! 勧誘しないで!」
「なるほど、彼女の知り合いだったんだね。イセ、か……珍しい名前だ。でも、ちゃんとした『人間』みたいだね。あの子と一緒にいると苦労も多いと思うけど、悪い子じゃない。頑張って支えてやってくれ」
それだけ言うとヘーブルはラチェリの怒りの視線を浴びながら、仲間とともに立ち去っていった。
声音自体は落ち着いた感じの男だったが、アメリアを脅しているように見えたし、ラチェリにも攻撃的な言葉を浴びせられているところを見ると、腹に一物あるような人物なのかもしれない。
もめ事にならないように警戒しておくべきだろう。
「冒険者さん同士のお話は終わりましたか~?」
シュエットが『冒険者協会』の建物から出てくる。
「終わったわよ。こいつ、ちゃんと調べてよね」
「その寝そべっているのがそうですね~。確認をしま~す」
ヘーブルとのやり取りで鼻息を荒くしたままのラチェリが、シュエットを手招きする。
その間に俺はアメリアへと近づいた。
「アメリアさん、大丈夫ですか?」
「…………」
無言だったが、アメリアはフルフェイスのヘルメットを前後させて頷いた。
ラチェリはそのアメリアの様子を見て、安心したようにため息を零した。
「……とにかく何もなくてよかったわ。ああいう奴にははっきりと言ったほうがいいわよ。『近寄るな、クズ男が』ってね!」
「…………」
アメリアが再び声を出さずに、フルフェイスのヘルメットを前後させて頷いた。
「まったく、あんたがそんな調子だからなめられるし、【ストーン】なんて呼ばれるのよ」
「…………」
「返事はなしか……もういい!」
アメリアは叫んで立ち上がると、大股で『冒険者協会』の中へ入っていってしまった。
どうやら、アメリアの反応がお気に召さなかったらしい。
当のアメリアはやはり無言で、ラチェリが入っていった『冒険者協会』の出入り口を眺めていた。
昨晩ゴードンが言っていたラチェリとアメリアを取り巻く不安要素なのだろう。
「あらあら~、ラチェリちゃんたらまたヘソを曲げちゃった~。ふふふ、他人が言うこと聞いてくれなくて拗ねちゃうラチェリちゃんも可愛いな~」
手に持った用紙に何やら記入しながら、シュエットは微笑んでいた。
「……シュエットさん、ずっと気になってたんだけど【ストーン】っていうのも『冒険者』のランクなんですか?」
「それはランクではなく、皮肉みたいなものですね~」
「皮肉、ですか?」
「お話しした通り、『冒険者』のランクは【クリスタル】から始まって、どんどん価値のある鉱石や貴金属の名前に変わっていきます~。最終的には高価な上に、ぴかぴかに煌めく宝石のランクになれます。ですけど冒険者の中には、依頼を受けても完遂できなかったり、一つの依頼に時間がかかってしまって少ない数しか依頼をこなせなかったり、仲間の足を引っ張ってしまったりしてしまう方も存在するんですよ~。言ってしまえばお荷物ですね~。そういう人たちのことを粗雑な【クリスタル】の輝きすらなくなった者、ただの石ころ──【ストーン】って冒険者様の間では呼ばれていたりしますね~」
そういうことか。【ストーン】というのは役立たずの肩書きだったらしい。
元の世界でもいじめとかが騒がれていたが、それは異世界に来ても同じようだ。
「『冒険者協会』でその呼び方をやめさせたりはしないんですか?」
「冒険者様同士で争うのも、成長要素にはなりますからね~。馴れ合って、談合して簡単な依頼しか受けられなくなるとこっちとしても困るんですよ~」
冒険者の質を上げるために競わせるのは基本で、そういった背景があるから、いじめを助長するような言動も止めようがないというわけか。
モンスターなんかがいる異世界だからそういう考えのほうが普通なのだろう。
「でも、ラチェリちゃんはあれでもえらい子なんですよ~。口では【ストーン】なんて言ってますけど~、アメリアさんがパーティーに加わってからは彼女を絶対に放っていったりはしてませんからね~」
「そうなんですか、アメリアさん?」
「…………」
俺の問いはようやく立ち上がったアメリアへと投げたものだ。
彼女はちょっと間を置いたあと、やはり無言でうなずいた。頭の中で思い出して「あ、言われてみればそうかも」と気づいたのかもしれない。
これもまたゴードンの言った通りだ。ラチェリは悪口を言っていても、一度仲間にした子を見捨てるようなことはしない。
優しい子だ。だが、その優しさをどう表現したらいいかわからないのだろう。
その辺りを解消できれば、ラチェリとアメリアは互いに信頼できる関係を築けると思うのだが。
「──だからこそ、彼女が泣きながら他人を見捨てるところを見てはみたかったんするんですけどね」
「え?」
「ふふふ、なんて冗談ですよ~。はい、評価の査定が終わりました~!」
不穏な願いが聞こえたような気もしたが、シュエットは明るい声で事務処理の終了を告げた。
「街中に迷い込んだリザードベアーの討伐依頼はこれで完遂です~。そしてそれに伴って、ランクの更新もあります~。ご確認くださ~い」
シュエットから手渡される書類。
「…………」
アメリアと一緒に覗き込むとそこにはこう書かれていた。
イセ──ランク【ブロンズ】昇格。
アメリア・ボーデン──ランク【クリスタル】維持。
その後、アメリアの査定結果を知ったラチェリが激怒したのは言うまでもない。
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