第10話 冒険者協会

『冒険者協会』サエペース支部。


 昨日街へ来た直後に立ち寄った巨大な建築物だ。


 街の中心部からやや南方に位置する『冒険者協会』サエペース支部は、サエペースにいる冒険者の登録と管理、そして冒険者への仕事の斡旋をしている──。


 道すがらラチェリに簡単な説明を受けつつ、俺は『冒険者協会』サエペース支部に入った。


 外から見ただけでもかなり大きな建物なのはわかっていたが、入ってみると内部もより一層広く作られているのが見て取れた。


 一階建てだが、見えている範囲でもショッピングモールのワンフロア並みの広さがある。


 それに天井が高い。街中のほとんどの建物の高さが3メートルほどしかないのに対して、7、8メートルはある。


 なぜこんなに天井が高く作られているんだ? と一瞬思ったが、おそらくは人間以外の種族も利用するからだろう。


 巨人という種族がいるのかはわからないが、人のような姿で獣の耳や尻尾が生えている種族(おそらく獣人)にはかなり長躯の者もいる。


 現に窓口の一つで、受付のお姉さんをどうにか食事に誘っている虎の耳を生やした冒険者は、身長がゆうに2メートルはある。


 その他にも、街中でも多く見かけた背の低いドワーフのような種族や、褐色肌で長い布を一枚まとっただけのような服を着たお姉さんもいる。


「あの方々も冒険者なんですか?」

「……そうよ。アマゾネスっていって、踊りみたいな妙な戦い方で強い連中よ」


 ラチェリは不愉快そうに少し目を細めた。


「何? あんたもああいうのが好みなわけ?」

「え? いえ……そういうわけじゃないです。あんな布みたいな服だけでよくモンスターと戦えるなぁ、と。それに色モノはユニットに一人くらいがちょうどいいかと思います」

「色モノ? ユニット?」

「あ、いえ、何でもありません……」


 女の子の集団を見るとどうにもアイドルユニットとしての観点で見てしまう。余計なことを言わないように自重しないとな。


「まあいいけど……とりあえずあんたの冒険者登録を早くすませちゃいましょう。【ストーン】も待たせていることだしね」


 アメリアには建物の外でリザードベアーと一緒に待ってもらっている。冒険者登録を済ませてからじゃないと冒険者としての手柄にカウントされない可能性もあるからとラチェリに言われたためそういう運びとなった。アメリアも無言で頷いて了承してくれた。


「ひとまず窓口で開いてるところは…………ないわね」


 受付窓口だと思しき場所には女性従業員が座っているのだが、その前にはすでに冒険者たちの人だかりができていた。


 街にモンスターが侵入した件の他にも、朝方から出かけるパーティーが大勢いるのだろう。まさに冒険者の街といったところだ。


「──ラチェリちゃ~んっ」


 そんな中、男性冒険者に埋もれていた受付窓口の一つからこちらに向かって手が振られていた。


「……ラチェリ、あそこの窓口の方が呼んでいますよ」

「あ、あいつかぁ……」


 ラチェリは少し嫌そうに眉をひそめていた。


「【ストーン】も待たせてるし、あいつでも構わないか。早くすませちゃいましょう」


 少し引っかかる言い方だったが、ラチェリと俺は手の振られた窓口へと近づいていった。


「ではみなさん、次の方をお呼びしないといけませんので、おしゃべりはここまでにしましょ~。お仕事頑張ってくださいね~」


 窓口の女性が軽く手を叩くと、集まっていた男性冒険者は手を振りながら離れていった。


「お待たせしました~、ラチェリちゃんどうぞ~」


 先に名指しされたラチェリが俺を残して、一人で窓口へと向かう。


「……受付が一人の冒険者ひいきにするのはどうなのよ?」

「ラチェリちゃんは特別だからですよ~。新人の頃からお世話してますからね~」

「あんたが一方的に絡んできているだけじゃない」


 はぁ、と何かを諦めたようなため息を零して受付の女性と話しているラチェリ。どうやら二人は長い知り合いのようだ。


「それでそれで~、今日はどういったご用件ですか~?」

「新しく冒険者になりたい奴を連れてきたの。だから冒険者登録をお願い。イセ」


 ラチェリが俺を手招きする。


「よろしくお願いします」

「はい。いらっしゃいませ~」


 そこで俺は初めて女性と顔を合わせた。


 第一印象は柔和な笑顔の女性、だった。


 肩のあたりでふんわりと花のように広がった濃いブルーの髪、黒色の瞳は大きく綺麗なアーモンドのような形をしている。


 次に目が行ったのは、


「……!」


 でかい。このお姉さん、とってもでかい。


 体にフィットするタイプのベストを着ているが、そのベストを左右で止めているボタンから「助けてくれ」と聞こえてきそうなほど、ベストが胸のあたりで大きく膨らんでしまっている。にもかかわらず、ウエストはスポーツインストラクターのように引き締まっているので一際バストが強調されていた。


 仮想世界の設定でもグラビアアイドルというキャラクターで、不自然なところがなく、自然な感じでスタイルのいい人はなかなかいないのではないだろうか。


「うふっ、どうかしましたか?」

「あ、いえ、何でもありません……」


 いかんいかん。思わず固まってしまっていた。


 ここへは冒険者の登録をしに来たのだ。


 お姉さんに言われたというのもあるが、後ろからラチェリの禍々しい殺気のような気配を感じる。


 それもそうだろう。わざわざ連れてきた奴が、受付のお姉さんの胸を穴が開くほど見つめていたら、怒りもわいてくる。


 冒険者の登録とやらを早くすませよう。


「あの、冒険者の登録の手続きをお願いできますか?

「はいはい~、ではこちらの用紙に必要事項を記入してくださ~い」


 と、受付のお姉さんはそう言って一枚の紙を取り出した。


 見たことのない文字だったが、プロデューサー・イセのスキル【マルチリンガル】のおかげで『登録申請書』という意味なのはわかった。


 名前や年齢などを書く欄の上に、いくつかの注意事項が記載されている。


 大まかに要約すると──


 冒険者は『冒険者協会』に来た依頼を受けて、報酬をもらう職業であること。

 協会の規則には従うこと。

 規則を破った際には罰則があるということ。

 業務内外に問わず犯罪行為を行った場合、冒険者の資格の停止、またははく奪などがあるということ。

 規則さえ守っていれば、協会から様々な支援が受けられるということ。

 職務中に死んでも文句を言わないということ。


 ──そんな感じのことが、やや難しい感じの文章で書いてある。


 俺としてはこの内容で問題ない。他に当てもないし、お金をもらえて、このあたりの情報を手に入れられるなら願ったり叶ったりだ。


 プロデューサー・イセのステータスなら、よほど下手なマネをしない限りこなせるものばかりだろう。凶悪なモンスターや、大群の討伐任務だけは避けておこう。


 名前を記入しようとして、受付の机に置かれていた羽ペンを手に取る。こういうペンは初めて使うが、インクをペン先につければ文字が書けたはずだ。


 人生初の羽ペンで名前を記入しようとして、ふと思った。


 この世界の言語を翻訳してくれている常時発動型のスキル【マルチリンガル】。音声だろうと文字だろうと頭の中で日本語に勝手に変換してくれるだけでなく、俺のしゃべっている言葉も相手に対している意味のわかる言語に変換して伝えてくれる優れものスキルだ。


『アイドルセイヴァー』ではこのスキルをさらに鍛えていくと、書いた日本語を好きな言語に変換してくれる機能もある。国籍が海外だったり、自分のアイドルを海外で活動させるために必須となるスキルなので、俺はもちろん鍛えていたわけだが、果たしてゲームではないこの世界だとどのように反映されるのだろうか?


 俺は自分の名前を頭で思い描き、「書こう」と念じてみた。その瞬間、ペンを持つ手がまるで別の生き物のようにひとりでに動き始めた。感覚としては習字で書き方を教わるときに、先生が手を持って動かしてくれるような感じだ。


 ゲームでは自動変換されるだけだったが、異世界では手の力を抜いておけば、自動で書いてくれるらしい。しかも字が掠れてきたらちゃんと羽ペンにインクをつけ足してくれている。


 自分以外の誰かに動かされている感じはあるが、慣れてくれば違和感はいずれなくなるだろう。すごいスキルだ。


「……あんたって字も書けるのね。しかも結構綺麗……」


 俺がすらすらと書いているのを不思議に思ったのか、ラチェリが書類を覗き込んできた。


 顔、近っ! と、VRの中でしか最近人と会ったことのなかった俺は、心臓が大きく跳ね上がったが、落ち着け落ち着けと念じてなんとかこらえる。 


「この辺りだと学校もないから、字が書ける人って少ないのよ」


 一センチほどしか離れていないラチェリに緊張しながらも、彼女の言葉を噛み砕いてなんとか「へぇ、そうなんですか……」と呟いて返した。


「まあ、あたしはゴードンに教えてもらったから、ちゃんと読み書きと勘定もできるけどね!」

「それはすごいですね」


 日本では字が書けて当然だったが、この世界では識字率が低いようだ。だが、ラチェリの言葉によると場所によっては学校もあるらしい。


 学校に行けない人の多い場所で字が書けるなら充分だと思う。革のジャケットとナイフを装備した盗賊のような見た目に反して、ラチェリは意外と才女なのかもしれない。


「この街の大人でも字を書けない人もいるから、あんたはやっぱり貴族の家に仕えていて英才教育を受けていたのよ。読み書きの記憶までなくなってなくてよかったわね」

「そうですね」


 ラチェリの中では、俺は特別な訓練を受けた執事で確定してしまったようだ。


 今はそういうことにしておこう。異世界から来たと言うといらない混乱を招きそうだしな。無論、異世界のことを伝えなくてはいけないときがきたら隠さずに伝えるが。


「あらあら~。ラチェリちゃん、いつの間にか仲良しの子が増えたの~?」


 俺とラチェリが話していると、受付のお姉さんがニコニコした笑顔で割り込んできた。


「そうよ、シュエット。何か文句ある?」


 シュエットとはおそらくこの受付のお姉さんの名前だろう。


 そのシュエットさんを、ラチェリは少し睨むように目つきで見据えていた。そういえば、この窓口に来るときにもちょっと嫌そうな顔をしていたが、もしかしてシュエットさんに会いたくなかったのだろうか。


「ないよ~ないない! ラチェリちゃんがお姉さんに会いに来てくれるなら、恋人さんでもどんどん連れてきていいよ~」

「別にあんたに会いに来たわけじゃ……って、恋人さんって何よ!?」

「違うの~?」

「……こ、こいつとは昨日知り合ったばかりで、成り行きであたしが面倒を見ることになっただけなんだから! そうよね!?」

「え、あ、はい。成り行きで面倒を見られることになった、イセと言います。申請書に記入できました」


「もっと強く否定しなさいよ!」と顔を真っ赤にするラチェリの隣で、俺は登録用紙を差し出した。


「はい、ありがとうございま~す。こちらは受理しておきますね~。それではイセ様には、こちらをお渡しします~」


 シュエットさんはラチェリをからかったことなどもう忘れたかのような落ち着いた手つきで申請書を受け取りつつ、透明なガラスの欠片がちりばめられたプレートのようなものを俺に差し出してきた。


「これはなんですか?」

「『冒険者』のランクを表す装飾品です~。身分証明書のようなものだと思ってくださ~い。イセ様は登録されたばかりなので【クリスタル】ですね~」

「ランクですか」


 そういえば、ラチェリがさっき道端で冒険者のランクについて話していた気がする。


「ちゃんとランクを分けておかないと、新人さんに難しい依頼を受けさせちゃって死んじゃいますからね~」

「なるほど」


 それもそうか。『冒険者協会』だって依頼を受けてくれる冒険者を死なせないようにしなければ、そのうち依頼の担い手がいなくなってしまう。


 冒険者一人一人にとって適正な依頼を振り分けるのに、ランクというシステムが使われているのだろう。


「ちなみにクリスタルは一番下よ。そのプレートに使われてるクリスタルは粗悪品で、ちょっとの衝撃で砕けちゃうやつ。『冒険者協会』からしてみればさっさと当たって砕けろってこと言いたいのかもしれないけどね」

「違いますよ~。冒険者さんの数が一番多いからプレートに使う予算が限られてて、仕方なくお安いクリスタルの欠片を砕いて使っているだけです~。でもでも~、頑張ればブロンズとかシルバーとかゴールドとかプラチナとか、プレートに使う素材もグレードアップしていきますから~」


 ラチェリの言い分に、シュエットが頬を少し膨らませて子供のように反論していた。こちらの世界も経費削減に努めなくてはならない世知辛さは同じらしい。


「まあ大体の人間が【ブロンズ】止まりだけどね。レフィンとロフィンも【ブロンズ】よ」

「へぇ、まだ小さいのに頑張ってるんですね。ちなみに、ラチェリはどこにいるんですか?」


 俺がそう尋ねた瞬間、ラチェリの目がきらりと光った。


「よく聞いてくれたわ! あたしはこの街でも数人しかいない【シルバー】、そして、この街で最年少の【シルバー】ランク到達者よ! 【閃技(せんぎ)】だって使えるし、今までモンスターに負けたことなし! 【ゴールド】ランクにも最速で到達するどころか、英雄クラスにだってなってみせるんだから!」


 ラチェリは拳を突き上げてそう宣った。


 あまりにも声が大きかったためか、『冒険者協会』の内部によく響き渡っており、屋内にいるすべての人々がラチェリに視線を集めていた。


 俺だったら顔を赤くしてすぐさま振り上げた腕を肩ごと下げて羞恥に震えるところだが、ラチェリは周囲の視線などお構いなく、こぶしを振り上げたまま勝気な笑顔を浮かべていた。


 昨日初めて会ったときの対応では、レフィンやロフィンをまとめていたし、少しお姉さんかなと思っていたが、自分の夢を所かまわず熱く語るといった幼い一面もあるらしい。


 静かになった屋内で「ふふふ……」とシュエットの笑い声が聞こえてきた。


「ラチェリちゃんは本当に可愛いわ~」

「何よ、からかってるの?」

「ほめてるんだよ~。ラチェリちゃんが小さい頃と変わらずに可愛いままでお姉さんとっても嬉しいわ~。思わずぎゅ~ってしたいくらいだよ~」

「やめなさい。もう子供じゃないっての!」


 受付の窓口から腕を伸ばしてきたシュエットからラチェリが慌てて距離を取る。


「も~、ちょっと前まではモンスターは倒したけど転んだって言って~、泣きべそ掻いて戻ってきたのに~」

「昔の話よ、昔の!」


 なお抱き着こうと腕を伸ばすシュエットに喚き散らすラチェリ。


 なんとなく二人の関係性が見えてきた。


 おそらくだが、ラチェリとシュエットは出会ったときからこんなやり取りを繰り返してきたのだろう。


 子供扱いのような対応をするシュエットに、ラチェリが少し苦手意識を持っているといったところか。


「ああもう、この話は終わり! それでね、シュエット、あんたに頼みがあるのよ」

「なぁに、可愛いラチェリちゃん?」

「ぐぬ……!」


 ラチェリが拳を握りしめる。


 が、俺が隣にいたために、こらえられたようだ。


「イセだけど、【クリスタル】なんかじゃなくて、【ブロンズ】、できるなら【シルバー】にしなさい」

「え~? 新人さんをいきなり高ランクに~? それはちょっと難しいかな~。さっきイセ様にも説明したけど~、ちゃんとランク分けしておかないと『冒険者』さんの死亡率にもかかわるから、何か特別な事情とか珍しい依頼をこなした証拠がないかぎりは、ランク上げはできないよ~?」

「証拠ならあるわ。朝早くにリザードベアーが街に入ってきたから討伐してくれって依頼があったでしょ?」

「うん、あったね~。コボルトとかアルミラージが入ってくることはあったけど、リザードベアーは珍しいよね~。そろそろ討伐されてるといいけど~」

「討伐ならしたわ。このイセがね!」

「……え~!? 新人さん一人で討伐しちゃったの?」

「あ、いえ、アメリアさんにも手伝ってもらいました」

「アメリアって、アメリア・ボーデンさん?」

「そうよ、あのポンコツプレートのアメリアよ。【クリスタル】二人が討伐したんだから、二人とも【ブロンズ】にするか、片方は【シルバー】ランクにしなさい」

「そうなんだ……」


 ラチェリから話を聞いたシュエットは俺の顔を見て、にっこりを微笑んだ。


「イセ様ってお強いんですね」


 魅惑的な笑顔だった。


 幼い感じがするのに、大人の女性の魅力も漂ってくる。


 リアルの伊瀬孝哉だったら「ほひー」とか言って骨抜きにされていたかもしれない。


 先ほど男性冒険者が窓口に集まっていたが、もしかしたらシュエットのこの笑顔に骨抜きにされたのかもしれない。


「イセ……」

 ガッ、とラチェリが俺の脇腹に肘を入れてきた。


 痛みに「ぐおっ」とうめき声が出る。 


「何バカみたいに見つめあってるのよ……」


 ラチェリはなぜかまた機嫌が悪くなっているように見えた。


 当然か。話の最中に少しとはいえ相手の顔を見つめて呆然とするのはマナー違反ではある。


 ラチェリはそれ以上俺を糾弾したりはせずに話を進めた。


「『冒険者協会』の入り口に仕留めてきたリザードベアーが置いてあるわ。確認してちょうだい」

「わかったわ~、ラチェリちゃん。でも~、依頼が終わったなら先に教えてほしかったな~。終了したって他の冒険者さんにも知らせなくちゃいけないんだよ~」

「先にイセの登録を済ませたほうが話が早いと思ったのよ。現物を先に渡すと、あれはあたしが倒したから無効とか言って、ちゃんとランクを上げてくれるかわからなかったし」

「私はそんなことしないよ~?」

「どうだか。ほら、さっさと行きましょう」

「はいは~い。それじゃ~イセ様が狩ったって証拠を見せてもらおうかしら~」


 話はまとまり、俺はラチェリとシュエットと一緒に建物の外へ出た。

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