第6話 ラチェリとアメリア

 この世界の料理は俺の元いた世界の味が濃かったり、逆に薄かったりするだけで、食べれないものではなかった。


 具体的には、マヨネーズがない分サラダというよりも味のない草を食べているような気分になったり、牛っぽい肉は生臭いうえに弾力がすごすぎてなかなか噛み切れなかったりもした。


 それでもさすがに緊張の連続で腹が減っていたことや、レフィンを筆頭に「おいしい」と笑顔で料理を頬張っている少女たちをみると、自然と食事もおいしく感じられた。


 思えば、誰かと食事をするのはいつ以来だろうか。一年以上はもう親と食事をした記憶はない。まあ今更親と一緒に食事をしたところで気分が明るくなるようなことはなくなってしまったのだが。


 元いた世界のことを思い出して少し憂鬱になりつつも、ラチェリたちとの食事はつつがなく進んでいった。


 食事を初めて一時間ほど経って店内が他の客で満席となった頃、レフィンが突然机に突っ伏した。そんなレフィンに引かれるかのように、ロフィンも舟をこぎ始めた。


「お腹がいっぱいになったから眠くなっちゃったのね。カテゴリーDのモンスターとやりあうって聞いて、二人ともずっと気を張ってたから。ふわぁぁぁ……あたしもまずいかも、ちょっと眠気覚ましてくる」


 ラチェリが席を立った。


「…………」


 ガチャガチャとアーマー同士が擦れ合う音をさせながらアメリアも立ち上がった。そのまま無言で離れていく。少し足取りが覚束ないところを見ると、ラチェリと同じで眠気を覚ましにいくか、帰るつもりなのかもしれない。


 残ったのは、俺と眠ってしまった少女二人。この子たちはこのまま寝かせておいてもいいんだろうか。


「おっと、もうお開きだったか?」


 お盆に果実を山のように載せたゴードンがやってきた。どうやらデザートが来て

しまったようだ。


「ラチェリとアメリアさんは、眠気を覚ましに行かれました」

「そうだったか。まあ、アメリアのほうは帰ったな。ラチェリたちの家はこの店の裏手だが、あの子だけ街外れに家があるんだ」

「それで、ラチェリもアメリアさんもレフィンさんたちをここへ置いて行かれたんですね」

「ああ。俺が先代から空き家を色々受け継いでてな。その一つをラチェリたちに使わせてやってるんだ。店があるんで長居はできんが、ちょっとお前さんと話したいと思ってな。隣、いいかい?」


 俺が「どうぞ」と頷くとゴードンが隣のイスに腰かけた。


 座ってもやっぱりでかいな。身長もそうだが、肩幅は俺の二倍以上あるんじゃないか? そういえばラチェリが料理の話をしてたときにゴードンは昔冒険者をやってたとか言ってたな。


「なんだ、どこか気になるところがあるか?」

「あ、いえ……すごく鍛えてらっしゃるなと思いました」

「ははっ。ラチェリから聞いたかもしれないが、俺も冒険者をやっててな。これくらいは鍛えておかないと、やばいモンスターが出たときにどうすることもできなかったんだ。ちょっくら訛っちまったがそこらへんのルーキーにはまだ負けないぜ」


 語りながら力こぶを作ってみせるゴードン。髪型はアフロで、室内でもサングラスだが、頼れる男のイメージだ。話しているところを見た感じ、レフィンたちも懐いているように見えた。


「それよりも、お前さんのほうは平気か? 慣れていない奴がラチェリと組むと大概へばって帰ってくるもんなんだが」

「そうなんですか?」

「ああ。あの子はちょっと気性が荒い子でな。周囲をあまり信じたがらない上に、相手のことを考えずに要求も出しちまう。それに、自分の認めた奴としか話せない子さ」

「勝気な性格な方だとは思いましたけど、あまりそんなふうには感じませんでしたね。それと普通に話もしましたし……ラチェリに言わせれば私はおどおどしてたらしいので、私は警戒する必要もなく普通に話せたのかもしれません」

「ははっ、それだけ大人しいなら、面倒を見るほうとしてはもう少し楽ができたんだけどな。断言するが、弱気なだけであの子は容赦しない。それでもお前さんと話して飯にまで誘ったのは、お前さんを認めたってことだろうな。少し聞いたがリザードベアーを投石で仕留めたんだって?」

「運がよかっただけです。その前にラチェリたちが攻撃して弱っていましたんです。私がしたことは最後のとどめをかすめ取っただけです」

「そうかい。単なるまぐれで勝てるカテゴリーのモンスターじゃないんだけどな。まあお前さんがそう言うならそういうことしておこう。何にせよ、あの林には一人で近づかないほうがいい。最近はどうもモンスターの動きが活発でな。本来ならリザードベアーももっと南方にあるルーストマウンテンに生息してるモンスターなんだが、なんでこっちまで来るかねえ」

「普段と違うことが起こっているんですか?」

「いや、そこまでのレベルじゃないな。ただ、失くした記憶の手がかりを林の奥へ探しにいくにしても、必ず誰かとチームを組んでいくようにしろってことだ」

「わかりました。もしも林へ出かけるときは充分に注意します」


 あの湖のような場所で俺は目が覚めた。言い方は間違っているかもしれいないが、いわゆる異世界に『召喚』された場所だ。


 異世界へやってきた原因がもしかしたらあるのかもしれない。


 例のトカゲ熊──リザードベアーとラチェリたちが呼んでいたモンスターもいるらしいが、いつかはしっかりとした探索を行ったほうがいいだろう。


 そういえば、あそこの湖には金髪の少女がいたような気がする。


 あのときは湖に金髪の美少女なんて夢に決まっているとも思ったが、ここが異世界なら話は別だ。


 あの湖に、本当にいたかもしれない。


 あの子は人間だったのだろうか。


 魔法がある世界なら妖精がいてもおかしくない。もしも妖精なら俺がこの世界へ来た理由を知っているかもしれないし、何よりあんな可愛い子にはまた会ってみたい! 


「ゴードンさん、あの林には金色の髪の妖精がいる噂とかありますか?」

「金色の髪の妖精? いや、この街にはそこそこ長くいるが、そんな話は聞いたことないぞ。妖精はめったに人前に現れるものじゃないしな」

「そうですか……」


 妖精自体はいるらしい。

 あの少女の姿は幻覚だったんだろうか。


 しかし、出会った後、何か強い衝撃を受けた気がするんだけどな。どうにも思い出せない。


「……ゴードン、何を話してるの?」


 ゴードンと話しているとラチェリが半眼になって戻ってきた。


「余計な事教えてないでしょうね?」

「余計なことってなんだ? 俺は何も言ってないぜ。お前が幼いころ、夜にトイレに閉じ込められるのが怖くて、ドアを開けて大声出しながら用を足してたこととかな」 

「い、いいいいいつの話よ! もうやってないわよ! って、やっぱり教えてるんじゃない! 違うからね、イセ! この爆発頭が言ったことは嘘なんだから!」

「いや、本当だぞ? 俺は本当のことしか言わないからな」

「ゴードン!?」

「おっと」


 顔を真っ赤にして振りぬかれたラチェリの拳をゴードンは難なく受け止めてみせた。あのトカゲ熊をナイフの一撃で瀕死に追い込んだのと同じくらいの勢いで振られた拳をだ。


 ゴードンはラチェリよりもずいぶん強いらしい。そんな彼がなぜ酒場の店主をやっているのか、少し気になるところではある。


「そうだ、イセ。お前さん、泊まるところはあるのか?」

「いえ、特に決めてないです」

「それならあたしたちと同じボロ屋に泊まればいいわ!」

「ダメだ」


 ラチェリの提案をゴードンは即座に却下した。


「あそこにはもう部屋がないし、若い連中を同じ家に寝かせると碌なことがない。お前ら三人娘の後見人としてそれは俺が許さん!」

「何よそれ! こんなときばかり保護者面して! だったらお料理だってもっとおまけしてよ!」

「そんな甘やかしはお前さんたちのためにならん。とにかく、だ。同じ場所で泊まることは認めん。なのでイセ、お前さんにはこれをやろう」


 ゴードンが俺の前に黒い鍵を置いた。


「俺が管理してるあばら家の一つだ。寝具が置いてあるだけだが雨風は防げる。ひとまずはそこを寝床にしてくれ」


 アフロにサングラスなのに、本当に気配りのできる人だ。いや、アフロとサングラスは関係ないか。


「お気遣い感謝します」


 俺は鍵を受け取った。


「まあ本当はアメリアのために用意した家だったんだがな。いつも街外れからくるのも面倒だろうし、泊められるようにって準備してたのが役に立ってよかった」

「それならアメリアに渡したほうがいいのでは?」

「当の本人にはいらないって反応をされたからな。気にしなくていい。まあ、親と一緒に暮らした家のほうが落ち着くんだろうな」

「……本当、親の七光りなんだから」


 俺とゴードンが話していると、ラチェリがぽつりと愚痴のような呟きを零した。


「ラチェリ、そんなこと言ってやるな。同じチームの仲間だろう? それに親は親でも、アスピダさんは育ての親ってだけだ。お前さんだってそのことはわかってるはずだろ?」

「……フン」


 ラチェリがすねたようにそっぽを向いて店の奥のほうへ行ってしまう。


 その背中は何か怒っていたように見えた。


「ラチェリはアメリアさんと何かあったんですか? 」

「まあ色々とな。一緒にいてわかったと思うが、あいつらは基本的に馬が合わないんだ。気の強いラチェリと口数の少ないアメリア、性格からすれ違っているところもある。ただまあ、ラチェリの気を立たせているのはアメリアが英雄の子供だってことだ」

「英雄の子供……?」


 またすごい単語が出てきたな。


「グランアルハートが勇者の国だってのは聞いたか?」

「はい。今は勇者が亡くなったので、その子供が王位を継いだとか……」

「その認識で間違ってない。勇者ご一行は魔王を討伐をしたあと、本人たちの意向や国の戦力バランスを考えて各国に散らばったんだ」


 なるほど、いくら英雄とはいえ、戦争が終われば強大な力は疎まれるということか。強力な戦士が一か所に固まってたら、そりゃあ他国は手が出せないからな。


「このグランアルハートにも、勇者一行の中から一人の英雄がやってきたんだ。名前はアスピダ・ボーデン」

「それが、アメリアさんのお母様?」


 ゴードンは頷いた。


「ドワーフの女戦士で、魔王討伐にも参加した英雄の一人。そして、アメリアの育ての親だ。十四年くらい前だったかな、預かったと言ってアメリアを連れて、故郷であるこの街へ帰ってきたんだ」


 ドワーフの女戦士。そういえば街に入る際に、門の上のほうに丸顔の女性のレリーフがあった。もしかしたらあれがアスピダ・ボーデンだったのかもしれない。


「生まれが違うから仕方のないことなんだが、アメリアには戦士の才能がまるでなくてな。本人もそのことを気にしていて、でかい剣を持って素振りの練習をしているそうなんだが、いつまで経ってもうまく扱えない。街の連中も最初は第二の英雄が生まれるなんて期待してたんだが、アメリアの様子を見て次第に興味が薄れていったようだ。今ではアメリアが何か失敗しても、もう戦争しているわけじゃないんだからと温かい目を向けてくれるようになった。だが、ラチェリはそうじゃなくてな。親が英雄だからって、アメリアにも英雄並みの働きを期待しちまってるところがあるらしいんだ」

「それでラチェリはアメリアさんに対して少しきつい言葉を使っているというわけですね」


 なんとなく二人の関係性がわかってきた。偉大な親に追いつこうと努力するアメリア。しかし血がつながっていないため遺伝的な素養もなく、本人の才能もないために努力しても成長が見られない。アメリアのそんな様子を見て、ラチェリとしてはちょっとやきもきしているといったところか。英雄の子供なんだから英雄の実力を見せろと。親は親、子供は子供なのに。なかなか無茶なことを言うもんだな。


「あれ? でも、あの二人はチームを組んでいるんですよね? 嫌がっているならラチェリのほうからアメリアさんを外したりはしないんですか?」

「ラチェリはそういう子なんだ。口は悪いし、癇癪も起こすが、一度縁ができた奴は見捨てない。もちろんそれはアメリアだけじゃない。お前さんもそうなる。今日出会ったばかりのお前さんにとっては迷惑かもしれないが、今後一緒に行動するときがあったらラチェリとアメリア、それにこの子たちのことを見ていてくれると助かる」


 ゴードンの目は食事の席で寝てしまったレフィンとロフィンを見ていた。


「わかりました。私にできる範囲で、やってみます」

「ああ。頼んだぜ」


 ゴードンはニッと笑うと、眠りこけているレフィンとロフィンを両肩に乗せた。


 そこへ店にいる客から「おーい、大将! 飯と酒の追加ぁっ!」と叫びのような声がかかった。


 ゴードンは「今行くからチビチビやってろ」と返しつつ、俺に向き直った。

「お前さんの部屋は店の前の道を少し南に行ったところにある。俺の名前がかかれた看板がついているが、案内しようか?」

「いえ、近くなら一人でも大丈夫です。今日はありがとうございました」

「なんの。こっちこそ、こいつらを助けてくれてありがとな。また明日」

「おやすみなさい」


 ゴードンは両肩に少女二人を乗せたまま、店の奥へと歩いて行った。


 ラチェリも店の奥へ向かったので、もしかしたら彼女たちが寝泊まりしている部屋と店は繋がっているのかもしれない。後見人とゴードンは言っていたしな。


 本当に色々と手際のいい人だ。


「それじゃあ、俺もお言葉に甘えるとしますか」


 俺はもらった鍵を握りしめて、賑わっている店を出た。

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