第4話 砦の街とアフロ
少女三人とフルプレートの人物に連れられて、林の中の獣道を30分ほど歩くと急に視界が開けた。
林から伸びる道をたどっていくと、その先になだらかな丘の上に砦のような佇まいの木造りの門があった。
近づいていくと、門は十メートルほどの高さがあり、その上にはやぐらと左右には柵付きの通路が伸びている。不審な人物が近づいてきたら、上から攻撃をしますと言わんばかりの設備だ。
そしてやぐらの最上部には、まん丸い輪郭の女性の顔が彫られたレリーフが飾ってあった。女性が何かの女神で、おまじないのつもりなのかもしれない。
門は開かれていたが、その左右には門番のように鎧を着こんだ男が一人ずつ立っていた。
もしかしたら中に入る人間をチェックしているのかもしれない。
俺は入れるのだろうか。男たちのむっとした顔を見ると呼び止められそうなんだが。
「変なことしなければ、大丈夫よ。ちゃんとついてきなさい」
俺の不安を察してくれたらしく、ラチェリが道中と変わらず先導してくれる。
門番たちは目だけ動かして俺の顔を確認したが、ラチェリの言った通り、それ以上は何もせずに俺をすんなりと通してくれた。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
「はい。でも、せっかく警備しているのにこんな簡単に通してしまっていいんですか?」
「問題ないわ。こっちの南門からくる奴なんてモンスターしかいないもの。あいつらはモンスターが入ってこないことだけ監視してるの。王都とか他の街からくる人は、大体南門を使うわ。まあそっちでも大してチェックなんてしないけどね。この街の近くにはモンスターの棲み処がいくつかあるから、どんな奴でもモンスター退治の力になってくれるならウェルカムなのよ」
「なるほど。モンスター、ですか……」
俺としてはそっちが気になる。どうやらさっき倒したトカゲ熊だけでなく、この世界には当たり前のように怪物がいるらしい。
門をくぐると、街の風景が視界に飛び込んできた。
まっすぐと伸びる石畳の道、その両端に馬が繋がれた建物がいくつも並んでいる。そんな馬に取り付ける荷車はあるが、自動車や自転車やバイクなどは一切見当たらない。電柱もなければ、看板広告の類もない。
コンクリートでできた建物も一つもなく、木の棒と布で作ったような粗末な店がひしめくように立ち並んでいる。中世か、それより前の時代にタイムスリップしたかのようだ。
そんな街を歩く人々も、一般的な街並みと違っている。
というのも、人は多いのだが、その中に明らかに人種……というか人ではない種族が混じっている。
背が子供のように低いのに、尖った鼻は赤く、皮膚の皺は多く、髭がやたらと長い年老いた老人のように見える人、猫に似た動物の耳と尻尾を持つ人、顔は大人のように見えるのに手足が短く子供のように見える人……などなど、ファンタジーの種族で例えるなら、ドワーフや獣人やホビットといったところだ。
耳の尖ったエルフはいなかったが、様々な種族が入り混じり、店舗に入ってはコインのようなものを店主に手渡している。どうやら皆買い物を楽しんでいるようだった。
「おーい、イセぇ! 早く来いよぉ」
「こ、こっちです……」
レフィンとロフィンが手を振っている。歩きながら通りを見渡していたせいか、ラチェリたちとの距離が開いてしまっていた。すぐに追いかける。俺を見張っているフルプレートの人物もガシャガシャと音を立てながらしっかりとついてきた。
そのまま簡素な造りの店舗が並ぶ通りを進んでいくと、目の前に巨大な建物が現れた。
目算で幅は小さな駅くらいの大きさはあるだろうか。
その建物の入り口の上にはこれまた巨大な看板が掛けられており、日本語ではない文字で何か書かれている。
『アイドルセイヴァー』のプロデューサー・イセにはスキルがあり、中には常時発動型のものもある。スキル【マルチリンガル】もその一つだ。これによりどんな言語でも解読できるし、実際に筆記したり、話したりもできる。
スキル【マルチリンガル】によると、看板には『冒険者協会』書かれていた。
そういえばラチェリが、協会がどうのとか言っていたっけ。トカゲ熊退治もここの建物に入っている組織から依頼されていたのかもしれない。
「あたしたちがクエストを報告して、報酬を受け取ってくるから。あんたたちはここで待ってなさい」
ラチェリはそう言って俺の荷物を引ったくると、レフィンとロフィンの二人を連れて冒険者協会の建物に入っていってしまった。
「…………」
俺とフルプレートの人物は建物の外に残されてしまった。
相変わらずフルプレートの人物は無言だ。
このまま何も話さないでもいいのかもしれないが、俺としてはこの世界のことを知る上でも彼女たちと仲良くしておきたいところ。
フルプレートの人物には助けてもらったし、適当な話題で会話でもして距離を少しでも縮めておこう。
「えっと……この街はいつもこのくらい混んでいるんですか?」
「…………」
「いろんな人たちがいてびっくりしましたよ」
「…………」
「ラチェリさんはモンスターって言ってましたけど、あのトカゲ熊みたいなのをいつも狩っているんですか?」
「…………」
フルプレートの人物は相変わらず無言。首を振ったりもしない。うーん、失敗のようだ。話をしようという気配を微塵も感じない。
やっぱりトカゲ熊の攻撃のことで怒っているのか? それとも、元々おしゃべりが苦手な性格なのか?
どちらにせよ、困った。少し自信がついて受け答えができるようにはなったが、会話する気のない人物の気分をほぐして自分から話してもらうなんて技術は俺にはない。
『アイドルセイヴァー』の能力が使えるとはいえ、会話を続ける力はリアルに依存する。チャットのやり取りとはわけが違うのだ。
さてどうしたものかな。このまま何も話さずに待っているというのも気まずい。
助けを求めるように目の前の通りを過ぎていく人々を眺める……そんな俺の願いが届いたわけではないと思うが、人々の頭の一つ上を横切っていた黒い塊がこちらを振り向いた。
それは、アフロだった。
いや、アフロだけじゃない。もじゃもじゃのアフロヘアーにサングラスをかけた男だった。
巨大な茶色の包みを抱え、分厚い唇に笑みを張り付けて俺たちがいるところへ近寄ってくる。
背が高くてアフロでサングラスのせいか、目の前で立ち止まられたときにはかなり威圧感を覚えた。
「アメリアじゃないか。ははっ、今日も無事に帰ってこられたようだな。安心したぜ」
「…………」
男は、俺ではなくフルプレートの人物に話しかけていた。
しかし、フルプレートの人物はここでも無言。男の態度からして、おそらく知り合いだとは思うのだが、ほとんど反応していない。
どうやら俺やラチェリたちだけではなく、他の人が話しかけても、フルプレートの人物は無言を貫いているらしい。
というか……、
「アメリアというのが、あなたの名前なんですか?」
「…………」
確認してみてもフルプレートの人物はやはりなにも言わなかったが、小さくアゴを引いた。多分頷いたんだろう。
初めてコミュニケーションが成立した……! 少し感動。
フルプレートの人物は『アメリア』という名前らしい。今度のコミュニケーションのためにもしっかり覚えておこう。あれ? でもさっきラチェリはアメリアのことを『ストーン』って呼んでいたような気がする……。あだ名か何かなのかな?
「お前さん、ひょっとしてこの子と組んでくれたのかい?」
アフロの男はアメリアに話しかけた俺に興味を持ったらしい。
「あ、はい。成り行きというのもありますけど、助けてもらいました」
「助けた!? ははっ、そうか。ちゃんと親御さんとの約束を守ってるようで感心したぞ、アメリア」
「…………」
フルプレートのアメリアは褒められても無言だったが、アフロの男は特に気にした素振りもなく嬉しそうに笑っていた。
「それにしてもお前さん、ここいらでは見ない顔だな。俺は職業柄冒険者連中の顔は覚えてるんだけどな」
サングラスの顔がぐっと近づいてきたので、俺は思わず後ずさってしまった。
「え、ええ。自分でもなんでここにいるのか、よくわかってないんです……」
「ほぉ……ってことは、お前さんも『訳あり』ってところか」
「そう言われれば、そうですね……はい。どうやってここへ来たかも覚えてなくて」
気が付いたら、ゲームの中での能力を持ったままファンタジー風の場所に投げ出されていたからな。何がなんだかわからないというのが本音だ。
「そうかい。まあこのサエペースにはそういう奴らがごろごろいるからな。どこかの街を追い出されていきついたとか、モンスターにケガさせられて記憶が飛んで気づいたらここにいたとかな。何も覚えてなくても不安がることはない。そのうち思い出すか、ここでの生活に慣れるだろうよ。はっはっは!」
「は、はぁ……」
このアフロの人、言葉を交わすたびに笑っている。癖なんだろうか。
「あぁ! ゴードンがいるぞ!」
「本当です……ゴードンさんです……」
後ろから声がして振り返ると、レフィンとロフィンが『冒険者協会』の建物から出てきたところだった。
アメリアとは面識があったので不思議ではないが、このアフロの男は少女二人とも知り合いらしい。
「よぉ、おチビさんたち! 無事に帰ってきてくれて嬉しいぞ! それで今日の報酬はどうだったんだ? ちゃんと鶏肉スープを食べられるくらいには稼げたか?」
「そんなみみっちくないって!」
「今日はいっぱい稼げました……」
「その通りよ、ゴードン」
遅れて『冒険者協会』からラチェリも出てきた。
「カテゴリーDに属する『リザードベアー』の討伐をばっちりこなしたわ。今日はたんまり注文してあげるから覚悟してなさい!」
ラチェリが、おそらく貨幣の入った袋を見せつけると、アフロの男がニッと笑みをより一層濃いものにした。
「おお、そいつは嬉しいねぇ。そんじゃ先に帰って、期待して待ってるからちゃんと寄って行ってくれよ」
アフロの男が軽く手を振ると包みを抱えたまま、人込みを縫うように駆け足で去っていった。
「んじゃ、あたしたちもさっさと行きましょうか」
ラチェリが歩き出そうとする。
「他にも報告する場所があるんですか?」
「ううん、ゴードン──ああ、さっきの変な髪型の男ね。そいつの店よ」
「店……?」
「『ゴードンハウス』……店主のゴードン曰く、流行りの酒場よ!」
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