第3話 魔戦夜行
トカゲ熊は茶髪の少女と弓の少女の手によって綺麗に解体されていった。
途中で俺も何か手伝おうとしたが、「え、えっと……まだ動かないほうがいいと思います……」と杖を持った少女に止められた。
茶髪の少女と目線で何か確認していたので、俺が変なことをしないようにこの場で引き留めておく役目もあったのかもしれない。
報酬がどうとも話していたので、俺に獲物を横取りされる危険も考えてそういう判断をしたのだろう。
俺としてはただ助けてもらったお礼をしようと思ったのだけなのだが、彼女たちの間でそういう取り決めがなされているのなら仕方ない。まあ、肉と骨を分離したり、臓物を掻き出したりしているところを無修正で見て衝撃を受け、血肉の生臭さでむせて邪魔でしかないことになっていたかもしれないので、強く主張することもない。
それにしても、トカゲの頭をしていたとはいえ、熊を狩って解体するなんて……やっていることは田舎の猟友会とかと同じだな。もっとも、彼女たちは銃など使わず、ナイフと弓と杖という明らかに銃よりも近接で戦わなければいけないものばかりなので危険度は比べ物にならない。これがこの辺りでは『普通』なんだろうか。
手持無沙汰となった俺だが、少女たちがトカゲ熊を解体している間、もう一人にお礼を言いに行っていた。
「あの方にも魔法をかけなくていいんですか?」と杖の少女に伝えて、フルプレートの人物のところまで一緒に移動したのだ。
「助けてくれてありがとうございました」
「…………」
杖の少女からの魔法を受けているときにお礼を伝えたが、フルプレートの人物からの返答はなかった。
しゃべれないのかもしれないと思ったが、なんとなく違う気がした。言葉はなくとも、こちらを兜越しにじっと見つめてきたからだ。話さないというよりも話すことを拒絶している感じだ。
もしかしたら、怒っているのだろうか。
俺の身代わりになってトカゲ熊に攻撃されたようなものだからな。俺がもっとちゃんと逃げられていればフルプレートの人物はやられることはなかった。そのあたりに思うところがあったのかもしれない。
しかしこういうときなんと言えばいいんだろうか? 謝るべきなのか? 最近あんまり人と話したことがないからわからん。
そうこうしているうちに治療の魔法が終わり、トカゲ熊の解体をしていた少女たちも戻ってきた。
時間にして五分ほどだろうか。こういうことを普段からやっていたのだろう。非常に手馴れていらっしゃる。
二人とも膨れ上がったバックパックのようなものを背負い、その手にはさらに二組ほどバックパックを持っている。
あの中に全部トカゲ熊の肉やら骨やら皮が入っているらしい。
「さっきは助かったわ、ありがとう」
茶髪の少女は俺の前までやってくると頭を下げた。さっき俺が石を投げてトカゲ熊を撃退したお礼のようだ。
「い、いえ、あれは反射的に体が動いたと言いますか……」
「お礼がしたいところだけど、ここでしゃべってると別の奴がやってくるかもしれないわ。ひとまず街へ戻るってことでいいかしら?」
「え? あ、はい……」
って、なんでそんな弱気そうに頷いてるんだ。
向こうが気を聞かせて街まで連れていってくれているっていうのに。
自分で自分に腹が立ってくる。
「ほら」
俺が一人で自己嫌悪に陥っていると、茶髪の少女はフルプレートの少女に手に持っていたバックパックを二つ差し出した。
「ケガはロフィンに治してもらったでしょう? あんた、途中で勝手にどこか行ったくせに、見つけたと思ったらやられてたんだから。荷物持ちくらいやりなさいよ」
ドサっと地面に投げられた音からして、重さは20キロくらいだろうか。
プロデューサー・イセなら余裕だが、伊瀬孝哉では背負った瞬間押しつぶされてしまうだろう。
「…………」
フルプレートの人物は、バックパックの紐を掴んで背負おうとしたが、背負った瞬間そのまま後ろに倒れるように尻餅をついてしまった。
フルプレートを着こみ、その上身の丈ほどの大剣を持って、20キロの荷物を担ぐのはきつかったらしい。
「【ストーン】! なんで荷物運びもまともにできないんだよ! だから【ストーン】なんて言われるんだぞ!」
「…………」
弓を持った少女が呆れたように大声で糾弾するが、フルプレートの人物は無言だった。
その反応に、弓を持った少女の眉間に不快そうな皺が寄る。
何やら険悪なムードだ。もしかしたら二人は仲が悪いのかもしれない。
ここで喧嘩でもされて、ギスギスした中では情報も聞き出しにくくなってしまうかもしれない。
知らないことだらけの俺にとって、彼女たちとの繋がりは現状を理解する上でももっとも重要なことだ。
ここは穏便にまとめて、彼女たちを落ち着かせつつ、気配りのできる人間だと売り込んでいこう。
プロデューサー・イセの能力がある今ならばできそうな気がした。
「俺……いや、私が持ちますよ」
俺はそう提案し、フルプレートの人物のバックパックの紐を掴んで肩に引っかけた。
持ってみると全然軽い。これなら大丈夫そうだ。
もう一つの、おそらく魔法を使ってくれた少女の分のバックパックも抱えるようにして持ち上げることができた。
「あんた、そんなことしなくていいのよ? そのきっちりした格好を見るに、どこかの貴族の執事さんかなんでしょ? あたし、貴族ってあんまり好きじゃないのよ。借りを作りたくもないし、この仕事はあたしらが引き受けたんだから、あたしらだけで完遂するよ。それに、親切な奴に限って分け前をかすめ取っていくこともあるからね」
茶髪の少女はナイフのホルスターに右手をかけていた。
なるほど、俺の手伝いを断ったのは盗難防止も兼ねていたらしい。
「それは失礼しました。では、こういうのはどうでしょう? フルプレートアーマーを着こんだこの方に、私を見張っていただくというのは。それなら、この方でもできると思いますよ」
俺自身驚くほどすらすらと言葉が口からこぼれてきた。これはプロデューサー・イセのスキルなどの能力というよりも、自分が誰にも負けないと自負している姿でいるため、自分に対して自信があるからなんだろう。気持ち一つで変われるなんて。自信って大事だね。
「……そこまで言うならあんたは逃げないんでしょうね。それじゃあ【ストーン】、ちゃんと協会にクエストの完了を報告するまで、この妙な執事を見張ってなさい」
「…………」
フルプレートの人物は無言で頷いた。
どうやらうまくいったようだ。
「それじゃあ街に引き返すわよ。ちゃんと血肉の残りは焼いたわね?」
「ばっちりだぜ!」
「は、はい、見たところ残ってません……」
弓使いの少女と、杖持ちの少女が応える。
「【ストーン】と……えっと、そういえば、執事の名前……街までとはいえ、一応一緒のパーティーになるんだから聞いておくわ」
「私は、イセと申します」
「イセ……? 聞かない名前ね」
茶髪の少女は俺の顔に視線を投げてから「ま、いいわ」と牙のように鋭い八重歯を覗かせて笑みを浮かべた。
「あたしの名前は、ラチェリ。こっちの弓を持った黒いのはレフィンで、そっちの杖を持った白いのはロフィンよ」
ナイフを持った茶髪の少女──ラチェリが、二人の少女を左右の手で指差す。
「おう! オレはレフィン」と弓使いの黒髪に白メッシュの少女がない胸を張る。
「アタシはロフィンです……」と杖を持った白髪に黒メッシュの少女が上目遣いでこちらの様子をうかがってくる。
「あたしたち三人とそこの臨時の鎧冒険者【ストーン】はパーティーを結成しているのよ。その名も『魔戦夜行(ませんやこう)』! 今冒険者のランクをガンガン上げて行ってる新進気鋭のパーティーなんだから!」
ラチェリが高らかにそう宣言した。
たぶん、すごいことなんだろうが……ごめん、ちょっとどう反応していいのかわからない。
「そうなんですか。それは頼もしいです、よろしくお願いしますね」
とりあえず俺は営業スマイルでそう答えておくことにした。
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