第1話 アイドルセイヴァー
『アイドルセイヴァー』と呼ばれるゲームの話をしよう。
『アイドルセイヴァー』は2020年代に発売されたアイドル育成型シミュレーションゲーム。
元々ソーシャルゲームとして売り出されていたタイトルだが、その売り上げが著しく芳しかったがために、コンシューマ用に作り直され、世に出てきた作品だ。
プレイヤーはアイドルプロダクションのプロデューサーとなり、のちに行方不明となる社長からわずかな資金で事務所を立ち上げ、アイドルを目指す女の子をスカウトし、レッスンを受けさせて、イベントやライブなどを通して人気を上げていき、トップアイドルへと成長させることを目標としている。
それだけ聞くとよくある育成型のアイドルゲームなのだが、RPGという名の通り、アイドルだけでなく、プロデューサーにもステータスが設定されていて、プロデューサーの攻撃力や防御力などのパラメータを強化して、アイドルを狙う暴漢などに直接鉄拳制裁を食らわしたり、露骨な妨害工作をしてくる他プロダクションや組織を懲らしめにいったりといった要素や、ライブ会場周辺や事務所に不審者を近づけないようにするタワーディフェンスなどの要素も組み込まれている。単純にアイドルを育てるだけではなく、いかにアイドルを守り抜くかにも重点を置かれている。
アイドルの総数は、初回購入時には40人ほどだが、オンラインアップデート(無料)で現在は62人まで追加されている。全キャラフルボイスで3Dモデルとイラストの二種類が用意されており、どちらか好きな方、もしくは両方を選んで楽しむことができる。
可愛らしいアイドルたちと今までにない要素を組み込んだゲームとして話題となり、初回ロット分は発売当日に完売。VRでのアイドルゲームの中ではトップクラスの人気を博していると言える。
俺もその『アイドルセイバー』をやり続けており、現状揃えられるアイドルメンバーを全員プロダクションに所属させていた。
ここまで来るのは本当に長かった。
食事や寝る間を惜しんでひたすらスカウトとレッスン、自身のステータス強化、そしてアイドルたちのライブの準備に明け暮れた日々。
課金要素をおおむね排除されたのはよかったが、その分時間を取られるようなゲーム設計となっており、それがなかなかにきつかった。
気が付けば俺は自宅を警備する職業についているのかと思えるほど、外へ出なくなっていた。
だが、その甲斐もあって、インターネットの公式大会『アイドルセイヴァーライブ大会』で、俺(ハンドルネームはイセ。本名は伊瀬孝哉で登録)のアイドルたちが優勝。『初代アイドルセイヴァー』の称号を手にしたのだ!
今も、思い出される。
ぐるりと見渡せば、育ててきたアイドルたちが俺を囲んでそれぞれとびきりのスマイルで出迎えてくれる。
そして、アイドルたちが声をそろえて俺をほめたたえてくれる。
『プロデューサーさん、おめでとうございます!』
ああ、素晴らしい。目と耳が極限の幸せで震えている。
お前たちもよく頑張ったよと一人ずつその頭を撫でてやる。
俺の仮想の手に撫でられてアイドルたちはくすぐったそうに、けれど嬉しそうに頬を赤らめている。
アイドルとの触れ合いこそ、VRのアイドルゲームとの醍醐味。
共に努力し、時には笑い、時には泣いた日々、そしてその先で掴んだ栄光。
ああ、本当にどの子も可愛い! そして、よくやった!
VRの画面は360°見渡せるが、さすがに触覚は再現されていないので、アイドルの感触を確かめることはできない。それでも、アイドルたちの反応見ているだけで女子との会話経験が少ない俺にとってはとても刺激的なことだ。
いや、違う。伊瀬孝哉は確かに女子との会話経験は少なかった。しかし、プロデューサー・イセは、女の子と交流を深め、確かな絆を築いてきた敏腕プロデューサーだ。
ここにいるのは、いじめられて引きこもり、誰からの信用も信頼もなくなった伊瀬孝哉ではなく、セイヴァープロダクションのプロデューサー・イセなのだ。
ああ、今日は本当に素晴らしい日……。まるで生まれ変わったような気分だ。
優勝を経験し、ここからまた新たな『アイドルセイヴァー』としての一歩が踏み出さたのだ。
──と、そんな素晴らしいことがあった翌日の出来事だった。
現実の朝……といっても午後2時くらいだが、目が覚めた俺がコンピュータと一体型のVR機器を取ろうとしたら、なくなっていたのだ。
『アイドルセイヴァー』がインストールされたVR機器が、なかったのだ!
俺は焦った。セーブはしたが、スリープモードで電源は切っていない。
充電がなくなればセーブも消えてしまう恐れがある。セーブのバックアップは取ってあるが、それは最終手段であって必ずしもすべて復元される保障があるわけではない。どこかでデータが欠損してしまう可能性も大いにある。
しかし、部屋中どこを見渡してもVR機器は影も形もない。
どこへ行ったんだ……?
全身が震えるほどの冷たい恐怖を感じた時、俺の耳に「おーらい、おーらい」という声が聞こえた。
この声は聞いたことがある。週二でやってくるゴミ収集車のおっちゃんの声だ。毎日家にいるので、ゴミの回収日のたびに毎回聞いている。
今日はゴミの収集車が来る日だったらしい。
しかし、今はそんなことどうでもいい。早くゲーム機を探さなければ……。
そのときだった。俺の頭にある予感めいたものが走った。
(……あれ、もしかして……俺のゲーム、捨てられた……?)
昨晩は特に興奮して叫び続けていた。同居する義母は早朝から仕事がある。
毎日学校へも行かず、ただ飯を食ってはアイドルゲームしかしない血の繋がらない男子に、どんな心情を抱くかは想像に難くない。
もしかしたら、その予感こそ、俺が大事にしてきたアイドルたちの悲鳴にも似たSOSだったのかもしれない。
俺の行動は早かった。
二階の部屋を飛び出して、階段を降り、玄関のカギを開け、外へと飛び出した。
直射日光を受け、反射的に目を閉じた。
肌が焼けるように痛い。どうやら知らない間に季節は夏になっていたらしい。
ようやく日の光に慣れたところで目を開けると、家の近くに停まっていたゴミ収集車が見えた。
そして、その後部のタンクへとおっちゃんが投げ入れた透明なゴミ袋の中に、VR機器の黒いボディがあった………………気がした。
「やめろぉぉぉっ!」
俺は再び駆け出した。
そのときのおっちゃんの顔は覚えていない。
俺の目には透明なゴミ袋に入った黒い何かがタンクの奥へと消えていくところしか映っていなかった。
そして俺は、ためらうことなく、ゴミ収集車のタンクの中にダイブした──。
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