其ノ二






 世権会議加盟の国の中の一つ、《シルヴェリア王国》。

 この世界では比較的〝普通〟の部類の国。封建的な部分と絶対王政的部分が交じり合った国家である。王がいて、王が爵位を与えた貴族、貴族の下には騎士、そして平民がいる。

 特別変わった文化も、際立った名産も特にない。強いて言うならば小麦だが、それはかなりの国が産出しているので、際立っているとは言いがたい。


 この国の大きな特徴。それは建設関係の公共事業と――慢性的な経済難。


 例えば一つの河に橋を渡すとしよう。

 そうすると地元領主である貴族がその橋を作るわけだが、彼らはそういう公共事業を行う業者を自己の傘下として抱え込んでいる。騎士階級ではないが、部下である。

 つまり建設費用を外部に払う必要性はない。

 さらにその橋をかければ、その橋の渡り賃、言わば税金をある程度自由に設定出来る。国庫に支払わなければいけない税金から、自分の利益分上乗せ出来る訳だ。これが建物だけではなく、税金全般に言えることなのだから性質が悪い。


 さてそうなると、貴族の中に金銭がたまっていき、逆に平民は貧しくなる。


 そうすると、その国の中で商売している人間は税金を払う為に商品の金額を上げる。そうすると物も買えなくて物質的にも貧しくなる。

 悪循環だ。

 昔周囲の有力貴族が従わなかったので、当時の国王が従ってくれる代わりにと敷いた法律が、どんどん自国の首を絞めているという事になる。


 それを改革しようとしていたのが、前国王であるヘンリー・三世だ。


 彼は貴族が自由に設定出来る課税を制限し、貴族のみに適応される税金を作った。さらに、公共事業を貴族任せではなく国主体に徐々に移行していた。

 貴族が抱えている業者ではなく、他の業者に業務などを委託する事で、貴族や国庫が蓄えていた金を外に吐き出し、経済の活性化を促そうとしたのだ。

 ここまで大きな話だとオレも理解が追いつかないが、素人目では間違っていないんじゃないかと思う。

 経済的に国が富むというのは、金が淀まず回り続けるという事。それを主眼に置いた王様の考えは間違っていなかったんじゃないか、と。


 しかしそんな考えを快く受け入れない人間達いた。当の貴族だ。


 自分達がマッチポンプ方式で稼いでいた資産を不当に搾取されている……と少なくとも本人達は思っているわけだ。

 王のその方針上、重用されるのが貴族主体の官僚集団であるところの枢密院ではなく、平民でありながらも民から信任を受けている民政議会を重用しているのも、その不満に拍車をかけた。

 そんな中でも王は次々と改革を進めていたわけだが……ある日、突然王が死んだのだ。

 貴族達の陰謀なのか、あるいは自然死だったのか。

 それは分からないし、《勇者》が大きく内政に関わるのには条件があるので、この事に関して何かを調べる事はないが、改革の最中になくなれば何かあると思うだろう。

 《シルヴァリア王国》は、王位継承権の重さは、本妻、つまり妃から生まれた嫡出男子。

 側室、あるいは非公式な愛人から生まれた庶出男子。続いて嫡出女子と庶出女子、その後に王家の血を受けている傍流の貴族などが挙げられる。

 つまり王がなくなったら、その王と妃から生まれた子供が時代の王になる訳だが……本妻である妃との子供を、ヘンリー・三世は残さなかった。

 しかも確認されている庶子もいない。という訳で、早々貴族内ではどの傍流男子を王にしようかと政治抗争をおっぱじめ、国は大混乱に陥っていた。

 ――つい一ヶ月以上前までは。


「で、今回発見された庶出女子であらせられるお姫様が、王権譲渡……つまり、即位なさると。それの見届け役とは、随分面倒な場所でのお仕事だな」


 オレがそう言ったのは、サシャとウーラチカがいる《勇者》の執務室内でのことだった。

 ついこの間まではアンクロの私室だったのだが、彼女は既にここを終の住処としている勇者。既に私物は片付けられ、今はサシャの執務室になっている。

 もっとも、汚れ具合とすればアンクロの時代と変わらない。

 ついさっきまで書類整理をしていたからなのか。

 あちこちに書類とそれに必要な本が山積されている部屋の中で、オレは窓枠に、ウーラチカは近くのソファーに腰掛け、サシャは執務机の前に置かれている多少贅沢そうな椅子に座って溜息をついた。


「まぁ簡単に言えばそういう事ね……そもそも、今回庶出女子が即位する事自体異例の事だから、箔付けしたいんでしょ。しかも、師匠……勇者様からも請けるように言われちゃあね」

「そりゃあ、突っぱねるのは難しそうだな」


 サシャのウンザリした顔を見れば、婆さんがどんな悪辣顔で言ってきたか分かるような気がする。根が真面目な所為で断れないサシャの性格を良く分かった頼み方でもしたんだろう。

 庶出女子の即位。

 さっき順番を論ってみたが、女子が即位するってのは《シルヴァリア王国》では珍しいらしい。大半は男子が即位し、女子が即位するとしても中継ぎの為に嫡出女子が即位するだけ。

 庶出女子は大半が生まれて直ぐに王位継承権を放棄する手続きをし、他の貴族とのパイプ強化の為の養子に出されるか、成人まで育てて嫁に出すかだ。

 ところが、今回の庶出女子――っていうのも面倒だから、姫は、手続きどころか生まれた事すら王家直属の人間しか知りえない隠し子だった。

 王家の血筋が入っている事が確実視された子供の出現。

 寝耳に水だった貴族達は大いに驚いた事だろう。


「まぁ、そういう立場なら、《勇者》に認められたって箔付けは非常に大事になってくるし、戴冠式の見届けも、《勇者》の業務。私自身異存はない。

 ……問題は、貴方達二人の事」

「あん? オレ達? オレ達にする事なんかないだろう?」


 サシャの言葉に、オレは思わず非難交じりの声を上げる。

 こんな政治的な役割眷属は関係ない。強いて言うならこういう場所で《勇者》に害をなそうという輩から、《勇者》本人を護る事くらいだ。

 そんなオレの態度になのか、サシャはもう一度大きく溜息を吐いた。


「そうよ。する事はない。ないけど……今回は、戴冠式の前にパーティーやら打ち合わせがあるの。その場には貴方達も参加して、戴冠式でも私の傍に侍って貰う。

 ――つまり、貴方達にとって初めての公的行事の参加なのよ?」


 ……ああ、なるほど。


「オレらがお利口さんにしてるのかが心配なんだな、サシャは」

「その通りよ!」


 サシャが力強く叩いたことにより、書類が宙を舞い、本が少し跳ねる。


「心配なのはウーラチカよッ。まだ世間を知らない彼への初仕事がコレだから正直不安。

 でも何より一番危なっかしいのは、中途半端に礼儀作法を覚えているトウヤ! 豪族や商人に対してなら通用するけど、〝貴族〟に対する礼儀作法は知らないでしょう!?」

「あぁ~、それは確かに」


 オレが戦争をメインに活動する《腕貸し》にならなかったもう一つの理由。

 腕貸しってのは戦場が稼ぎ場所。そうなると雇い先は軍になり、傭兵を統括する重要な役割にはそれなりの階級の人間が就く。


 多くの場合それは貴族だ。


 だから本当に優秀な腕貸しというのは、必然的に貴族に対する礼儀作法を覚えていかなければならない。というかそういう世渡り上手な所がないと中途半端な地位に納まり続ける。

 で、オレは付け焼刃であれば何とか出来る。だが長時間となると難しい。


 理由は簡単……体が痒くなる。


 前の世界からそうだったのか、オレはどうも貴族や上流階級なんていうお偉方とは上手くいかない性格をしているらしい。変わった……いや、奇特な奴にはめっぽう好かれるが、こういう性格は純粋な貴族からは嫌がられる。

 それなりに上手く世渡りできる部類ではあっても、苦手なもんはどうしようもない


「式典ではどうしようないけど、パーティーとかの無礼講の場では、貴方達にも話し掛けられる事はある。

 そこで、出発までの一週間。礼儀作法の教育を、私とリラで行います!」


 ……うわぁ。


「そこ、嫌そうな顔しない!!」


 オレの顔を指差しながら言う。


「甘い物食べられるなら、ウー、別にどうでも良い」

「お前は気楽だなぁ」


 ウーラチカは、今度は黄色いキャンディーを(いったい何個持ってるんだこいつは)舐めながら暢気な事を言っているが、サシャは余裕内から詰め込み式でいくだろうし、リラだって優しい顔して遠慮がない。

 こりゃあ、地獄を見るぞ。


「だんまり決め込むか、オレらだけ出ないって訳にはいかないのか? 戴冠式はそりゃあ《眷属》なしの《勇者》じゃ格好がつかねぇが、他は何とかならないか?」

「……それは難しいわ。私の顔は世権会議加盟国全てに行き渡っている訳だけど、《眷属》である貴方達の顔を知らない国はまだ多い。

 皆、様子見したいって気持ちがあるのよ」


 ――《勇者》は中立中庸。それはもう耳にたこができるほど聞かされた話しだ。

 さて、では《眷属》はと言われると非常に曖昧だ。時に剣、時に盾、はたまた助言者に対外交渉の窓口など、まぁ色々な役割を担う可能性を持っているわけだが、そこに政治的な介入が出来ない訳ではない。

 実際、長い歴史の中でそういう干渉の仕方もあったし、初代勇者からして現在の世権会議常任理事を務める国出身者で固められていたんだからお察しだ。


 しかも、《勇者》と違って《眷属》は結婚出来る。


 そういう縁や情で良いように利用しようって輩は腐るほどいる。

 もっとも、《眷属》は《勇者》に逆らえず、《眷属》だって大概は国っていう柵から外れている連中を《勇者》が集めるので、結果あまり効果はない。

 そもそも《勇者》だって結婚出来ないわけじゃない。子を残す事を許されてはいないから、結局結婚する必要性はないだけ。

 ……それでもやらないよりマシと思っているあたり、人は学ばないものだ。


「トウヤはさておき、ウーラチカは迂闊にハニートラップとか引っかかりそうなのよねぇ。そういう意味でも、トウヤにはしっかりして貰わなきゃ」

「子守りかよ……」


 面倒くさいお貴族様との会話に、子守り。酒は出されるのに酔ってはいけない、食事は出るけど食べ過ぎてはいけないなんていうパーティー。安易なハニートラップ。

 ……なんか、オレへの比重大きくない?


「? ウー、蜂蜜漬け好きだ」

「いや、そっちのハニーじゃないから」


 いつも通りの天然っぷりを発揮するウーラチカの言葉にツッコミを入れながら、オレは眉間を指のはらで揉む。

 厄介事に巻き込まれなきゃ良いけどなぁ。







 城の中でも、エリザベスは籠の鳥だった。

 むしろ、自分の屋敷にいた頃よりも悪化していた。いつ何時でも兵士は部屋の前に立ち、エリザベスは用を足したり、湯浴みをする時以外は部屋を出る事は許されない。

 部屋は物理的・魔術的な施錠がされ、窓も例外ではない。というか、窓には鉄格子がついている。

 軟禁なんて生易しいものではない。監禁を通り越してもはや幽閉に近い。


『姫は戴冠式までここで過ごしていただきます。戴冠されましたら、貴女様が女王。お好きな場所に出かけ、お好きな事をする事が出来ます。


 ――勿論、私と警護の騎士がつきますが』

 ギーヴから言われた言葉はなんの慰めにもならない。どころか『貴女をずっと見張っていますから』と脅迫されているに等しい。

 不安は募り続ける。

 ここに連れてこられてもう一ヶ月は経つというのに、リチャードからの連絡は来ない。

 彼でなければ文句の一つも言い、顔を見れば叱責もしただろう。だた愛する人が嘘をつくわけがないという自信と、信頼が、彼女を待たせる忍耐力を与えた。

 ――戴冠式まで、もう二週間に迫っている。

 権力など、敬意など愛の前には無力。恋する乙女に目には、少なくともそう映っていた。

 他の人間ならば喉から手が出るほど欲しがるそれよりも、愛する者との平穏な幸せこそを尊んだのだ。

 それが正しいのか間違っているのか、そんな事を考える余裕もなく。


 いつものように、双子月を眺め、ぼんやりと窓際に立つ。


 あの月達が、まるで自分とリチャードのように思える。太陽輝く昼間ではなく、夜という人目を忍べる刻限に、逢瀬を交わしていた二人に。

 そこらの下町に住む平民たちのような、下世話な逢瀬ではない。お互いに手を握り合い愛を囁き合う逢瀬。それはなんと甘美な事だろう。


 その時が再来する事を願いながら、空を見上げる。


 ――そんな時。カサッと、紙を擦り合わせるような音が聞こえる。慌てて、扉に向かって駆け出し、前の屋敷の二倍はある私室を横断する。

 衛兵が見張り、誰も通れない、誰も入ってこない、誰も何も届けないこの部屋のドアの隙間に、一枚の紙切れが挟まっている。

 本などで触れるようなつるつるしたものではなく、どこかごわごわとした茶色い用紙。少々大きめのそれに書かれているのは、地図、その地図の道に沿って描かれる線。そして、小さなメッセージ。


『一週間後、地図に沿って進んで。案内を待たせておく。僕の故郷で一緒に暮らそう――愛を込めて リチャード』


 そんな短い文章の中にも、彼の思いやりと愛情を感じて、エリザベスは紙片を胸の中に抱きしめる。

 ちゃんと自分の事を思っていてくれていた。

 その安堵感は、今迄で一番大きなものだった。

 ――しかしじっとしてなどいられない。直ぐに何が必要なのか、二人で生きていく事に何が必要なのかを考え、荷物をどう纏めるか考え始める。

 多少大きくなってしまっても、案内がいるならばその者に持たせれば良い。

 リチャードとの生活を考えれば些細な事だ。

 高鳴る胸を押さえながら、エリザベスは荷物の算段を始めた。





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