1/魔窟にご招待 其ノ一
陽光が燦燦と降り注ぐ中庭――そこでオレはいつも通り、剣を振るう。
日課の鍛錬ってのもあるが、今日は修理された《竜尾》の点検と、
軽さは前と変わらない。起動させただけ、持っているだけでは前の物と変わらない。真価が発揮されるのは、攻撃をした時。
目の前に用意された大きな丸太に向かって、上段から振るう。
〝斬る〟という《概念》で構成された
……ついでに、巨大なバツ印の切り口を作り出して。
もう二度ほど一息のうちに振らないと出来ない事を、一度振っただけで実現出来る。夢のようだが、剣の道に生きる人とかだったら「馬鹿にするな」と怒りそうな機能。
オレは、むしろ便利だと思う。
……思うけど。
「……なぁ、アレクセイ。これはちょっとオーバーキル過ぎないか? 最近じゃ殺すなって命令の方が多いくらいなんだ。これじゃあサシャに怒られるぞ」
オレが振り返りながらそういったのは、小さな少年みたいな姿の男だ。
赤く日焼けしたような肌に一メートルくらいの身長。これだけみれば本当にそこら辺にいる子供と変わらないが、その体は横に太い。
肥満じゃなく、筋肉でだ。それに、赤茶色でボーボーの髪の毛と同じ色をしている、申し訳程度の髭を見れば誰にだって分かる。
戦士としても、鉄工などの技術でも優れている種族。その性格もまぁオレが前にいた世界の知識と似たようなもの。
大飯食らいの大酒飲み、大雑把で頑固で、その癖気を許すと面白い連中で、しかも髭が命と誇りの次に大事って種族だ。まぁ金にうるさいってのは、前の世界じゃなかった知識だが。
目の前の男は、五百歳程を生きる錬鉄族の中でもかなり年若く、その仲でも屈指の変わり者だ。
アレクセイ。この《パーチ》に住み、《勇者》と《眷属》専属の鍛冶師と技工士を兼ねている若き天才。オレの 今の装備だって、コイツが殆ど一人で面倒見てくれている
「オンオフ切り替え出来るようにしてありますから大丈夫ですよ。それに《竜尾》だけに新機能つけて、《顎》にはつけないなんて可哀想です。
それより何より、」
「『それが様式美です!』だろ? その言葉は聞き飽きた、耳にタコが出来るっての」
《顎》の機能を停止させながら苦笑する。
こいつはどうも、そういう部分にロマンを求めたがるから困る。
「酷いなぁトウヤさんは。あ、それからこれも試してもらえないですか! 新装備です!」
熱の篭った声で引っ張り出したのは、篭手だった。
オレの革鎧と同じ色合いの、肘の手前まで覆うタイプの
「……今度は一体なんだってんだ?」
オレの呆れ顔をものともせず、アレクセイの鼻息がより一層荒くなる。
「《エント・ウッド》でも出来事を聞きて俺の製作意欲に火が着きまして! これの上から
ささ、まずは実験あるのみです!」
こうなると、アレクセイはもう止まらない。きっとオレがつけるまで離れる事はないんだろう。四六時中、チビでムキムキの野郎に付き纏われているなんて冗談じゃない。
「了解了解っと、」
アレクセイに手伝ってもらって、右手だけ着けた。
ごつい割には、想像以上に軽い。やはりこういう技術は優秀だ。
「じゃあ指を開いて、『
……それ、言ってるだけで相当なネタバレになってないか?
なんて野暮なツッコミはせず、
「『爪』」
とだけ唱える。
そうするとどうだろう。何時も剣から発せられている魔力物質の刃が、指先の溝からも出現した。
しかも、長すぎず短すぎもしない、丁度良い長さ。これなら、
「武器がなかったり故障した時の緊急用です。トウヤさんあんまりダガー系は持たない主義ですから」
「そうじゃなくても、刃物は多いからな。腰に下げておくだけの余裕がない。けど、これも悪くないなぁ」
体が近くなればなる程、剣ってのは取り回しが難しい。拳で戦うなんて状況になった時に、サイドウエポンとしては重宝するかもしれない。
「オフは?」
「普通に『終了』です」
アレクセイに言われて『終了』といえば、静かに爪は仕舞われた。
「さらにさらに! 今度は親指を握り込むように拳を作ってください! コードはいらないです!」
目をキラキラさせたアレクセイの要望に答えるように、オレは自分の親指を握り込む。すると前腕の部分、宝珠がつけられている部分を中心に、魔力物質の力場が形成される。
さながら……というより、そのままラウンド・シールドだ。体全体は流石に無理だが、それでも頭と胸をしっかり隠せそうだ。
「トウヤさんが俺の可愛い《竜尾》ちゃんを盾になんかするから壊れたんです! ならいっそ、盾が出るようにしました!
《竜尾》と同じく、風の魔力物質を使用しているので、角度によっては逸らしたり、跳弾見たいな真似も出来るかもしれないです! なによりラウンド・シールドですよ! ロマンですよね!」
「人の装備にお前の趣味を求めんなっての。まぁこれはこれで使い所があるんだろうけど」
一応、《眷属》は《勇者》の護衛役でもあるのだ。盾が必要になってくる事もあるだろう。
「……まぁ、ぶっちゃけ《竜尾》で事足りるんだがな」
「あぁ! またそうやって俺の丹精込めて作ったモノを蔑ろに! もうちょっと優しく扱ってくださいよ!」
「シャラップ! そんな悠長な現場ばっかじゃないんだよ」
だいたい武器の目減り故障なんて気にしながら戦ってたら、本当に死ぬからな、オレ。そんなオレの言葉に、まぁ作り手としては思う所があるんだろう。不承不承と言った感じで引き下がった。
「まぁ、でもありがとうな。良い装備だよ相変わらず」
「ヘヘッ、ありがとうございます! トウヤさんに言ってもらえると嬉しいです。
にしても――本当に
アレクセイの満足げな笑みに、オレも首肯する。
――そう、変わってるってのはここだ。
こいつはオレと同じ、
しかも、転生したタイプの、だ。
アレクセイは元々、日本の工業大学で大学生をやっていたらしい。
夢はSFで登場するような、現実から乖離した機能を持った機械を作ること。そのために必死で勉強していた。
だがそんなある日、例の如く交通事故から女の子を救う為、暴走トラックの前に飛び出したんだとか。
女の子が助かったのか、自分を転生させてくれる都合の良い神様に会ったのかは記憶になく、気付けば錬鉄族の赤ん坊として目覚めたんだとか。
そもそも赤ん坊にそんなハッキリした自我が発生するのは良いもんなのかとも思うが、本人曰くやっぱりあまり良いもんじゃないといって語りたがらない。
錬鉄族には、五つの氏族がある。
武器を作る氏族【アンテロイ】。
戦士を育てる氏族【スパリアン】。
鉱山採掘が得意な氏族【サラーズ】。
装飾品などの精巧な物を作る氏族【リヒティン】。
そして、
アレクセイはマッケンナーの一族に生まれた。
魔術具の種類は様々だ。道具に魔術を刻み込むだけの単純な
アレクセイにとっては夢のようだろう。種類は違えど同じ虚構であるファンタジーの世界で、もしかしたら自分が考えていたアイテムを作れるんじゃないかと。
幼少期から技能を教わり、あれよあれよという間に腕は一流になった。
……そう、
そもそも新しい技術などを受け入れやすく、魔術師なんていう学問畑の人間とも話が合う種族の中にあって、アレクセイの提唱する理論や新作アイテムってのは、ちょっと革新的過ぎた。
渡世者ってのは特別珍しくないものの、それは「特別」であって、珍しくない訳じゃない。しかも別の価値基準を最初から持っているもんだから、コミュニティの中で浮く場合が多い。
そして、どんな場所でも、はみ出し者は嫌われる。
アレクセイも居心地が悪くなり、あちこちの魔術都市や鉄工都市を周り、さらには
どこかに落ち着くという手もあったにはあったが、何せ新しい技術や新理論は追っかけたくてしょうがない性分。結局どこにも落ち着かずフラフラしていた所を、アンクロにスカウトされたんだそうだ。
で、今じゃオレの武器を作るのに邁進していらっしゃる。
「いやぁ、本当に同じ渡世者が《眷属》になってくれて嬉しいですよ!
アンクロ様は面白がってはくれても俺の作った物使えなかったし、開発手伝ってくれたファオ様以外の《眷属》様達はあんまり興味なさそうでしたから!」
「まぁ、あの人達は気質が武人とか騎士だからなぁ。武器に頼るって発想にはならないだろう」
武人や騎士が必要なのは、自分の腕への確かな自信と、使い慣れた武器だ。新しい機能をつけて馴染んだ武器を台無しにしたり、新しい武器に取り替えたりというのは彼らにとってプラスにはならない。
それが悪いとは思わないが、元傭兵だった癖なのか、オレはあまりそういう事に頓着しない。拘りがないっていうより「勝てるための要素は増やしておく」っていう考えが前提にあるからだろう。
「俺の武器の良さを分かってくれるのはトウヤさんだけです! 新しい《眷属》さんは武器の調整や整備はさせてくれても、交換って訳にはいかないですからねぇ」
流石に開発好きのアレクセイでも、自分の武器を押し付ける事はしない。そこは開発者の誇りなのだろう。
「アイツの場合、あの武器以上の性能ってのがそもそも難しいからなぁ」
ウーラチカの持っているのは精霊の力が形になったようなものだ。慣れている武器という意味でも、性能的にもアレを上回るものは難しい。
それに大前提として、アレはウーラチカの故郷の思いでそのものだ。アレより強い武器にめぐり合ったとしても、あいつはアレを手放したりはしないだろう。
「精霊の武器……それを超えるのが、俺の人生の目的ですね!」
「ぶれないなぁ、お前も」
「前世からの夢ですから!」
アレクセイの快活さは、今日も見ていて微笑ましく、同時に羨ましいもんだ。
オレは前の世界の記憶がないから、そこに関しては共感出来ないから。
「――トウヤ~」
不意に声が聞こえて振り返る。
短い銀髪と褐色の肌。身長はオレより少し高い程度の、見る人が見れば精悍な若者と言っても良い姿。だが中身を知っている人間にとってはまた、その姿と言動がギャップになる。
……手に持っている赤い棒つきキャンディーも、またそのギャップを煽っている。
「おう、ウーラチカ。そんなもん舐めながら歩いてっと危ないぞ」
「大丈夫、
いや転ばないかどうかじゃないんだがな。
――ウーラチカが《眷属》となり、この村にやってきて一週間が経っていた。
まぁ大掛かりな事件だったので、報告書や根回し補強、
対して《眷属》であるオレは、多少サシャのサポートは出来ても本格的に手伝う事は出来ない。交渉だけならいざ知らず、そこに政治的要素まで入ってしまえばお手上げ。
オレでさえそうなんだから、知識はあっても世間知らず、おまけに字も読み書き出来ない(流石に翁もそこは無理だったようだ)ウーラチカに出来る事はなく、ここでゆっくりと余生を過ごしているアンクロやリヴァイ、そしてリラから読み書きを教わる毎日だった。
だが、それだけではない。ウーラチカは世間知らず。当然、オレ達が普段使っているもの、食べているもの、している事でも分からない事は山ほどある。
そしてそれを知れば、価値観や好み、様々なモノが変化する。
ここまで説明して何が言いたいかと言えば……ウーラチカは、無類の甘党になった。
そりゃあ森の中じゃ木の実くらいしか甘いものなんてなかっただろう。
そんな自然な甘みに慣れ親しんでいるウーラチカが、いきなり砂糖という一種の合成甘味の美味さを知ってしまえば、虜になるのは当然。
他の食べ物や興味がある物も多いようだが、今現在トップを守り続けているのはお菓子。
……それで、まぁ純粋な奴だ。美味い物は素直に美味い、不味い物は素直に不味いと言う。そんな奴が、オレでも美味いと言うリラの食事や菓子を大絶賛しない訳もない。
リラはリラで自分の料理を褒めちぎってくれるウーラチカに気を良くしたのか、文字通り『甘やかし』に近いレベルで菓子を与えるようになった。
おかげで、この村や屋敷でウーラチカの姿を見かけると、高確率で何かを食べている。
日課で森を駆け回っているらしいが、にしたって消費カロリーと摂取カロリーの計算が合わない。
「……どうなってんだお前の体は」
「? 何の話?」
「ああ、いや、何でもない。
で、なんか用事か?」
着けっ放しにしていた篭手を脱ぎ、武器を腰に下げながら訊くと、ウーラチカが棒つきキャンディーを舐めながら答える。
「うん、ペロッ、サシャが、ペロペロ、呼んでる」
「物食いながら説明すんなって。呼んでるって、何かあったのか?」
「うん……次の仕事決まったって」
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