其ノ四






 悪魔系デモンズ種族が、何故他の種族のように、種族名が分かれていないかといえば、種族名で分けるほど一つ一つの種族が多くないからだ。

 種族名がつけられているのは、三つほど。

 子孫繁栄に後ろ向きな悪魔系種族の中でも子宝に恵まれている悪鬼族インプ

 他種族と交配しても子に血が混じらない淫魔族サイキュバス

 そして独自の方法で同族を増やせる堕天族フォーリアンくらいなもの。

 それ以外は絶対数が少ない、というのもあるが、彼らには外見特徴以外でも共通点が存在するから、というのが大きい。

 長い時間を掛けて培われた知識、卓越した魔術・魔導の腕。


 そして、〝契約〟という文化だ。


 他種族に何かを授ける代わりに報酬を受け取る。簡単なように見えて、その力は大きく、内容は悪辣な場合が多い。

 悪魔系種族は、まず相手の求めているものに答える

 単純な武力、財力、権力、あるいは知識。そういう深い欲望に繋がった願いを叶える。

 そして、彼らが要求するのはそのような欲望に繋がった物ではなく――その人間の小我オドだ。

 寿命という概念が根本的に存在しない悪魔系種族は、他者から得られる小我を使い存命する。得られなければ、消滅するのみ。

 だから暴利な契約を持ちかけ、相手の命が尽きるほどの小我を奪い、延々と生き続ける。

 ……というのが、《魔王》の幕下にいた時代の悪魔系種族だった。

 《魔王》が死に世間が平和になってから千年。そんな生き方を続けられなくなった大半の悪魔族は、平和な世界で新たな方法を模索せざるを得なかった。

 結果生まれた職業が便利屋オールワークスというもの。簡単に言ってしまえば、本当の意味で様々な業務を一時的にこなす、何でも屋だ。

 戦場や政府から、小さな村の窓口まで様々な場所に存在する。

 だがその中には少数ではあっても、その古くからの文化を絶やす気がなく、そこかしこで悪事を働く者も多い。長い時を生きているからこそ、簡単に変えられないものもあると。

 つまり目の前の男も――そういう悪魔系種族の一人なのだろう。


『〝契約した〟モノ……なるほど、比喩でも、傭兵とかでもなかったわけね』

『ヒヒヒ、ばれてしもうた、ばれてしもうた』


 その言葉に緊張感や動揺などまるで存在しない。

 ただただ、愉快そうに嗤うばかりだ。


『全く、大将殿と契約したまでは良かったが、実験は上手くゆかず、精霊や大将殿は喧しく、おまけに《勇者》殿のお早いご到着ときた。いやぁ、世の中ままなりませぬなぁ』

『随分余裕ですね。貴方がそこまで情報を垂れ流しにしている以上、私が本気で貴方方の考えをつぶす、とは考えないのですか?』


 サシャの言葉に――悪魔は、ただ下卑た笑みを浮かべる。


『なぁにご心配召されるな。もうじき某の大願は成就される。




 それにこちらも――見つけましたぞ』




 まずい。

 その言葉を聞いた瞬間、サシャは即座に使い魔を解いた。







 既にサシャが使い魔を飛ばして十五分ほどが経過している。

 何が起こっているのか、サシャがあの集落の中で何をしているのかは分からない。


「……さっきの小鳥、集落の中、飛びまわってる」


 目が良いウーラチカにはそれが見えているようで、そう言ってオレを見返す。


「だろうなぁ。はてさて、何が分かるのやら……」


 正直言えば、切った張ったは避けたい所だが、そう上手くいかないだろうなぁとなんとなく思った。

 大鬼族ってのは基本的には単純明快。目的がある事しかやらない。

 それが精霊を奪い、樹人族を生かし続ける理由があるのだとすれば、そりゃあもう厄介な事に違いないと思うだろう。

 それに……どうも今の状況は気に入らない。

 傭兵の〝勘〟というものが、なんとなくオレの頭に警告を発している。

 勘というのも馬鹿には出来ない。経験や雰囲気、その他諸々を合わせて出された結論というものを否定し始めたら、それこそきりがない。

 そうでなくてもこの手の〝ヤバいかも〟には従っておいた方が良い。

 首が物理的に無くなってからじゃ後悔出来ない。


「……なぁ、トゥウヤ」

「妙な発音すんな。トウヤだ」

「……トウヤ。《勇者》、どうするつもりなの?」

「どうするってなんだ?」


 オレの言葉に、ウーラチカは言いにくそうに呟く。


「……《勇者》、『解決する』、言った。でも、『大鬼族追い出す』とか、『大鬼族倒す』とは、言わなかった。




 ――もしかして、《勇者》、悪い奴でも、理由あったら、殺さない? もしかしたら、大鬼族、ここに住むかもしれない?」




「………………」


 その言葉に、オレは返事を躊躇った。

 それはサシャも、翁もどこか避けている問題だったから。

 やった事はとんでもない事だったが、幸い今の所被害も小さい。もし大鬼族にも一定の情状酌量の余地みたいなのがあれば……あり得ない話じゃない。

 少なくとも、全員殺してはいお仕舞いという選択肢を、サシャ自身は望んでいないだろう。

 全部を救うってのは、まず全部を生かす所から始めなければいけないから。


「……悪い奴は、許しちゃダメ、ジイジ、昔言ってた」


 オレの返事が返ってこないのに業を煮やしたのか、ウーラチカはそう言う。

 酷く冷たい目だな、と思った。

 自分の住まいを、家族を汚しておいて許されるなんて、あってはならない。その眼は言葉異常に雄弁だった。

 それを否定する材料も無い。

 恨みを持って当然だし、怒るのも当たり前だ。平穏な生活を台無しにした連中を、そう簡単に許せるはずが無い。

 だけど、残念だが、オレはウーラチカの言葉を否定しなければいけない。


「……ウーラチカ。悪いかどうか決めるのは、お前でもオレでもない。というか、んな簡単に決められるもんじゃない」


 前提を履き違えているのだ。


 悪を許さない。これは良い。

 善を尊ぶ。これも良いだろう。


 でも、その善悪をオレらだけで決める事は出来ない。


「ウーラチカ。人を殺すってのは悪い事か?」

「……うん。悪い事、出来れば、やっちゃダメ」

「だよなぁ。けどさぁ、そこに〝理由〟やら〝権利〟やら〝状況〟……まぁその〝色々〟があったら、どうする?」


 平時に十人殺したら大犯罪人。

 戦時に百人殺したら大英雄だ。

 そんな風に、善悪の価値基準などころりと変わる。


「大鬼族も、何人か樹人族を殺している。で、お前も、何人かしら何が、大鬼族を殺しているよな?」


 オレの言葉に、ウーラチカはピクリと肩を震わせる。

 大鬼族をあっさりと殺したから。生きている人間に武器を向ける事に躊躇が無かった。ただそれだけの理由だが、人殺しに〝慣れて〟しまったから出来る事だと思える。


「それは――大鬼族、住処、荒らした、仲間、殺した、から、」

「そう。それは〝理由〟。つまりは大義名分ってやつだ。

 でも問題は――そういう理由が、大鬼族にもあるかもしれないって部分だ」


 何かを護るため、あるいは何かを助けるためにそうせざるを得なかったのかもしれない。切羽詰った状況で、他に選択肢がなかったのかもしれない。もしかしたら、脅されたりしたのかもしれない。

 もしそんな理由があったら?


「そりゃあ、〝悪い〟ってだけで片付けて良い話じゃないだろう?」


 ウーラチカは、それに苛立ったような顔をする。


「でも、翁も、皆も、ウーラチカも何も悪い事してなかった。一方的にやってきたのは、向こう」

「まぁそうなんだけど……それでも、オレらが決めてどうなる事でもない。まぁ完全に許すって事はないだろうけど、基本的に決めるのは翁と、《勇者》たるサシャだ。

 それに異議を唱える事は出来ても、否定する事は出来ない」

「でも、それで報い、受けなきゃ、」




「じゃあ、死刑にするか? 全員」




「――そ、そこまでは、」

「そこまではも糞も無い。贖罪ってのは個人やなんかで突き詰めすぎるとそうなるんだよ」


 反省の有無。

 再犯の可能性。

 罪の大小。

 他への見せしめ。

 全部ひっくるめて私情丸出しで考えすぎると、不思議な事に全部結果はそこに落ち着く。死人には何も出来ないし、感情の落とし所としては最高級。

 だが、それは本当の解決にも救いにもならない。

 誰かが死んだからって、素直に終わるわけが無い。


「《勇者》たるサシャには、世権会議の法っていう軌範があるし、翁には翁で色々考えも有るだろう。そこに首を突っ込んで贖罪だ、贖いだと言い始めたら……この森、血に染まるぞ」


 そうしない為に、サシャは頑張っている。

 そうしない為に頑張っているサシャを、オレは支えると決めたんだ。

 どんな人間がどんな気持ちがあろうが、そこはぶれない。

 ぶれる事が出来ない。


「……それでも、おれウー、森を、皆を、精霊様を傷つけたあいつら、許せない」

「――まぁ、それは良いんじゃないか。贖罪と許しってのは、別のもんだよ」


 感情を差し挟みすぎては物事は上手く回らないが、感情を完全に消せる人間もまたいない。当事者ならなおさら、遣る瀬無さというものはあるものだ。

 無理に押し込めたら、それこそ次の戦いの火種にしかならない。


「無理に許さなくても良い。でも、……あー、こいつは当事者じゃないオレが言えることでもないんだが。ゆっくり優しい方向に向いていく努力は、して欲しいと思う」


 全部は無理でも、少しずつ。

 そうすればいずれ、皆笑って住む世界になれるはずだ。


「……トウヤは、言ってる事、難しい」

「ありゃ、そういう事言いますか。結構簡単に言ったはずなんだけどなぁ」


 ウーラチカの表情は納得とは程遠いものだったが、それでも矛を収める考えには向いてくれたらしい。 それだけでも、オレとしちゃ大収穫。

 というより、オレはこういうのに向いていない。

 何でもかんでも本人が納得できりゃ好きにすれば良いと思ってるから、こういう道義やなんかでストレートに相手を諭し、前を向かせる事が得意なのはどっちかって言えばサシャの方だ。

 オレはせいぜい、こんなどこにでもある理論で煙に巻くくらいしか出来ない。

 ……サシャが話せば、もう少し、


「ッ……トウヤ!!」


 使い魔と繋がり、まるで眠っているように座り込んでいたサシャが目を見開き、大声を張り上げる。




「直ぐに逃げるわ――敵が来る!!」




 ……あぁ、本当に我が主人は厄介事を引き寄せる。


「チッ、何したんだよサシャ!」

「何もしてないわよ!……いや、したはしたんだけど、ちょっと予想外っていうか、えぇっと、」


 心当たりがあるのか何かもごもご話しているが、それを聞いている余裕はない。


「とにかく、戦えじゃ無くて逃げろなのね――だったら、」


 オレは即座に、立ち上がろうとしたサシャを抱き上げる。

 簡単に説明すれば、お姫様抱っこというものだ。


「ちょっ、トウヤ!? せめて背負って、」

「背中にいたら、矢で射られる! 不本意だろうがしばらく我慢だ!」


 こうされるのが初めてなのか、一端のおぼこのように恥らうサシャを無視して、ウーラチカに話しかける。


「ウーラチカ。今は何より逃げるの前提だ。

 ――ここから樹人の集落まで、最短距離で行けないか?」


 ウーラチカはこの森で育ち、生粋の野伏レンジャーだ。

 オレなんかよりずっと優秀。

 そのオレの真意を察したのか――ウーラチカの顔には、自信満々な笑みが浮かんでいた。





「任せろ。この森の中で一番早く動けるの、おれウーだけ」






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