其ノ三





 大柄な大鬼族オーガが歩くには狭く感じる集落無いの道を飛ぶ。

 ――恐らく禁呪の実験を行っているならば、人目には付かない様に別の場所に置かれているか、そこだけ襲撃されないように集落の中にこっそり隠されている可能性が高い。前者であれば後でウーラチカの手を借りて捜索する事も可能だ。


 後者なら――探せるタイミングは今しかない。


 一軒一軒を確認するように飛び回るが、中で人が大イビキをかいて寝ていたり、無人であったり、魔術や魔導の研究に使っていそうな家は見つからない。

 密集しているので見過ごしていたが、家の数は膨大だ。その中から魔導師が本気で使っている工房を探すのは難しい。


 それが余計に、サシャの気持ちを焦らせた。


 禁呪が禁じられているのは、単に非人道的だからであるだけではない。

 指定されている技術は、どれも作り出す過程や結果が危険だからだ。

 人の人生と命をアッサリと奪い、世界に大きな、良くない影響を与える事が目に見えている。それを看過する事は出来ない。

 忙しなく羽を羽ばたかせ飛び回っているサシャの使い魔ファミリアは――唐突に、その体を握り締められた。

 痛みではない、妙な圧迫感に、思わず息を吐く。


『なんでぇ、綺麗な鳥っこだなぁ』

『ちいせぇなぁ、食いでがなさそうで、小骨が多そうだなぁ』


 握り締めた赤い手の持ち主と、その隣に立っている大鬼族は興味深そうにこちらを見ているのが見える。


(まずいまずいまずい!)


 サシャの心は嵐のように荒れる。

 ここで捕まれば、即座にもう一度使い魔を放てば怪しまれるだろう。

 いくら形としては普通の小鳥だとしても、その色合いは特殊だ。同じ人間に見つかれば、いやそれより、鳥獣に詳しい人間に捕まってしまえば即座におかしい事は分かるだろう。

 どうする?

 どうすればいい?

 サシャの混乱する頭は、目まぐるしく回っているが、戦う力のないこの小鳥に大鬼族の大きな手から抜け出す力はない。


『スープに入れちまえば、あんまり気にならねぇよぉ』

『それもそうだなぁ。じゃあ羽根ぇ毟って入れるべ』

『毟んのも面倒そうだがなぁ』

『ちげぇねぇ!』


 そう言いながら、大鬼族達は手を、




『何をしておるお前ら』




 他の大鬼族とは違う、どこか凛とした声がした。


『シュ、シュマリ様!』

『と、鳥っこ見つけたんで、鍋にぶち込んでおこうかと、』


 あわてて振り返ってくれたお陰で、サシャもその姿を見る事が出来た。

 他のよりも一回り……いや、二回り程小さな大鬼族だった。

 恐らく青年なのだろう。

 一本角を生やしたシュマリと呼ばれたその大鬼族は、大将と呼ばれた者が着ていた鎧ほどではないが、それでも他のものよりもしっかりとした鎧を着け、理性的な目で二人を睨んでいた。


『それは結構。だが、お前らは確か巡回の交代をする予定だったはずだが?』


 責める様な言葉に、二人はお互い顔を見合ってから慌てる。


『い、今から行こうと思ってましただ!』

『こ、この鳥っこ鍋にぶち込んでからすぐに、』


その言葉に、シュマリは首を振る。


『いや、その鳥はこちらで預かろう。君らは早く巡回に行きなさい』


 やや強引に、サシャの使い魔をシュマリが奪う。

 どうやら、彼らにとってシュマリという青年は、大将と呼ばれるリーダーに近い、えらい立ち位置なのだろう。その事に不満を言う事もなく、大鬼族の二人は慌ててどこかへ走っていった。

 ……もっとも、サシャの使い魔がピンチになっているのは、どっちにしても変わらない。解除すれば消えてしまうので煮られる苦しみを味わう事がないだけ。


(早くここから抜け出して探索の続きを、)




『――すまぬな、小鳥。まさかこのような綺麗な小鳥を食べようとするほど飢えていたとは。空腹は、人の尊厳を失わせるものだ』




 そんなサシャに向けられた言葉は、先程の荒っぽい言葉とは違い、静かで、どこか優しげな声だった。

 見上げると、シュマリは笑顔を浮かべている。普通の人間が見れば牙をむき出しにしていて恐怖心を覚えるだろうが、その笑顔には慈愛のようなものがあるように、サシャは感じた。


『皆も、父上も、乱暴が過ぎる。確かに住む所と食事、そして住む事そのものを世権会議に認めさせる事は重要であり、急務だ。

 しかしその為にあんな怪しい導師を招きいれ、罪もない精霊や樹人族エントを襲い、あまつさえ禁呪など……我が大鬼族の氏族たる父の誇りはどこへ行ったのだろうか』


 シュマリは使い魔の羽毛を傷つけないように手を離し、自分の指に止まらせる為にそっと指先に乗せた。


『倭桑ノ国で我が領土を失って半年。

 戦う事しか能のない我が種族が己の生きる土地を手に入れるには必要……と父は言うが、私はどうもそういうのは好かぬ。無体を働く事で得られるものはあるだろうが、失うものはさらに大きい。

 ……これも父からすれば軟弱な言葉なのだろうが』


(――もしかして、この子、)


 おそらく、大将と呼ばれた男の息子、なのではないだろうか。言葉から感じたものを整理する。

 大将とその息子たるシュマリの一族は、倭桑ノ国で豪族、あるいは貴族のような立場だったのだろう。それが長年続く戦乱の中で、自分の領土を失った。

 自分の家人や臣下、収めていた土地に住まう民を連れて放浪を始め、その途中で呪師を名乗る導師に出会い、その計画に半ば乗っかる形でここに来た。

 ――まだ仮設の段階だが、話を聞いている限りそう読み取れる。

 そしてその行いそのものに対して、シュマリは非常に懐疑的だという事も。


(――中に入ってみなければ分からない事もあるわね、やっぱり)


 もしこのまま彼の存在を知らなければ、手荒な選択肢以外に彼らを止める手段はなかったかもしれない。

 だが、希望は見えた。

 こちら側に話しの分かる理性的な人物がいるのであれば、戦闘だけではない。〝交渉〟という平和的手段を模索する事だって可能だ。


『……愚痴に付き合わせえてすまぬな、小鳥。今度からあまり連中に捕まるような飛び方をするでないぞ』


 小さく嘆息してから言ったシュマリの言葉を合図に、使い魔はその指から羽ばたいて上空に飛び上がった。

 今は、精霊の居場所を探るのが急務だ。

 小鳥の良く利く眼を使って、ゆっくりと集落を回りながら見る。

 魔術師・魔導師の工房は実に特殊なものだ。

 大きな機材、危険な薬品、貴重な品を扱う関係上、頑丈で大きく、そして同時に見つかり辛い所に隠す方が良いに違いない。その要点を踏まえてもう一度集落の中を見渡してみる。


(――見つけた。多分、あれがそう)


 屋根も壁も木で作られている家々の中で、壁を土で作っている家。

 竈の形跡はないため、どこかから粘土質の土を持ってきて土壁を作ったのだろう。あそこならば確かに頑丈で、他の家と区別する事で他の大鬼族に近づけさせないようにするには最適だ。

 サシャは一直線に、使い魔をその家に向かわせた。






 暗幕で光をさえぎられて薄暗い室内には、酷い薬品の匂いが充満していた。魔導的に意味がある香でもたいているのだろうか、使い魔越しでもそのにおいの酷さは伝わってくる。

 薬品につけられた異形の標本が、無作為に並べられている。

 高価低価を区別せず乱雑に置かれている魔術具マジックアイテム魔導書グリモアールを見るに、呪師はそこら辺の事に頓着する人間ではないというのがよく分かる。

 本格的な工房というよりも、急ごしらえの一時しのぎである事が、よく分かる。

 その中に、人が入りそうな程大きな鳥籠のようなものがあった。精霊の嫌う鋼鉄で作られ、しかもその 格子一本一本に魔術などでも用いる術式言語がびっしりと彫られ、今もその効力を現しているかのように小我オドの燐光を発している。

 その中に、三人の少女の姿があった。

 淡い緑色髪と目、そして肌を持ち、葉をより集めて作った服を着て、体から放つ淡い光は、格子の放つ燐光と似ていながら、その底から感じる力強さは小我とまるで違う、大我マナである事が分かる。


 伝聞でしか聞いた事がないその姿は、その特徴から樹ノ精霊ドリアードだとサシャは断定した。


『――そこに閉じ込められしお方。森に住まいし樹ノ精霊で、間違い御座いませんでしょうか?』


 サシャの使い魔はその籠に近づきながら、サシャの声を真似た囀りで樹ノ精霊達に話しかける。

 一瞬、誰に、何を話しかけられたか分からなかったのか、周囲を見渡す樹ノ精霊達だったが、直ぐに目の前の小鳥は話し掛けて来たのだと気付き、安堵の笑みを浮かべる。


『如何にもその通りで御座います。その大我で編まれし、従来の鳥獣でないその使い魔――ああ、樹人族の下に《勇者》が来て下さったのですね』

『はい。ご挨拶などはまた改めて。今は貴女方を救出しなければなりますまい』


 サシャの冷静な言葉に、樹ノ精霊達は眉を顰める。


『……今すぐにとはいかないでしょう。あの忌々しい呪師が作りしこの籠は、我らを捕らえて放さず、御身の使い魔には、この格子を壊せるだけの力はありますまい』


 樹ノ精霊はそう言ってその格子に触れようとするが、暗い部屋の中で一瞬煌く紫電が、咎めるように樹ノ精霊の指先を攻撃する。


『……禁呪を試しているだけではない、既に禁呪を使っているのですね』


 ――精霊囲い。

 精霊とは吉兆である同時にその周辺の自然や大我を活性化させる存在。その国や土地を栄えさせる為、精霊を手放さない為、太古の昔はそれを捕らえる術式を躍起になって考案していた時代がある。

 この籠もその時代の遺産。既に世権会議で使う事を禁じられし〝禁呪〟の一つ。難しさも危険度も低いほうだが、使ってはいけない術式なのは確かだ。

 これを破壊する為には、確かにサシャの使い魔では無理だ。どころか、サシャ本人でもそれは難しい。解析だけで何日掛けなければいけないのか。

 もしこれを手っ取り早く解放する事が出来る人間がいるなら、術式や魔術そのものを〝斬る〟事が出来る人間。


(――どっちにしろ、トウヤを呼んで来ないと難しいって事ね)


 自分の力不足を呪いながらも、それが出来る人物が自分の《眷属》である事に、サシャはほんの少し安堵と喜びを感じていた。


『……分かりました。私の《眷属》にこれを破壊出来る者がいます。直ぐに呼んできますので今しばらく、』




『それは困りますぞ《勇者》殿』




 地の底から這い上がるような声。

 振り返ると、大将と一緒にいたはずの呪師がいた。そのフードの奥は窺い知れないが、ニタニタと笑みを浮かべているのを雰囲気で察する事が出来る。


『ソレは大事な大事な某の材料﹅﹅でしてなぁ。簡単に持っていかれると困るのですじゃ』

『――フンッ、何が困るって言うのよ、この似非魔導師』


 耳を舌が這い回るような水っぽい声に剣を感を抱きながら、サシャはその言葉を鼻で笑う。


『全部知ってるわ。アンタが大鬼族の大将と結託して何をしようとしているのか。禁呪に手を出し、おまけに大鬼族をこの地で独立させようだなんて、何を考えているの!?』

『ヒヒヒ、今代の《勇者》殿も口が悪いですなぁ。しかも優秀と来ている。しかしぃ、――それではまだまだ全部とは言い切れませんなぁ』


 曖昧な言葉に、サシャは苛立つ。


『ふぅん。じゃあどんな悪事を働こうっていうのよ。ここで自白して直ぐに中止してくれるなら、世権会議に口添えくらいしてあげても良いわよ?』

『それを請うくらいでしたなら、最初からこんな事はしますまい。それに、嘘とからかいは我が一族の特徴のようなもの。多めに見てくだされ』

『そう、じゃあ樹人族に矮躯族ゴブリンだと偽ったのもそれが理由?』


 少しでも情報を取り込もうとしているサシャに、呪師は先程のように引き攣った笑い声を上げる。


『ヒヒヒ、まぁそれもありましょうが、何せ某の姿はちぃと警戒心を与えるのでのぉ、契約したモノ以外には簡単に見せぬように心掛けておりますのじゃ』

『へぇ、そう――なら、その姿見せてもらうわ!!』


 小さい体と飛ぶ性質を利用した、急襲。

 攻撃能力など欠片もないこの小鳥であっても、直接的な戦闘能力のない相手を驚かせ、そして――そのフードを巻き上げるには十分だった。

 刹那の疾風。

 最初から積極的に隠す気などなかったのか。布特有の柔らかい音を立てて、その姿はアッサリと露見した。


『やれやれ、初対面の人間のフードを取るなど、最近の《勇者》殿はやり方がえげつないぃ』


 ゆっくりと顔を上げる。

 真っ白で、粘膜に覆われた体表。

 縦に開け閉めされている瞼の奥にある、紫の目。

 蛙とも蜥蜴ともどちらともいえない異形の姿は蜥蜴族リザードマンなどではない。





悪魔系デモンズ種族のソレだった。




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