エピローグ/始まりは二人から
――《勇者》の仕事は多岐に渡る。
魔獣の異常発生なども含めた異常な状況・事件の捜査や調査、災害対策、政治的案件や視察、はたまた異国で奉仕活動などなど、本当に色々だ。
そんな中で、まぁ、《勇者》サシャと一ノ《眷属》トウヤの最初の仕事は、
「だぁちょっと待てお前引っ張んな腕抜けんだろうがっ!
ちょっ、誰だ服の端っこで鼻かんだ奴、怒らないから出てこい!
あぁ、剣に触るなっての!!」
孤児院の視察だった。
世権会議が公認する
そんな所でも、《勇者》ならば簡単には入れる。
何せ《勇者》は、唯一教の神である《唯一》から選ばれた戦士、英雄だ。まぁ実際選んでいるのは精霊王なわけだが、そこら辺の細かい解釈は流石にオレも知らない。
とにかく《唯一教》に好意的に見られやすい《勇者》が慰問も兼ねた査察に来るのは当然の流れ。
そしてそういう細かい書類仕事を出来る人員ではないオレは当然、子供にもみくちゃにされる訳だ。
「――随分楽しそうじゃない。子供に好かれる人だとは知らなかった。良い発見ね」
「今度これを馬鹿にしたら主人とはいえ許しませんよ……」
やんちゃ盛りの子供に先ほどぶっ倒されて後頭部をぶつけ、もんどり打ってるオレの顔を覗き込むサシャの目は、楽しそうなものだった。
「でも、貴方の力だったら倒れずに済むんじゃないの?」
「いい大人のオレが子供の体当たりを跳ね返したら、子供が怪我するだろうが」
「あら、意外と考えてるのね。偉い偉い」
「オレまでガキ扱いすんなっての……っていうか、「剣は護衛として必要だから持つのは構わないけど、鎧はいらない」って言っていた理由が分かったよ」
地面に腰を下ろして周囲を見渡す。
一言で表すならば「清貧だが穏やかな場所」と言えるだろう。
建物の壁にはそこかしこに罅が入り、窓が割れている部分には布を張り付けて補強している。子供たちが着ているのは古着ばかりで、激しく遊んでいるからか穴がそこかしこに空いている。健康的な体格とは言えないが、それでも飢えている様子もなく、皆笑顔だ。
こういうのの場合、
「私、こういう仕事の方が好きよ。昔を思い出すもの」
「ああ、確かにアンタはそうだろうな……」
それ以上は何も言えない。
サシャがどう思っているのか、横顔からでは判断が出来ない……でもまぁ、暗い表情をしていないという事は、孤児院はそう悪い所でもなかったんだろうが。
「……ガッカリした?」
「……ハァ?」
何を言い出すんだいきなり。
サシャは隣に腰かけながら、少し申し訳なさそうな顔をしている。
《勇者》と《眷属》という関係になってから一週間になるが、こんな顔はあまり見た事がない。
「本当だったら、貴方は自分の記憶を取り戻すような、もしくはそれに関係するような仕事をしたかったでしょう。
私もそうしてあげたいと思ったんだけど……仕事ってそう簡単に望みの物が降ってくる訳でもないから」
「……ああ、なるほどな」
ようはオレのご主人様は、律儀にもオレの目的の事を考えてくれていたらしい。
素の性格を見せるようになってから皮肉も口の悪さも倍増したが、そういう気の遣い方や真面目さってのは変わらない。
猫をかぶっていた時も、そういう所は素だった、という事だろう。
「まぁ、気にする事ない。オレの目的は、一生かけてまぁ糸口掴めりゃ御の字くらいに思ってんだ。気長にいけばいいさ」
渡世者はそれなりに確認されているものの、それはあくまで確認されているだけ。
何故、どうやって、何の為に別世界から人がやって来るのか。そこら辺が分かっていない現段階では、前世の記憶探しなんて難航するに決まっている。肉体が変化してしまっているんだから、医療魔術や催眠術で効果があるかどうかすら微妙だ。
後者は会う機会があったんで一度試してみたものの、インチキなのかそれとも単純に効果が無かっただけなのかも判別出来ない微妙なもんだったし。
「そうは言うけど……それで良いの?」
眉の端をずっと下げっぱなしにしている主人に、笑みを見せる。
「良いの。勿論、思い出したいし、知りたい。
けどその前に、オレはアンタの《眷属》になったんだ」
誓いは破れない。
傭兵としても、オレ個人にしても。
「……人の事を律儀だなんだって言う割には、貴方も相当よね」
……気恥ずかしくなったので、思わず肩を竦めて誤魔化す。
「さて、どうだかね。にしても、ここ、ちょっと清貧過ぎやしないか?」
いくら孤児院の運営費は寄付が前提とはいえ、建物の不備は後々が怖い。
もし大きな嵐でも来ようものならえらい目に合うに違いない。
服だって冬が来たら大変だし、何より大事なのは食事だろう。育ち盛りの子供では、スープ一杯とパンだけで満足するはずもない。
「帳簿を見たけど、改ざんの様子はなかったわ。ここの神父様や尼僧さん達結構やりくり上手。これでも、よく頑張っている方よ」
「……孤児院ってこんなもんなのか?」
オレの言葉に、サシャは首を振る。
「私のいた場所はもうちょっと裕福だったし、そもそも前回の査察と照らし合わせるとちょっとおかしいのよ。この一年で、一気に寄付額が減ってるの」
「――それ、きな臭くないか?」
唯一教の寄付金は、その大部分が貴族やその他特権階級の金だ。
ノブレス・オブリージュなのか、それとも単なる自己満足なのか。どちらにしろそのおかげで教会の維持費が生まれる訳だが、そういう奴らは体裁を気にしてそう簡単に毎年行っている寄付を止めたりなんかしない。
止めなければいけないよっぽどな理由があれば別だが。
「う~ん、寄付をしている貴族より、私は元締めが怪しいと思うの」
「元締め?」
教会に不釣り合いな言葉に聞き返すと、サシャはさっと顔を赤らめる。
「な、なによ、私が言いやすいように言っただけだからっ、他意はないわよっ」
どうやらオリジナルだったようだ。
「と、とにかく。
基本的に教会の寄付ってのは、貴族達が地元の支部教会に払うの。支部が一定金額をさらに上の大教会に手渡し、残りを下部教会へ分配するわけ。つまり、」
「その支部教会が怪しい、と」
なるほど、それで元締めって言葉が出るのか。
分配をしている支部教会が怪しいという話にも納得だ。寄付をしている貴族に何かあった訳ではなく、この地方一帯の寄付が集中する支部教会で何かあった、と。
「この地方一帯に属している他の下部教会も確認しないと、断定は出来ないけど……これ、予想外に大仕事かも」
「だろうなぁ」
「ちょっと、他人事みたいに言わないでよ」
「そう言われてもなぁ、実際オレの出番じゃないだろう?」
オレは一応単純な物理戦力としてここにいる。
こういう頭脳労働は専門外で、専門外の人間が割って入れば話がややこしくなる事請け合い。
何が言いたいかって言えば、オレの仕事は今回無さそうって話だ。
「あら、それはどうかしら。
もし悪の大司祭がならず者を雇ってて、私が証拠を突き付けた瞬間、「出あえ~出あえ~」ってなったら、出番かもよ?」
「……アンタは放浪好きの元将軍様かよ」
「? 《勇者》ですけど?」
「ああ、すまん、意味が分からないよな……まぁ、取り合えず準備だけはしておこう。それまではアンタの護衛役として、精々睨みを効かせますよ」
「ええ――頼んだわよ、私の《眷属》」
サシャの笑みに、オレは頷きだけ返しておいた。
それだけ充分だっていうには短い付き合いだが、その中身は随分濃厚だった。
時間なんて、あっという間に追いついていくだろう。
オレ達の戦いは~何て言うと終わりそうだが、人生ってのはなかなか終われないもんだ。
さて、物語ならばこうやって締めくくるんだろうな。
オレ達の伝説は、こうして始まったって。
――まぁ、この後本当に支部教会の大司祭様がならず者を雇っていて、オレとサシャはそいつらと大立ち回りを演じる羽目になったんだが。
こいつは、伝説には残さない方が良いかもな。
第二章へ続く
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