其ノ二






 リヴァイも、

 リラも、

 グリムガルも、

 ファオも、

 実はこっそり覗き見の術を使っているアンクロも、

 その姿を見た全員が目を見開き、驚いていた。

 気絶しかけていたトウヤも、その怒声の勢いで一瞬だけ目を覚ました。


「あぁもう、どいつもこいつも私を馬鹿にしやがってくれちゃって!

 そんなに私が弱いと思ってんだったら、見返してやるんだから!!

 『吾乞イ願ウ――我ガ胸二抱キシ同胞ヲ癒シ給エ』!!」


 自分の中にある大量の大我マナを使い、通常の魔導では不可能なレベルの治癒魔法を発動させる。かなり危険な状況のトウヤを持ち直させる事位しか出来ないが、ないよりは万倍も良い。


「ほらっ、トウヤ、捕ま……るのは無理でも、起きてて、私の声を聞いてなさいよ!!」


 背中に誘導させ、無理矢理背負い。

 成人男性であるトウヤと自分とでは重さも筋力差も激しく、正直背負っただけで足が震えるのが分かる。


「っ――もう! 何食ったらこんな細身で重くなるっていうのよ!

 リラ!! ぼさっとしてないで武器回収! 流石に武器まで運びなさいっていう訳じゃないわよねあんた!」

「え、あ、えっと……」


 普段見ていたサシャと全く違うどころか、別人レベルの言動に一瞬体が動きかけるが、それが許されるのか分からず、リヴァイの方を見つめている。

 そんな不安そうなリラに、リヴァイは溜息を吐いてから了承の頷きを見せ――サシャの後姿に問いかける。


「救うのかい? それで試練が達成出来ず、《勇者》になれなかったらとは考えないのか?」

「考えてるわよ、んな事」

「じゃあ、何故救けるんだ」

「んなもん決まってんでしょ――救いたいからよ」

「……理解出来ない。大局的に見ろ、と言ったはずだがね」


「見たわよ、見た上で言ってんのよこっちは、」


 足を震わせながら、それでも歩みを止めない。

 とにかく必死で村への道を歩き続ける。


「大局を見るの意味、分かってん、のぉッ?

 ――成り行きを見るなら、私の背中にいるバカは、絶対必要って分かんないの?」


 これから先。

 きっと衝突する事は一杯あるだろう。

 些細や口喧嘩から、大喧嘩までするだろう。

 意見が合わない事も多いだろうし、そもそも喧嘩腰の態度が基本だ。

 もしかしたら、お互い嫌気が差す時だってあるだろう。

 憎く思う瞬間だってあるのかもしれない。

 ――それでも、今背負っている男は絶対に自分にとって必要だ。

 根拠なんてない。

 理屈なんて糞くらえ。

 天秤を傾けさせないのであれば。

 どちらかに善を振り撒きすぎるなというのであれば、全ての人間に善を振舞えばいい。

 全部救ってしまえば良い。


「私は、全部救ってやるって、精霊王様に約束してきたんだから、それには、絶対コイツが必要なんだから」


 一人では無理だ。

 絶対にと念推す位無理だ。

 必要なのだ、トウヤ・ツクヨミという《眷属》が。




「コイツと一緒であれば、私は何千人どころか、何万人でも、何億人でも救える気がするわ」




 気がするという曖昧な言葉のわりに、その声色には確信が籠っていた。










 気持ちよく寝てしまおうというオレの前で、ギャーギャー喧しい声が聞こえる。

 ……ああ、こりゃサシャの声か。

 相も変わらず煩い奴だなぁ。どうしてそう元気に叫べるんだか理解出来ない。

 ふわふわと頼りない浮遊感を体に受けながら、その声に耳を傾ける。


「良い、絶対死ぬんじゃないわよっ。あんたがあっち側に行こうとしたら、何が何でも引きずり戻してやるんだから!

 ……ああもう! 精霊王様! せめてもうちょっと使えるように出来ませんでしたか!? なんで貰ってる大我使って治すと私の体力持ってかれんのよ!」


 どうやらオレの傷を治し続けて、おまけに背負っているらしい。

 無理だろ、無茶苦茶だろ、普通に置いてけよ。

 もっと大事な事があるだろうがお前には。

 《勇者》になるんだろうが。

 世界を救うんだろうが。

 死んだ故郷の人達に恩返しすんだろうが。

 だったら、オレなんざ置いてけ、バカ。


「絶対に捨てないんだから、あんた、まだ話してない事沢山あるでしょう? それ聞き終わるまで死なせないんだから――絶対、話してもらうんだからっ」


 涙目で言うセリフじゃねぇよ。

 なに本気になってんだよお前。

 最初はもっと猫被ってたろうが。

 格好付けてたろうが。

 今更、なに余裕なくしてんだよ。


「あぁ、だったら私が先払いするっ。払わなかったら、大我に還ろうが世界の壁越えてようが、何が何でも連れ戻してやる」


 無茶苦茶だわ、やっぱ。

 んな事出来るはずもないのに。

 ……いや、こいつならきっとやりかねない。

 こういう女は、あれだ。

 無茶を言いながら無茶をやって、不可能を可能にしちまう底力ってのがあるんだろうなぁ。

 未だにどんな奴か思い出さないどっかの誰かも、こんな感じだったのかな。

 やだなぁ。

 そんな女に一生付き合っていくのかぁ。


「そうね、例えば――そう、私の名前!

 サシャって名乗ったけど、嘘……ではないけど、ちょっと補足が足りなかったわ。本当は、サンシャイン・ロマネスって名前なの。

 でも、この名前、私あんまり好きじゃないのよねっ、だって、陽光サンシャイン情熱的ロマネスなんて恥ずかしくて名乗れないじゃない」


 ――ハハッ、確かに。

 すげぇ名前。

 でも、そっか。そういう事か。

 あの婆さんも意気な事をするな。


「――オレの、名前、月詠、十夜、はさ、」


「っ、あ、あんたは喋んなくて良いの、起きているだけで、」


「払わせっぱなしは、癪だ」


 閉じそうになる目を無理矢理こじ開け、舌が回らない口を動かす。





「苗字、は、『月を詠む』って意味で、名前は『十の、夜』って、意味、なんだ、」





 どうしてこんな名前になったのか。

 いたであろうオレの両親は、どんな意味を込めてこの名前を自分の子供に与えたのか。

 前の世界でのオレは、その名前をどう思っていたんだろうか。

 まだまだ謎だらけだけど、一つ分かった。


「〝太陽〟と、〝月〟、か、」


 同じく空に上がり地上を照らすが、まるで性質が違う二つ。

 同時に上がる事はないが、同じ空にあり続ける。


「……そっか、やっぱ、オレには、お前が、必要だったんだなぁ」


 そりゃあそうだ、





 月は、太陽なしじゃ輝けないもんな





 ――それが、その時の最後の記憶だった。









「――おかえり、リヴァイ」

「はい、ただいま戻りました」

「ご苦労だったね……すまない。お前さんに憎まれ役を頼んじまって」

「いえ、こういうのは慣れています。ほら、僕煽るの得意ですし」

「本当に性格が悪いね」


「貴女に言われたくはありません……ですが、今回の試練の意味は分かりました。

 あの二人はとても似ていながら対極的だ。本当に名前の通り、似て非なるというか。まさか、こんな短時間で仲良くなるとは思っていませんでした」


「仲良く、とはちょっと違うかもしれないけどね。

 あの子らは切っても切れない縁がある。思想も、願いも、希望も。戦い方や現実を見る視点は違っても、いや、違っているからこそ映える」


「……彼らは?」

「……サシャは疲れているだけさね。慣れない制限付きの大我使いまくって、二日半の行程を一日半に短縮してきたんだ。泥のように眠っているさ。

 荷物の方は……どうだろうね。私が言うより、お前さんが自分で見た方が早い」


「では、後で――なぁ、アンクロ。

 いい加減、そのわざとらしい喋り方やめない? ちょっと気持ち悪い」


「――そういう事言うの? 私、役目を終えたらお婆ちゃんになっちゃうんだから、今の内にって思ってやってるのに」


「二人きりの時くらいはやめて欲しいだけさ。いやかい?」

「……その言い方は、少しずるい」

「僕がそういう男なのは知っているだろう?」

「フフッ、ええ、そうでしたね」


「――本当に、これで良かったのかい?

 最近、この世界はおかしい。十年前の魔獣の異常行動、国は荒れ始めるし、帝国は怪しい動きをしている。正直、今までの《勇者》達の歴史の中で、これほど穏やかじゃなかった期間はあるかい?」


「初代の時はそうだったじゃない」

「……アンクロ、揶揄わないでくれ。僕は真剣に言っているんだ。

 もしかしたら、何か大きな事が起こる前兆なんじゃないのか?」

「揶揄ってなんかいないわ。確かに、危なげな火種は多い。

 多いからこそ、私はあの子達を選んだ。この先をあの子達に託せるの」


「……罪悪感から救い主になった女の子と、理由を求める守護者の男の子が、かい?」


「だからこそ、よ。

 あの子達は純粋なの、それが病的と思える程。

 でもこれから先の時代の《勇者》は傍観者ではなく、本当の意味で救い主になるべきだし、その救い主を守る人間は、本物の守護者でなければならない。

 二人ならきっとなれるわ」


「その根拠は? あの子達ならば大丈夫という、根拠はあるのかい?」

「あら、そんなのないわよ」

「……………………やっぱり揶揄っているだろう?」


「違うわ。

 リヴァイ。理由がある事が全てではないと思うの。理屈が通じて根拠がある事なんて、探してみればほんの一握り。

 ――でももしあるとするならば、





 何となくあの子達が、初代に似ているような気がしただけよ」











 ――意識が浮上すると、体の下にあるのは地面ではなく柔らかいベッドだった。

 掛かっているのも、野宿用の毛皮そのままな物ではなく、ちゃんと布で包まれていると手触りで分かる。

 頭の下には、硬い石ころではなく羽毛の枕がある。

 ……サシャの感覚が正しければ、まさしくそこは寝慣れている自分のベッドのように思える。

 一応確認の為、目を瞑って二、三度体をひっくり返してみるが、お腹やひじに軽く本がぶつかる。

 間違いない、自分のベッドだ。


「なぁにをゴロゴロしているのかね、この馬鹿弟子は」


 目をゆっくりと開けると、アンクロがベッドの横で煙管を噴かしていた。


「……師匠、ここは禁煙ですと何度言えば分かるんですか」

「起き抜けに言う事かい」


 ああヤダヤダと言いながら、アンクロは灰を灰皿に仕舞い込む。

 ……間違いなく、そこは自分の部屋だった。

 本がたくさん置いてある、愛しい我が家だ。


「……私、いつ、」


 着いたんですか、という言葉が出てこなかった。

 村に着くどころか、途中の記憶さえ曖昧だ。いくら肉体的疲労がなかったとはいえ、精神体だけで活動した時間、その後もびしょ濡れのまま大の男一人を背負って移動し、眠らず休む事もせず、ずっと歩き続けていたのだ。当然だろう。

 ただ、とてもお腹が空いて、寒くて、おまけに足が痛かったのだけは覚えている。


「昨日さね。お前さん丸一日寝ていたんだよ。よっぽど疲れていたんだね。

 食事を持ってこさせるから、大人しくここで、」

「――トウヤは?」


 立ち上がろうとしたアンクロの動きが止まる。

 ――嫌な予感が、サシャの頭の中に渦巻いた。




「……残念だよ、本当に」




「――ッ!!」


 ベッドから飛び起き、ドアを勢い良く開けて走り出す。

 後ろでアンクロが何か叫んでいるが、聞いている余裕はなかった。


「ッ、ッ!」


 屋敷中を走る。

 起き抜けで走った所為で痛む肺も、恐らくまだ傷が癒えていない足も庇わず、走る。


 トウヤに宛がわれた客室、

 いない。


 他の客室、

 いない。


「あ、サシャ様走っては――、」


 洗い物を籠一杯に持っているリラの声を無視する。


 リネン室、

 いない。


 図書室、

 いない。


 アンクロの書斎、

 いない。


「サシャ、もう起きて平気――、」


 リヴァイの顔を見て少し嫌な気分になるが、それも今はどうでも良かった。


 食堂、

 いない。


 厨房、

 いない。


 玄関ホール、

 いない。


 いない、


 いない、


 いない……。


 屋敷にどこにも彼がいない。

 まるで最初からいなかった、そう言うように。


「いやよ、」


 約束したのだ。


 死んだら地獄にだって追いかけてやると宣言したのだ。


 絶対に死なせるもんかと、我を張ったのだ。


 いやだ、


「死んでんじゃないわよ、」


 走る、


「あんた、私の《眷属》になるんでしょうが、」


 走る、


「ふざけんなっ! 守るって言ったでしょうが!」


 走る、


「剣になるって、言ったじゃない!」


 涙を浮かべ、走る、


「傭兵が、何勝手に契約中に逃げ出してんのよ!」


 最後に残っている、中庭への扉を、突進するように開ける。




「誓いは嘘か、バカ傭兵!!」










「――出会い頭に罵倒とは、寝ても覚めても愛想が良いな、主人」







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