其ノ三






 自分の過去を、記憶を無くしたとしても、影響を受けているのを感じる。

 時々猛烈に感じる衝動のようなものは、きっと過去がその源泉となっているはずなんだ。

 何故そんな風に思ってしまうのか、どうしてオレはその感情を抱いてしまうのか。

 分からないから気になる。答えを見つけなければいけない。


「……なによ、その感情って」

「……う〜ん、」

「何よ、言えないような事なの?」

「いや、そんな悪いもんでもないんだが……言語化するのが難しいだけで」

「呆れた、なにそれ。もう良いわ」


 呆れ顔でサシャはもう一度寝転がる。


「なんだよ、オレに話させて自分は話さないのか?」

「あんたが勝手に話し始めたんでしょう、それに答える義務なんて、」

「おや、オレの主人は正当な〝報酬〟も払えないのかな?」

「うっ……」


 オレの言葉に、さも「それを言われたら逆らえない」と言わんばかりの顔をする。

 こういう律儀な所は《勇者》候補殿の悪い所であると同時に、良い所だ。一長一短とはまさにこの事。


「……まぁ、そうね。貴方の深い所を聞いておいて、私が話さないってのも不公平だし……良いわ、話してあげる」


 改めて起き上がって、少し考える素振りを見せる。

 テキトーに済ませてしまえば良いものを、ちゃんとオレの話に見合った(と少なくともサシャが思える)話をしようと必死だ。


「私の人生、そんな大それた事はないわ。孤児だったのを、師匠に拾われた事が一番大きいと思えるくらい。

 ……私が傭兵の事を嫌っているというのは、分かっているわね。それに、理由がある事も」


 その言葉に、オレは何も言わずに頷いた。

 あれだけ堂々と敵意を示されれば誰だって分かるし、理由もなく嫌っているにしてはその抵抗が長かった。それが本人にも分かっているのだろう、少し顔をうつ向かせる。


「貴方自身に思う所は……ないわけではないわ。正直その軽薄な態度は気に入らない」


 ……そんなオチを付けられるなんて、《勇者》候補は万能だ。


「なんだそれ、酷いな」

「そうやって悪口を言われても、何も返さないプライドの無さも、要因の一つよ」


 もはや何を言い返してみ通用しないようだ。


「それでも、嫌いではないわ。ここまで話してみれば、あなた自身は悪質な人間ではなく、むしろ善人の部類なのだとわかる。傭兵にもそんな人間がいるのかと、少し驚かされもしたわ。

 だって――」


 そこで言葉が止まり、





「だって私の故郷は、傭兵に滅ぼされたんだもの」





 大きく吹いた風で、その言葉は巻き上げられていった。

 まるで悲しみを、癒そうとするように。









 サシャの生まれた村は、本当に何もない、文字通りの寒村だった。

 夏はどこの地方とも違って暑くはならず、冬は極寒を齎す。

 気温的な意味で〝寒〟村と言っている訳ではない。その気温の所為で、麦は上手く実らず、税金分を払ってしまえば、村人の口に入る量などほんの僅かしか残っていなかった。

 唯一の救いは、近くに豊かな森があったから、キノコや木の実、そして狩り出す動物はいたという事。それがなければ、その村はすぐに潰れてしまっていただろう。


 そして何より、その村の人間はとにかく明るかった。


 麦の収穫量が少なくても「まぁ何とかなるさ!」と皆笑顔を浮かべ、生きる事に諦めを抱かなかった。だから、どんなに貧しくても村はいつも明るかった。


 サシャの父と母は、元々は都会の出身。


 サシャが生まれるずっと前に村に移り住んできた変わり者だ。こういうのは、どの村でもあまりいい顔をされないのに、そこの村人は持ち前の明るさですぐに父と母を受け入れた。

 農作物の収穫を増やす方法を知っていたのも、早く溶け込めた理由でもあるだろう。

 やせ細った土地でも何とか生きていける量を収穫し、何とか冬を越し、皆で生きていく。

 そんな村が、サシャは大好きだった。

 娯楽も何もなく、皆笑って働いているだけの村だったが、そこがサシャにはとても愛おしく、父も母も村の人々も、サシャは愛していた。


 ……サシャが五歳の誕生日。悲劇は起きた。


 近くで魔獣狩りをしていたという傭兵の一団が、一晩の宿を乞うた。

 警戒心が薄い村人は、冬も間近なこの時期に野宿では可哀想だろうと、家屋に余裕がある家に、その一団を止めた。



 それが、いけなかった。



 その日の夜だ。その傭兵団は、村中を襲い始めた。

 少ない財産を奪い、

 男性は残虐に殺し、

 女性を組み敷き、

 子供は捕らえた。

 何でもない、今もどこかで起こっている悲劇は、その日その夜だけ、村にやってきたのだ。

 魔獣狩りをしていたと嘘を吐き、村の物を最初から奪おうと考えていたのかもしれない。もしくは、魔が差したのかもしれない。そもそも傭兵ではなく、盗賊の類だったのかもしれない。

 それでもその時、サシャは傭兵だと思っていたし、

 窓の外から見えた傭兵達の顔は確かに笑っていて、

 まるで人を傷つける事を、

 悪を成す事を、




 楽しんでいる顔﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅だと思った。




『私達が帰って来るまで、ここを絶対開けてはいけないよ』


 父はそう言って、農民の家にはどこにでもある、でも農民出身でなければ誰も知らないような隠し倉庫にサシャを入れた。手には、武器には心許ない、鍬が握られていた。


『サシャ、愛しているわ』


 そう言って、扉を閉める前に優しく抱きしめてくれた母の目には、涙が見えた。きっと、もう自分が助からない事を理解していたのだろうと、今では思う。

 そしてその何て事もない悲劇は、サシャの家にもやってきた。


 争う音が聞こえた。


 侵される音が、


 犯される音が、


 冒される音が、


 物置に隠れているサシャの耳にも聞こえた。

 震えが止まらなかった。

 呼吸をする事にも恐怖を感じた。

 目を閉じたくて、でも閉じたら怖くて、ずっと見開いていた。

 そして、父と母が傷つけられるのを止める事が出来ず、ただ物置の隅で震える事しか出来なかった自分が情けなく、余りにも辛かった。

 ……いつのまにか、サシャは眠っていた。

 目を覚ませば、壁の隙間から日の光が差しているのが分かった。

 恐る恐る、聞き耳を立てる。

 何も聞こえない。

 傭兵達の声も、怖い剣や鎧の音も。それどころか、村でいつも聞こえる音は何も聞こえず、その鉄のように冷たく重い静けさは、サシャの恐怖をより強くさせた。

 しかし、その恐怖心とは裏腹に、手は勝手に動いて物置の扉を開けていた。



 ――血の海、とはきっとあの事を言うのだろう。



 いつも家族の団欒を広げていたテーブルも

 両親の為に置いてある二脚の大きい椅子と、

 自分の為に置いてある一脚の小さな椅子も、

 寒い日には温もりをくれた小さな暖炉も、

 母と父を描いたサシャの絵も、

 父も、

 母も、





何もかも、朱色に染まっていた。





 叫ぶ事も出来ず、目から塩辛い悲しみの涙が零れた。

 子供心に理解した。

 もう父と母は、どんなに呼びかけても答えてはくれないのだと。

 泣きながら、村の中を歩いた。

 どこもかしこも血の色だらけ。


 優しかったお爺さんは首元を斬られ、

 焼き菓子をくれたお姉さんは腸が出され、

 頭を撫でてくれたお兄さんは首を絞められ、

 友達は逆らったのか顔が分からない程殴られていた。

 皆、みんな、ミンナ。

 死んでいた。

 生き残ったのは、サシャだけだった。

 助かってしまったのは、サシャだけだった。

 ……その時、サシャが最初に呟いた言葉は、





「ごめんなさい」という、謝罪の言葉だった。





ごめんなさい。

私だけ助かってごめんなさい。

ごめんなさい。

何も出来なくてごめんなさい。

ごめんなさい。

もしこれを私がどうにかしていたら。

ごめんなさい。

ナニカ気付いていれば。

ごめんなさい。

ドウニカできたかもしれないのに。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。





皆の後を追う勇気すらない私を、どうか許してください。





 ……異変に気付いた周囲の村が領主に通報し、領主の私設軍が駆け付けたのは、それから三日後だった。

 サシャは三日間、死体しかいないこの村の中で生き続けた。

 謝り続けながら、生きなければいけなかった。

 それからサシャは都心部の孤児院も併設している教会に預けられる。

 世権会議が認定している宗教、『唯一』とだけ呼ばれるたった一人の神様を信仰するその教会にいた神父も尼達も皆優しく、孤児達も家族のように接してくれた。

 だが、サシャはどうしてもその場所に馴染めなかった。


 自分には、罪があったから。

 村人達を犠牲にして助かってしまった。

 その罪悪感は五歳の少女にはあまりに重く、そしてその罪悪感が使命感にすり替わってしまう事は、そう不思議 なものでもなかった。

 多くの人を救うにはどうすれば良いのだろう。

 子供の浅知恵ではどう考えても答えは出ないだろうが、なまじ頭の良かったサシャはまず一つ思い浮かんでしまった。


 『自分がこの孤児院を出ていけば、まず一人の孤児が飢えずに済む』と。


 愚かだろう。

 無知だと笑われてもしょうがないが、当時にサシャは本気でそう思って孤児院を抜け出し、路上生活を始めた。


 ひもじくても盗みはしなかったし、春を売る事もしなかった。

 それは悪だ。悪い事だ。

 生かされた自分が悪い事をしてはいけない。


 ごみの中から着る物と食べる物を漁った。

 迷惑が掛からないように、そこをちゃんと綺麗にした。


 火を焚くのは最小限にした。

 道を燃えカスで汚すのは忍びなかったから。


 困って物乞いはしたけど、その代わりに拙い歌を披露した。

 母に喜ばれたその歌を、対価になればと小銭の代わりに歌った。


 そうして生きてきた。

 そうして生きてきたささげてきた


 普通だったら一ヶ月と続かない生活を、サシャは五年も乗り越えた。

 類まれなる精神力と、歪んだ使命感で。


 『なんだ、物乞いにしちゃ随分強い目をしているじゃないか』と、目の前を通りかかったアンクロが言った。


 何て綺麗な人なんだろうと感嘆した。

 何て真っ直ぐ見るんだろうと恐れた。


『なんて強くて――なんて歪んだ目をしているんだい。お前さん、そりゃあ人身御供に行く生贄の目だよ。

 聖者の行でもやってんのかい。ガキがくだらない事を考えるんじゃないよ。何に罪悪感を覚えている知らないが、無駄だよ』


 キセルの紫煙を吐き出しながら、そこら辺にいる老婆のような言葉遣いをする聖女に、サシャは真っ直ぐ目を向けながら言った。


『でもわたしは知らないの。

 どうすれば助けられるのか。

 どうすればみんなに、おんがえしできるのか。

 そうすればみんなに、よろこんでもらえるのか。

 分からないの。

 分からないから――わたしの〝ぜんぶ〟をあげるしかないの。

 命いがい、ぜんぶを』


 サシャの言葉に、アンクロは目を見開いていた。

 それはそうだろう。たった十歳の女の子が何もかも犠牲にすると言ったのだ。


『そのくせお前さん、体は渡してやってないんだね』


 アンクロの言葉に、サシャは首を傾げた。


『だって、それは〝わるい〟ことよ? わたしがわるいことをするために、みんながしんだわけじゃない』


 悪い事はしない。

 良い事をする。

 それに自分を全て預ける。

 守られたその命以外は。


『……ああ、お前さんもかい。あぁ~あ、なんだいなんだい、最近流行りなのかいそういうの。

 自分の命を簡単に売り捌くのがお前さんらの趣味なのかい。ああ、嫌だ嫌だ、ガキが捧げ物の目をしているのは嫌だねぇ』


 その時のアンクロの目は、とても印象的だった。

 顔は本当に面倒臭いとか、釈然としないとか、厄介な拾い物をしたと言わんばかりの顔なのに。

 悲しみと、苦しみと、「許せない」と義憤に駆られる目をしていた。


『でもまぁ、あの小僧よりまだマシだ。原因がハッキリしている分、答えを見つけるのも早かろうよ』


 自分のコートをサシャに無理矢理被せてきた。汚れてしまうと突っ撥ねても、大人しくしていなクソガキと聞く耳持たない。


『お前さんに選ばせてやろう。このまま道端で野垂れ死ぬか、それともあたしと一緒に来るか。





一緒に来れば、お前さんの新しいやり方を一緒に見つけてやれるさ』





 そうして、サシャの運命は大きく変わった。









 ――サバイバーズ・ギルト。


 そんな言葉を前の世界で聞いた事がある。大きな事件や事故にあって、その中で生還者が「見捨ててしまった」「助けられなかった」「自分だけ助かってしまった」と思ってしまう。


 生き残った人間の罪悪感サバイバーズ・ギルト


 だがサシャのそれは、 既にそれですらなくなっているのかもしれない。

 罪悪感は、使命感にすり替わってしまっている。

 死んでいった村人の為に、自分の命を懸けて善を成そうとする。

 しかも、《勇者》になって調和を守り続けるという最大の善を。

 村人の誰か一人でもそこにいれば。

 たった一人でも他人ダレカがいて、「これはお前の所為ではない」と言ってあげる事が出来ていたら。せめて、すぐに助けが来て、それを感じさせないくらい幸せな世界に即座に移行できていたならば。

 ここまで彼女が思い詰める事もなかったのかもしれない。

 でもそうはならなかった。

 きっと救われるまでの三日間、彼女はずっと自分を責めた。

 父と母、そしてついこの前まで笑顔で話していた村人の遺体を見ながら。

 ずっと、自分を責め続けていた。

 痼りなんて言葉では表せない、腫瘍なんてまだ緩い。



 それは、癌だ。



 そして……それをオレは否定出来ない。

 オレの中にも、似ている感情があるから。

 自分を犠牲にしたって何かを守りたいという気持ちがあるから。正体不明の衝動が。


「だから、私は《勇者》になるの。ううん、ならなきゃいけないの。まぁ、貴方には分からないでしょうけど」


 彼女の目は病的なまでに真っ直ぐで、下手をすれば簡単に折れそうにも見える。


「ああ、分からない。オレはその場にいなかったんだから、分かるわけがない」


 どんなに綺麗事を並べても、人は他人の事を理解出来ない。

 オレがどんなにサシャの抱いている感情と似た衝動を持っていたとしても、それは似ているだけで同じではない。

 だから、オレはサシャの信念に理解を示せないし、肯定もしない。

 けれど、


「――でも、良いんじゃないのか、別に」


 否定もしなかった。

 オレの言葉がよっぽど意外だったのか、間抜けな顔をしている。


「……意外だわ。てっきり否定されると思ってた。自分で言うのもなんだけれど、私の考えは酷く歪つよ?」

「聞いてりゃ分かる。でもそれを否定する権利はオレにないし、内情がどうあれ、人を救う事には変わりないんだろう? なら好きにすりゃあ良いじゃないか。」


 オレは肯定しない。その使命感はいつかサシャの首を絞めるから。

 オレは否定しない。オレも同じ穴の狢みたいなものだから。

 いつか、

 いつかその考えを否定する事もあるのかもしれない。

 お前は罪悪感を感じる必要性はないと、自分を犠牲にする必要性はないと言ってやる日が、もしかしたら来るのかもしれない。

 でも、それは今じゃない。


「否定も肯定もしない。アンタの信念に、オレはとやかく言うつもりはない。

 オレは元傭兵で、まだ《眷属》にもなっていない。それでもアンタを守る。





 善を為すというならば、オレはアンタの剣になろう」





 傭兵は風来坊。何にも縛られず、金とそれなりの理由さえあれば、どんな人間にも頭を下げる。どんなものにも礼儀を尽くし、どんなものも殺す。

 だが、誓いだけは別だ。

 風来坊で何にも縛られず、金と理由があれば人殺しも厭わないからこそ、オレ達傭兵が己に誓った事は絶対に破らない。例えそれで自分が死ぬ事になったとしても。

 古伝に伝わりし戦士に則って。


「本格的な儀礼は、アンタが《勇者》になり、オレがアンタの《眷属》になった時にしよう。

 オレはアンタの永遠の味方でいよう。アンタが俺の主義主張に反する行いをしない限り、だ」

「……同情でもしているつもり? それとも媚びを売っているの?」

「いいや、違う。

 傭兵の誓いはそう軽いもんじゃない。オレは今まで二つ誓いをたてたが、自慢でもなく、それを一度も破った事はない」


 自分から他人を裏切らない。

 これは、爺さんの所で修業を始める際に誓わされた。金に左右される傭兵だからこそ、一度契約したら最後まで果たす、最後まで仕える事を誓った。

 例え死ぬ事になっても町人を恨まず、町を守る。

 二回目に巻き込まれた戦場で、町人全員の前で立てた誓いだ。オレは逃げる事なく、その町を守った。全部は無理だったが、それでも多くの人を死の淵から救えたはずだ。

 一つ目は今も守り続け、二つ目は満了した。

 オレの生涯三つ目の誓いはここでしよう。


「同情なんかで、お前に従おうとは思わない……お前、オレが礼儀知らずと言う割に、自分は結構オレに酷いしな」


 本当だったら、こんな主人は御免被る。

 事ある毎にクビだクビだと脅し、礼儀がなってないだの何だのと突っかかり、面倒臭い女だと思う。おまけに、報酬の払いを出し渋るなんて論外だ。

 だが、それはあくまで傭兵としてのオレから見たらだ。

 オレ個人――月詠つくよみ 十夜とうやとしては悪くない主人だ。誇り高く、頑固だがしっかり前を向き、自分の足で立って歩いている。そこら辺の綺麗なだけのお嬢様より、ずっと信頼出来る人間だと思う。威張り散らすだけではなく、自分でも行動をしようとしている。

 ああ、悪くない。

 こういう主人に仕えるのは、気分が良い。


「まぁ、簡単に言えば、オレはアンタを気に入っちまったんだ」

「……随分、変わった趣味だこと。それに、惚れっぽいんじゃない?」

「教えてくれた師匠からは『傭兵に向かないくらい情に篤い』とは言われたが、同情ではないぞ、改めて言うなら」


「改めて言う必要性はないわ。

 貴方の言葉は子供達が遊ぶ皮鞠よりも軽いけど、少なくともそういう事を考える人間ではないというのは、よく分かったし……その、なんていうか、」


 どこか気恥ずかしそうに、


「貴方が、その、悪い人間ではないというのは分かったし、傭兵と纏めて蔑んでしまった事は、失礼だったと思うわ。

 そこまで信を置いてくれる人にあのような態度は、私の意固地な考えの所為です……そこは、申し訳なく思っています」


 ……今鏡や水面を見なくても、自分がどんな顔をしているか分かる。

 びっくりしたような顔をしているはずだ。

 意外とは少し違うが、まさかここで謝ってくるとは。


「っ、なによ、何か文句でもあるの!?」

「……いいや、ない。むしろ嬉しいよ、ありがとう」


「絶対嘘よ! どうせ『こんな高慢ちきなお嬢様が謝るなんて、明日は槍でも降ってくるんじゃないか』って考えているんでしょう!? 貴方の事を認めても、貴方のその失礼な性格に関しては改めたほうが絶対に良いわ! ううん、改めさせてやるんだから!!」


 物凄い勢いで怒声を張り上げているサシャを、思わず微笑ましく見てしまう。

 だって本人気付いていないんだぜ?

 被害妄想発言はさておき、後者は明らかにもうこの試練が終わった「後」の事を話しているってのを。


「何よその顔……もう良い!


 明日は大事な第二の試練! もし寝不足で起きれませんなんて事になったら置いていくんだから!!」


 その言葉を最後に、サシャは勢いよく毛布の中に潜り込んだ。

 ……明日。

 オレ達が打ち解けたとしても、試練を乗り越えなければ何もかも水泡に帰す。

 不安を感じても良いはずなのに、どこか心は晴れやかだ。

 頑固で口が悪いお嬢様でも、真っ直ぐで強いお嬢様だ。何とかなってしまうのではないかという、確信めいた気持ちがあったから。





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