3/岩と二つの話 其ノ一






 自覚なしだった自分に恥じているのか、それをオレに知られ、さらに指摘された事に激怒しているのか……多分その両方を感じているのか、サシャの顔は熟した林檎のように赤い。


「し、失礼ですね! そもそも、師匠が悪いんです! 貴方のような不適格な人間を《眷属》に選ぶなんて!」

「はいはい。オレのどこが悪いんだ? 腕は証明しただろう?」


 そりゃあ、雑魚相手に実力の三分の一だって出し切っていないこの状況で認めろとは言えないが、少なくとも当面の護衛役としては十分な仕事はしているはずだ。そこら辺には、当然プライドを持っている。

 オレのそんな思いを気にもせず、サシャは鼻を鳴らした。


「まずその態度が気に入りません。最初から敬語を使わず……おまけに、リヴァイやリラにも敬意を払っている様子もない。

 《眷属》は、《勇者》と共に多くの式典や儀礼に参加します。各国王族や重要人物と面会する折にそのような粗暴な態度を取っていれば、主人である《勇者》の品格を疑われるというものです」


「別に出来ない訳じゃない。リヴァイはさておき、リラは自分から敬語はいらないと言ったしな。

 それに、オレは今査定されている最中だ。言っただろう? 素の自分を見てもらわないと意味がない」


 これから長く付き合っていくのだ。四六時中慇懃な態度を取れるわけでもない。戦いの場になれば当然雑にもなってくる。その時になって「そんな人だとは思わなかった」なんて被害者面されて、こっちが詐欺師のように扱われるのは嫌だ。


「それにしたって、もう少しちゃんとしたって、」

「ちゃんとって言われてもねぇ。なんだ、お姫様扱いがお望みか? それとも、お嬢様扱いか? どっちでも良いが、《眷属》ってのは《勇者》の剣なんだろう。

 剣に美麗さや礼儀正しさを求めると、そりゃあ見栄えはよろしいが、剣としては半人前になって本末転倒。そういうのは、相応しい場所だけで十分。

 少なくとも、こんな森の中で使う事じゃないだろう?」


「……そう。つまり、私は敬うに値しないと?」


「何でそうなるんだよ、極論が過ぎる。

 オレの敬い方がアンタの敬い方と違うだけだ。尊重もするし、命令も聞く。アンタを守る為に、命を張る事だってしよう。それがオレの信条だ」


「信用出来ません」

「当然。二、三日一緒に過ごした程度で信用も信頼もするべきじゃあない。この旅の間に精々オレを見定めてくれ。オレはオレの言った事を守るだけだ」

「……でも、……だけど、……」


 何かを言いたそうな、でもオレの言葉に納得出来る部分があるのか。言葉を発する事もなく、サシャの口はモゴモゴ動いている。

 義務感や責任感だけで、人間の感情がどうこう出来るはずもない。どういう理由かは話すまで待つつもりだが、きっと彼女は傭兵そのものに嫌悪感を感じている。しかも、普通の人の数倍。

 そんな人間がこれから一生に近い時間を元傭兵と過ごすというのは嫌だろう。

 だが、解決の糸口が見えないわけではない。

 石のようにお堅いお嬢様ではあるものの、サシャはちゃんと「オレ」を見てくれている。《勇者》になる為に得た素養なのか、それとも本来の気質なのか。傭兵だという嫌悪感は合っても、会話が出来ないわけじゃない。

 むしろ知識欲が強いのか、オレの話をしっかりと聞いてくれて、ちゃんと言葉を返してくれる。傭兵の事を教えれば教えるほど、警戒心も薄れてきているのか、今日は最初からオレが隣を歩いても気にしないくらいだ。

 少しずつ距離は詰められている。

 こういう、要は吊り橋効果で仲良くさせていこうという思惑があるのなら、婆さんは本当に性格が悪い。そこまでしなくても、もっとサシャに合った候補は幾らでもいただろうに。

 所詮口約束と、証文代わりの文様のみだ。いくらでも反故に出来るだろうに。


(なんで、オレなんだ)


 心の中引き出しに仕舞ってある思いを引き摺り出す。

 引き摺り出しても答えは今の所見つからないと分かっていても、原初の衝動のようなものがオレの中にはある。

 答えは、


「ちょっと、傭兵! 先に行きますよ!?」


 その言葉で、意識が現実に戻る。

 どうやら憤りやら何やらを原動力に、サシャは考え事をしていたオレより足を速く動かしていたらしい。ほんの数歩だけだが前を歩いていた。

 だけど、


「おい姫様、オレの前を行くな。せめて前を向け」

「姫じゃありません! そうやってすぐに軽口を叩く所も私は好きではありません! 剣の腕は立つのに、言葉遣いがそこら辺にいる軟派な市民と変わらない。せめてもう少しその冗談を引っ込めて話を、」

「いやそこじゃなくて、」

「さっきから何なんですか!? 一刻も早く美しの泉に着かなければならないのに、チンタラ歩けというんですか!?」


「いやそうでも無くて、目の前に岩

「ギャフンっッ!?」

 が、あるって言おうと思ったのに……」



 オレの制止を振り切って早歩きをしていたサシャは、物の見事に道を塞いでいる巨岩にぶつかった。幸い顔を後ろに逸らしていたので、顔面衝突は避けられたようだが。

 ……にしてもギャフンって……これも、この世界じゃ通じない言葉なんだろうなぁ。


「何なんですかぁ、もうっ!!」

「大丈夫か、どっか怪我してないか?」

「していません! していませんけど、もっと早く言ってくれれば良いのに!」

「アンタが遮ってたんだろう……にしても、」


 サシャに手を貸しながら、巨岩を見上げる。

 オレの身長を超えているから、イメージとしては二メートルほど(メートルなんて単位をこの世界でも使っているとは思っていなかった)だが、横幅がそれなりにあって、律儀に道を塞いでいる。通り抜ける為には、横の森に入らないと難しそうだ。


「何でこんな所に巨岩が。リヴァイ達が確認に来たはずなのに……」


 岩にぶつかった側頭部を撫でながらのサシャの言葉に首を振って否定する。


「長い間ここにあったもんじゃないだろう。そもそも、こんな岩が平野の森の中で動くわけもない 誰かが勝手に置いたのとしか考えられない。

 つうかそれ以上に、」


 道の先でこんな大きなものを事前に察知出来なかったのは不自然だ。

 この道は、どういう理由か緩く蛇行しながら美しの泉に向かっている。丁度曲がった地点であるこの場所は、確かに曲がらないと先が見えないから気付かない。

 でも、あくまで緩やかにだ。流石に近づけば端っこくらいは見えるだろうし、ぶつかる事もなかったはずだ。


「こいつ、急に現れたって事になるな……」


 オレは、一度目を瞑って集中する。腹の奥底で渦巻いている温かい水のようなモノ――小我を取り出し、目に注ぎ込む。

 そしてもう一度目を見開き、《看破眼》を覚醒させた。

 大我の収束地点、龍穴である美しの泉を抱く森だ、当然空気中の大我も濃く、巨岩の不自然さを上手く隠している。

 けれども、どんなに腕の立つ魔術師でも魔導師でも、隠しきれないモノをオレは見つける。

 その巨岩にも、その痕跡があった。

 まるで身体中の血液を循環させる、心臓のような器官がその巨岩の中心にあっ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅たから﹅﹅﹅


「――下がれ、サシャ!!」


「キャッ」


 少し乱暴にサシャを後方に押しやると、腰に下げている《顎》を抜きはなった。




コイツは生きている﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅!!」




 オレが言葉を発したのが聞こえたのか、それともただただタイミングが良かっただけなのか。





 岩の巨人が起動した。











 擬似精霊ゴーレム

 魔導師や、魔術師の中でも物作りに主眼を置いている錬金術師が好んで使う、仮初めの存在。岩や木といった自然物、あるいは魔術で生成された特殊物質を材料として作られる人形だ。魔力物質で作られた擬似魂魄で作られた、虚ろな存在。

 錬金術師、というより魔術師は人造人間ホムンクルスやら魔業人形オートマタやら、その材料や作り方によって種別化したがる。

 だが、魔術や魔導といったある意味特別な技術で作られ、勝手に歩いたり喋ったりする存在を、世間では纏めて擬似精霊と呼ぶ。

 大きさや機能は様々だが、魔導師が作るのは番人や自分の代わりに戦う戦士としての役割を持つ擬似精霊だ。

 自然物で体を構成し、痛みも感じない、稼動核か駆動式を壊されない限り動き続ける裁許の戦士。単純な事しか出来ないが、物理的な攻撃力としては強力だろう。


「なんで、何でこんな所に擬似精霊がいるんですか!?」


 サシャの絶叫は、岩の擦れ合う嫌な音にかき消された。

 足が短く、腕がアンバランスなほど大きい擬似精霊は、骨を太くしなやかな木を使っているのか、スムーズな動きでトウヤにその拳を振り下ろす。


「くっ!」


 それを回避しながら、トウヤは苦し紛れにその腕に《顎》で傷を付けようとするが、殆ど意味 為さない。恐らく、魔力物質を服のように纏って防御力を底上げしているのだろう。

 もしくは、魔力物質の刃で戦うトウヤの相手を想定していたのかもしれない。

 拳は空を切り、整えられている道に衝突して――爆ぜた﹅﹅﹅

 物理的に強烈な一撃を表現したのではなく、爆炎と粉塵を撒き散らし、文字通り道に穴を空けた。


「ちっ、多分、あのエルフの美人が作ったんだろうよ……ったく、主人と同じで性格の悪いもん作る!」


 苦し紛れのトウヤの言葉を耳に入れながら、頭を必死で回転させる。

 四ノ眷属・《囁き》のファオ。

 小我が他の種族よりも多く、同時に大我の扱いも心得ている精謐族。世界に十三人しかいないとされている大魔導師であると同時に、魔導大国が喉から手が出る程欲しがる優秀な魔術師でもある異端児。

 そんなファオの得意なものの一つが擬似精霊の制作と操作だ。

 木と岩で出来たベーシックな擬似精霊なはずなのに、自動で魔術障壁が展開され、おまけに拳に爆破術式まで装備されている。


(ファオが生み出した擬似精霊なら他にも面倒な機能を付けている可能性だって否定出来ない……ああ、もう、だから師匠もファオも苦手なのよ私!!)


 普段気を張っている言葉遣いも、心の中では解けてしまう。余裕を失ってしまうほど、必死で考える。


「傭兵! 稼動核の位置は貴方の《看破眼》で把握出来てるんですよね!?」

「出来てるけど、さっきから《顎》を突き立てても切れそうにない。多分そこは何重にも防壁があるんだろうな!

 上から潰し斬るって手もあるが、それをさせてくれるかどうか、おっと!」


 大きさに反比例するような素早い拳の嵐を回避しながら言われた言葉に、サシャは俯く。

 稼動核を斬る事は難しい。

 かといって、真っ二つに体ごと核を両断する事も難しい。重い体の割に、目端が効き動きは素早い。力技は通用しない。

 ならどうする。サシャの頭の中でそんな言葉が木霊し、サシャを急かす。

 戦う力を持たない、《眷属》候補であるトウヤを戦わせる事しか出来ない自分が戦いに関わる方法は、「大我を供給する事」と「考え続ける」事だ。

 前者は一度しか使えない。まだ先にどんな試練が待っているか分からない以上、ここで切り札を切ってしまうのはあまりにも愚策。

 だから、サシャはひたすら考えつづける。

 迅速に、確実に答えを見つける為に。

 核が壊せないとなれば、当然次の標的は駆動式だ。

 その擬似精霊の機能を司る駆動式は、その擬似精霊の器になる体に刻み付けられている。

 一部でも削り取ってしまえば機能不全を起こし、機能不全を起こせば擬似精霊は動けなくなるか、体を維持出来ずバラバラになる。

 簡単のように見えて、これが結構大変だ。

 駆動式に使われる魔導言語も魔術言語も極めて細かいもので、戦いながら見つけるのは難しい。何より、それが弱点になる事を作り手も心得ている為、内側に刻印したりと様々な事前措置を取る。

 あからさまであるからこそ、堅牢に出来る稼動核。

 細かく見つけ辛いからこそ、隠蔽が出来る駆動式。

 どちらを狙っても困難だ。

 しかし、


(困難ってのは、「やらない」理由にはならない!)


 《勇者》になるのであれば、これくらいの試練を突破しないでどうするというのか。

 そう自分を叱咤激励しながら、サシャは杖を振るう。


「貴方は駆動式を探してください! 細かく見え辛いですが、貴方の看破眼は物体をすり抜ける性質も持っています、必ず見えるはずです!」

「んな細かいの、この状況で、見つかるか!!」


 拳をいなしているトウヤに、サシャは叫び返す。


「擬似精霊は、一時的に私が相手をします。

 貴方は駆動式を見つけ、破壊してください! 方法はお任せします!」

「相手するって、」


 そんな無茶な。

 言葉にしなくても、彼がそう思っている事はサシャにも分かった。

 《勇者》は戦えない。

 それは選ばれる《勇者》達の資質もそうだが、《勇者》という立場の根本的義務でもある。

 精霊王が住処とする美しの泉から湧く大量の大我を、もし攻撃の力として《勇者》本人が操れてしまえば、世界のバランスを崩す張本人になりかねない。

 だから、《勇者》は戦えない、戦わない事を義務付けられている。

 それでも《勇者》が戦場に出る時、それは、


「目の前の障害、目の前の調和を乱す存在に、〝抗う〟時のみ!

 『吾乞イ願ウ』!!」


 魔導の言葉を呟く。

 自分に出来る最大級の足止めを。


「『樹々ヨ答エヨ。 汝ノ領域荒ラセシ者ヲ絡メ取リ、幾許カノ時ヲ稼ゲ』!」


 詠唱の効果は瞬時に発揮される。

 道の横に生えていた木々の枝が、まるで蛇の様にのたうち、技師精霊の四肢を掴む。

 声帯が、声を出す機能が存在しないのか。岩が擦れ合う特有の音を搔き鳴らしながらその拘束を振り解こうとするが、枝はしなやかさを生かしてその力を逃し、擬似精霊の体を緑色に染め上げ、体を覆う。

 ここまでしても、時間はそう残されてはいない。

 この拘束が外れる前にトウヤが正解を見つけなければ倒される。試練であれば殺される事こそないものの、サシャの夢はここで潰える。

 そんな危機的状況の中でも、


「ハハッ、流石勇者候補様だ――これは、期待に応えなきゃ、締まらないよな!」


 それでも彼は笑顔を浮かべていた。

 白銀の眼は小我の燐光に光り輝き、まるで本物の双子月のように凡ゆるものを淡く見通す。


「……見つけた、背中の裏、厚さはそうないが、障壁ぶっ飛ばしてあの岩を砕くのは難しい。

 ――杭が、要る」


《顎》をしまい、腰から下げていた《竜尾》を左手で抜き、右手は襷のように掛けられたベルトに手が伸びる。

 小さな、ナイフとも呼べない鉄片。刃を拳の前にかざせる様に握りが作られている、まるで空中浮島のシノビが使っている、「苦無」というナイフのようなもの。

 投げ武具飛鱗。彼の斬撃の魔力物質を蓄積し、三十秒という短い時間ながら手を離しても刃を維持出来る投げナイフ。


「――背中は覆ってくれるなよ、お姫様」


 いつもの軽口のような言葉に、サシャは額の汗を拭いながら答える。


「当然です。それよりしくじらないで下さい、傭兵」

「……ハッ、本当に愛想の良い女だよ、お前は!」


 トウヤは駆け出し、ガラ空きになっている擬似精霊の股下を滑り込むように潜り抜ける。下手をすれば踏み潰されてしまう事も分かっていながら、一切躊躇せずに抜けていった。


「《竜尾》!」


 小我を吸収し生み出された魔力物質の刃は、唸りを上げてその障壁に激突した。

 紫電がぶつかり合い、バチバチとお互いを弾かせ合う。

 魔術障壁は絶対ではない。これだけ大きな擬似精霊の体を全て覆っているならば、それなりの強度を誇っていても一点集中で一瞬の隙が出来る

 拳一つ通るか通らないかという些細な穴が、一秒と保たずに修復される。その小さな穴は、鍛えられているトウヤにとって、むしろ大き過ぎるくらいだ。

 その穴に、トウヤの右手から投げられた《飛鱗》が飛び込み、背中に突き刺さる。ちょうど駆動式が内側に記されている岩の背中に。


「そのままぁ、動くなっ!!」


 スイッチを切り替え、斬れ味重視のそれから衝撃に切り替え、押し潰さんばかりの勢いで振り降ろした。

穴は閉じたものの、一時的に脆くなっている魔術障壁は、器そのものを障壁から守れても、衝撃を完全に殺すまでの効果がない。

 しかし同時に、衝撃だけで駆動式の書かれている場所を破壊することも出来ない。

 それを突破する為に、《飛鱗》を刺した。

 衝撃を伝え、魔力物質で生み出された刃で岩を紙のように切り込み、その内側の駆動術式に、罅と歪みを与える。



 それだけしか出来ない。

 だがそれだけで良い。



 ビクッと、擬似精霊が脈動する。

 脈動した瞬間から、その四肢に、器に、力が抜けていっているのを、魔導で操った枝を通してサシャは感じ取っていた。





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