竜の本

 沿岸に広がるこの都市は、書庫都市と呼ばれるほど蔵書家が多くおり、また同じくらい本を売る者も多くいる。

 この都市では本が最も高値で取引される。

 沿岸にあるため潮風により本の劣化が心配されるかもしれないが、この都市では本を守るために魔法技術が発達しており、ある程度の時間なら高い品質を保つ事が出来る。

 つまりこの都市では、貴重な本であればあるほど高値がつく。

 よって、希少本を集めコレクターに高値で売り付ける、店舗を持たない流れ書店と呼ばれるものたちが居る。

 ある流れ書店の男が、書庫都市の港にある喫茶店へと立ち寄った。

 港の方は直で潮風が当たる為、本を売るものは居ない。

 男は、この街でも一、二を争う蔵書家の依頼を受け、とある東の果てにあると言う国の本を探していた。

その休憩がてらに、たまたま立ち寄っただけだった。

「いらっしゃいませ」

 店には、店主と思われる白い髭をたくわえた高齢の男だけだった。

 適当な席に座り、コーヒーを頼む。

「かしこまりました」

 店主はカウンターの方でコーヒーを淹れ始める。

 店の中は壁の本棚に種類も大きさもばらばらに様々な本が置かれており、ところどころ古びたおもちゃのようなものも置かれている。

 その本の中の一つに、男は目がとまった。

 多くの本の中で、その背表紙だけが、男にとっては特異に見えた。

 なにせ他の本はどれも他でも見た事ある、写本が多く出回っているものであったが、それだけは、直接見た事のないものであった。

 席を立ち、本棚に近寄り、本を取り出す。

 表紙を見れば、東の果てにある国の言葉でタイトルが書かれ、金の龍が大きく描かれている。

「これは……」

 東の果ての国は、現在他国との交流を完全に断ち、その国の本はほとんど出回っていないと聞く。

 そして金の龍は、その国の王宮の紋章。

 つまりこれは王宮に関連する書籍だと言うことだ。

 男が蔵書家に依頼されていたのは、東の果ての国の本とだけだった。

 持って行けばそれ相応の値段をつけて買ってくれると言っていたが、これは恐らくしばらくは遊んで暮らせるほどの値がつくだろう。

「最高クラスの希少本が何故ここに……それも写本に紛れて……さてはこの店の者は、これの価値に気付いていないな」

 そう思った男は、店主に言う。

「店主、暇つぶしにこの本を読んでいてもいいか?」

「ええ、構いませんよ。コーヒーをどうぞ」

 出来上がったコーヒーをテーブルに置く店主。

 男は本を手に席へ戻る。

 コーヒーを飲みながら、本を読むフリをする。

 男は東の果ての国の言葉はあまり分からない。

 ある程度読むフリをし、コーヒーが無くなった頃に、男は席を立つ。

「ごちそうさま。この本、とっても良かったよ。良ければ譲ってくれないか?」

「本ですか、まあ、構いませんが、この街で本をタダでお渡しするわけにはいきませんねぇ」

「確かに、それはそうだ。では、5千ジルでどうだ」

 幾つか写本が出回ってたとしても、準希少本に部類されるものはある。

 そう言ったものであればこれくらいの値がだいたいの相場だ。

「いえ、その本であればそれではちょっと……」

 ふむ、入手した時の値でもあるのだろうか、だとすれば……

「ならば桁を増やそう5万ジルだ」

 この本であれば、5万など安いほうだ。

 本当に価値の判るビブリオマニアなら、5千万でも買い取るだろう。

「ええ、それほどいただけるならお売り致します」

 

 本を持ち、心躍る気持で店を出る。

「いやー、良い買い物が出来た」

 今にもスキップしそうな勢いのまま、ふと店の方を見る。

 すると、店のガラスを通し、金の龍が描かれた本を、また本棚に置く店主の姿が見えた。

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