くらげのお使い

 深い深い海の底、竜宮城と言う朱色の城が建っていた。

 竜王が治める竜宮城には今、危険が迫っていた。



 竜宮城会議室。

 竜王と、大臣である魚たちが頭を抱え唸っていた。

「あのタコ野郎め……国を守りたくば乙姫を差し出せとは、図に乗りおって」

「しかし、あのタコ魔神の力は本物です。逆らえば陛下と言えども無事では済まないでしょう」

 ひらめ大臣の言葉に、再び黙りこむ一同。

「やはり、姫を差し出すしか……」

「何を言うか!」

 かれい大臣の呟きに、竜王は激怒する。

「姫を差し出すとは言語道断! あんなタコ野郎など我一人で十分だ!」

「お待ちくだされ、陛下」

 怒り狂う竜王を、ほうぼう大臣が落ち着きを払った声で制止する。

「ここは一つ、かの者に助けを求めるのはいかがでしょう?」

「誰の事だ?」

 竜王に問われ、ほうぼう大臣はその名を口にする。

「浦島太郎に御座います」

「なに? 人間に助けを求めると?」

「ええ、あの者は子供に襲われていた亀を助け、乙姫様も気に行っていらっしゃるお方です。心優しきお方なのは事実、今回も快く助けて下さるでしょう」

 竜王は考え込むように唸る。

「しかし、あの者は人間、陸に住む。陸まで誰が呼びに行くと言うのだ」

「それならば、くらげはどうでしょう?」

「くらげ? それはまたなぜ?」

「はい、くらげは身体が透明でございます。ひっそりと使いに出しても、タコ魔神の手下に見つかる事はありますまい」

 ほうぼう大臣の考えに竜王は納得し、くらげを会議室に呼び出す。

「くらげよ、陸に上がり浦島太郎なる人間を連れてこい」

「ははー!」

 くらげは竜王の命を受け、陸へと向かい竜宮城を旅立つ。



 陸へと残り半分といったところ、くらげは、イカが数匹追ってくる事に気付く。

「へいへいへいくらげさんよー! どこへ行こうと言うんだい?」

 イカたちはくらげの行き先を塞いで、くらげに問いかけた。

「わたくしは今竜王様の命を受け、陸へ上がり浦島太郎なる人間を迎えに行くところです」

 くらげが律儀に答えると、イカたちは騒ぎだす。

「おいおいおい竜王の奴も人間に助けを求めるようになったか! だがそんな事はさせねえぜ! おおかたタコ魔神様の邪魔をするつもりなんだろうが、俺達一番ヤリイカたちが阻止してやるぜ!」

 そう言ってイカたちはくらげに襲いかかる。

 くらげは持ち前の毒針を駆使し、イカたちに抵抗をするが、多勢に無勢。徐々に追い詰められていくくらげ。

 しかしその時――

「おい、嵐だ! 嵐が来るぞ!」

 イカの一匹が叫び、それに気付いたイカたちはくらげをほおって一目散に逃げる。

 何かと思いくらげは、イカが逃げたのと反対を見る。

 するとそこには、イワシの群れが迫っていた。

 反応が遅れて逃げる事が出来なかったくらげは、イワシの群れに巻き込まれてしまう。



「おい、おい大丈夫か?」

「ん、んー」

 誰かの声がして、目が覚めるくらげ。

 すると目の前には、人間の顔があった。

「わっ! わわわっ!?」

 くらげはびっくりして飛びあがる。

「大丈夫か?」

「え、えーと」

 辺りを見渡してみると、そこはどこかの浜辺だった。奥の方では、時折速く走る鉄の塊が通る。

 陸に居る事に気付いたくらげは、竹刀を担いだ目の前の人間にたずねる。

「あの、浦島太郎と言う人間を知りませんか?」

「浦島太郎? 浦島は俺の名字だが……」

 それを聞いたくらげは、見つけたと思いその人間にすがりつく。

「助けて下さい浦島様! 今竜宮城に危機が迫っているのです! 乙姫様が悪しきタコ魔神に狙われているのです!」

「え、な、なんだ!?」

 浦島は驚くが、とりあえず事情を聞く為にくらげを落ち着かせる。

「す、すみません。取り乱してしまいました」

「いいって、それより何があったんだ?」

「はい、実は――」

 くらげは、今竜宮城に起っている事態を説明する。

「なるほど……」

 それを聞いた浦島は、何かを考え込む。

「どうかなさいました?」

「いやな、うちの家には代々、海の底から使いが来たら、その者について行き頼みを聞いてやれと言う家訓があるんだ。たぶん、今がそれかもな」

「では、助けてくださるのですね!」

「ああ、なんだか分からんがそのタコ魔神ってやつをぶっ飛ばせばいいんだろ!」

 そう言って浦島はくらげを肩に乗せ、懐から丸薬を取り出す。

「それは?」

「これか? これは浦島家に伝わる、水中でも呼吸出来る薬だ。秘薬だから水泳の授業とかじゃ使えないけどな」

 浦島はそれを飲み、ずぶずぶと服のまま海へと入っていく。

「道……があるかは知らないけど、案内よろしくな」

 浦島はくらげにそう言い、海の底へと潜って行った。



 竜宮城会議室。

「ぬぬぬー、いつになったら帰ってくるのだ」

 竜王はそわそわと会議室の中を歩き回る。

「先ほど出たばかりでございます、今しばらくお待ちを」

 ほうぼう大臣がそう言った瞬間、ばんっと大きな音を立て会議室の扉が開く。

「陛下! 火急の知らせにて失礼します! 見張りより、タコ魔神率いる軍勢がこの竜宮城に迫って来ているとの事!」

「なに!? 期限まではまだあるだろう!」

「タコ魔神め、しびれを切らしおったか」

 ひらめ大臣が叫び、かれい大臣が唸る。

「ええい、総員向かい討て!」

 竜宮城内に、竜王の怒号が響く。



「もうすぐです! もうすぐ竜宮城に着きます!」

「ん、あれがそうか? でも、何やらおかしくないか?」

 浦島たちは竜宮城が見えるところまでやって来た。しかしどうにも様子がおかしい。

「ああ……そんな、間に合わなかったなんて……」

 竜宮城の奥に見える巨大な影、タコのようなシルエットに、くらげは絶望する。

「おいおいなんだ? もう始まってるのか?」

 竜宮城の城下町では、大量のイカと、竜王軍が大規模な戦闘をしていた。

「とりあえず、あのでっかいタコが親玉なんだろ?」

「え、ええ……」

「なら、そいつをぶったたけばいいわけだ!」

 そう言って浦島は、タコ魔神に向かって一心不乱に突き進んでいく。

「へいへいへい! なんだてめぇ人間か!? なんでもいいがタコ魔神様には近づけさせねぇよ!」

 数匹のイカが、浦島の前に立ちはだかる。

「邪魔だ!」

「ふぎゃぁ!」

 浦島は竹刀の一薙ぎで、イカたちを蹴散らした。

 そしてタコ魔神の前までやってくる。

「ぬぅ? 何者だ貴様? 人間か?」

 目の前に現れた人間に、タコ魔神はいかぶしげな顔をする。

「ああ、俺は浦島平太だ! お前を倒してくれと言われやって来た!」

 それを聞いてタコ魔神は高笑いをあげる。

「なにが浦島だ、ただの小僧ではないか! 失せろ」

 タコ魔神は足の一本で浦島を叩き潰そうとする。

 しかし――

「ぬぅ!?」

 浦島を潰そうとした足は、ぽっきりと切り離されていた。

「へぇ、竹刀ってタコ足斬れるのか」

 なんと浦島は、竹刀でタコの足を切り取ったのだ。

「ぬぅ! 貴様何者だ!」

 タコ魔神は残った足で一斉に浦島へ攻撃を仕掛ける。

「だから」

 浦島は竹刀を構え、

「浦島平太だって言ってんだろ!」

 一閃。

 迫っていたタコ足は、全て綺麗にタコ刺しへと変わった。

「すげぇ、剣道六年もやってるとこんなこともできるのか……」

 浦島は自分でやった事に驚いていた。

「お、おのれぇ! 俺を誰だと思って! この海の新の王者、タコ魔神様だぞぉ!」

「んなこと言われても、俺人間だし、しらねぇ、よっと!」

 浦島は竹刀の一撃で、タコ魔神を海の彼方まで吹き飛ばす。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 


 タコ魔神を撃退した後、浦島は竜王と出会い感謝の言葉を貰う。

「ありがとう! 浦島よ! お礼にしばらくこの竜宮城に泊って行くがよい! 最高のもてなしをするぞ!」

「あー、ありがたいけど、ごめん。そんな余裕無いわ」

「な、なぜじゃ」

「今日で夏休み最後なんだわ。そんでまだ宿題終わって無いから、急いで戻らないと。んじゃ、そう言うわけで!」

 そう言って浦島は、竜宮城から去って行った。

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