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「思い出は花の中に溜まるものではないと思うわ。言葉の意味としてではなくて、花の中に思い出が溜まってしまったら、それはいつか蒸発してしまうでしょう?」
・・・なるほど。
「それにそのお花がどんな大きさの花なのかは分からないけれど、例えばチューリップのようなお花だとして、もしそのお花いっぱいに思い出が溜まってしまったら。そのお花は花びらを広げて壊れてしまうでしょう?」
「確かに。そう言われればそうですね。お花の許容量が分からないけれど、どちらにせよいつかは無くなってしまう、と」
考えたこともなかったけど、良く考えればそうか。もし本気で溜めようと思ったら可愛らしい花ではなく、食虫花みたいな感じじゃないと・・・それはそれでラブソングとしてはどうだろう?
「では思い出は花の中に溜まっていく雨ではないと?」
外では夕方から降りだした雨がまだしとしと降っているのだろう。そう言えばハナワさんは傘を持たずに来店したように思う。
「そうね、違うわ。けれど、全く違うわけではないと思うの」
「どういうことですか?」
「花の中には溜まって行かないの。その身と大地を濡らして花を育ててくれるのよ。思い出が人生と言う花を育てているのよ」
・・・つい息を呑んでしまった。その言葉に説得力があったから。
「思い出は手のひらを零れ落ちる雨のようだけれど、それは蒸発してなくなった訳じゃないの。忘れて行ってしまうかもしれないけれど、その全ては自分自身の身体に流れているのよ」
「・・・素敵ですね」
「どうもありがとう。ふふ、ちょっと恥ずかしいわね。良い年したお婆さんが」
「とんでもない」
貴女だから言える言葉、貴女だから納得できる言葉、貴女の身体に流れる思い出の雨を感じ取れたから。
「とても素敵です」
少しだけ照れたように微笑んだハナワさんは時計を見て少し驚いた顔をした。
「あら、帰らないと」
「お時間ですか? シンデレラにはまだ少し早いですけれど」
「年老いたシンデレラは魔法が解ける時間も早いのよ」
そう言って手早く会計を済ませると、さっと髪を直して外へ出ていった。その先に見えたのは傘を差した一つの人影。
あぁそうか。シンデレラの魔法はもうとっくに雨に溶けていたんだな。
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