第6話 コーヒーゼリーが腹をくくる

 ホットミルク。それは牛乳を温めたもの。

 私にとってはただのホットミルクだが、男の子にとっては、いろんな意味で特別なホットミルク。


 大好きなマスターが厚意で出してくれた嬉しいもの。

 コーヒーゼリーである男の子にとっては天敵の、熱を持ったもの。


「……」


 男の子は、じっと、ホットミルクを見つめている。凝視、と言ってもいいくらいだ。


「お代はいいから、遠慮しないで。それとも……ホットミルク、嫌いだった……?」


 飲まない男の子を見かねた女主人が、申し訳なさそうにそう言った。


「……」


 男の子はゆるゆると首を振って、ホットミルクの入ったマグカップへ手を伸ばした。


「大好き!」


 満面の笑みでそう言えば、呷(あお)るように一気にホットミルクを飲み始めた。

 こくり、こくりと細い喉が鳴った。唇の端にうっすらと白い液体がついた。


「……けふ」


 小さく息を吐いて、男の子はマグカップをテーブルの上にコトリと置いた。

 中身は、空だった。


「ごちそうさまでした! マスター! おいしかったよ!」


 男の子の言葉に、女主人の顔が綻んだ。


「ありがとう。坊やに喜んでもらえて、私も嬉しいわ」


 えへへ。うふふ。

 笑い合う二人を、私はただ見守った。せっかくの逢瀬を邪魔したくない。

 男の子の様子に、変化はない。私の取り越し苦労だったようだ。よかったよかった。


「あ! 僕、そろそろ行かなきゃ!」


 いきなりそんなことを言って、男の子は私の手を取った。


「……!」


 その手に触れられた瞬間、私はあっさりと悟ってしまった。

 

「行こ!」


 男の子は本当に、行かなければ、ならないのだと。


 人にしては柔らかすぎるその手を、人にしては熱すぎる体温に手を引かれながら、私は男の子と喫茶店を出た。


「また、いらっしゃい」


 女主人に見送られ、私は送るべき言葉を探し始めた。

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