第5話 コーヒーゼリーが告白する
どうにかこうにか、私と男の子は喫茶店にたどり着いた。扉を開ければ、扉につけられた昔ながらのカウベルが、カランコロンと音を奏でる。
冷房の効いた店内は、炎天下を通ってきた私には温度差が激しすぎて、肌寒く感じた。
「すーずーしー!」
対照的に、男の子は大喜びだった。
「いらっしゃい」
そう声をかけてきたのは、喫茶店の女主人だ。背筋が凛と伸びたその姿と、短い白髪と顔の皺からは年齢が判断しずらい。50代でも、70代でも納得できそうだ。
カウンターから他の客の相手をしていた女主人が、私たちの方を見る。
「あら、貴女だったの。もうコーヒー豆を切らしたの?」
常連の私だと気づけば、女主人は不思議そうに首を傾げた。私がここにコーヒー豆を買いに来たのはつい先日で、しかもコーヒー豆を大量購入したせいだろう。
「いいえ。まだ残っています。今日は、別件で」
私は静かに首を横に振って、いつの間にか私の後ろに隠れている男の子の背中を叩いた。
「ほら、言うんでしょ?」
「ちょっと待って。心の準備が」
うだうだ言う男の子を急かし、私は女主人の前に男の子を押し出した。
「あら。こんにちは、坊や」
「こ、こんにちは……」
男の子はもじもじと両手を弄び、そして握り締める。カウンターの椅子に勢いよく登り、前のテーブルに両手をつく。身を乗り出すようにして、女主人と向き合った。
「た! 誕生日! おめでとうぅ!」
大きな声でそう言った。店の中にいた他の客が、なんだなんだとこちらを見てくるのを私が軽く頭を下げ、謝罪した。乗り掛かった船だ。逢瀬に邪魔を入れたくない。
私は男の子と女主人の動向を見守った。
「僕! マスターが大好き!」
男の子が告白した。純粋で、素直な告白だ。すっきりとしたその告白は、喉越しのいいゼリーのようだ。
女主人は目を丸くしてから、すぐに柔和に微笑んだ。
「ありがとう。こんなおばあちゃんの誕生日をお祝いしてくれて。しかも嬉しいことを言ってくれて」
お礼に、と女主人がごそごそとカウンターの中を探り始めた。
しばらくして出てきたものに、私は思わず、戦慄した。
「暑いからと言って、体を冷やしてばかりいると悪いから」
どうぞ、湯気の揺れる白い液体が男の子の前に差し出された。
ホットミルクだった。
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