第4話 コーヒーゼリーが考える

「あついー……」


 男の子はそう言いながら、玄関のひさしの下で太陽の熱視線から逃げている。


「暑いなー」


 私は、手でひさしを作りながら空を見上げた。ギラギラとした太陽が見えた。


「あ!」


 しばらくして、男の子が声を上げた。


「創造者様! あれを貸して!」


 あれ、と男の子が指さした方向を私は見る。


「日傘?」


 指の先には、日傘をさして歩いている女性がいた。フリフリのレースが縫われたそれは、まるでフランス映画の小道具の様だった。


 日傘があれば、暑い中を移動することが出来るだろう。

 けれど――


「悪いけど、私、日傘は持ってないんだ」


 男の子は見るからにションボリした。  


「雨傘ならあるけど」


 私の言葉に男の子がぱあっと顔を輝かせる。


「それを!」


 私は、玄関に立てかけてある雨傘を手に取った。


「あ」


 手に取って、思い出す。


「ごめん。この前の台風で、壊れたんだった」


 ほら、と私は男の子に傘を見せる。骨組みの三本が完全に折れてしまっていた。


「……」


 男の子の瞳がまたも潤みだした。

 折角の打開策が不発に終われば、誰だってそうだろう、焦っているのなら、なおのこと、咎められない。


「うーむ」


 私は腕を組んで考える。

 日差しがあまり当たらない方法を。男の子が溶けない方法を。

 考えている最中も、暑いねっとりした空気が剥き出しの腕にまとわりつく。


「……暑い」


 喉が渇いて、水が飲みたくなる。

 アイスも、食べたい。

 

「……」


 --アイス。

 そうだ。肝心なことを


「要は、暑くなければいいんだよね?」

「え? う、うん」


 私がそう言うと、男の子は頷いた。




「ありがとう創造者様! コレ、冷たくておいしい!」

「どういたしまして。昨日買っておいて良かったよ」


 数十分後。

 私たちは、外に出て歩いている。

 

 私は男の子に、家で見つけたプラスチックのコップにプラスチックのスプーンを持たせ、その中にバニラアイスの塊を入れた。一見すれば、どこかのアイス屋の帰りに見えなくもない。

 

 私は肩にファミリーサイズのバニラアイスが入った保冷バックに引っ掛けている。

カップの中身がなくならないように。

 補充要員である。


「頭も、すずしー」


 私は男の子に帽子を被せている。男の子の髪の色は目立ってしまうから。どこぞの漫画の登場人物かと思われるのはちょっと問題だ。

 帽子の内側にも保冷剤を入れている。

 完全に内側と外側から、熱を防いでいる。


「よかったね」

「うん! ありがとう!」


 男の子はそう言うと、食べかけのバニラアイスを私に差し出した。


「創造者様、あーん!」


 そんなことを言ってきた。

 コーヒー豆の頃に、喫茶店でカップルでも見たのだろうかと、やや勘繰りつつも、私は、男の子の好意に応じた。


「あーん」


 舌に乗ったバニラアイスはほんのり溶けており、口どけが良かった。

 ああ、ここにコーヒーゼリーがあったなら、一緒に食べてしまいたい。


 コーヒーゼリーとバニラアイスの相性の良さは、古事記にも記されているくらいだ。冗談だ。

 ただ、それぐらい美味しいということを言いたい。


「おいしい?」


 男の子がそう訊ねる。 

 私が静かに頷けば、男の子の顔が輝いた。


 ああ、食べたくないけど、食べたいなあ。


 そんな相反する考えを胸に秘めつつも、私は男の子と共に目的地へと向かった。

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