夕立

夕空心月

第1話

夕立は、零れた記憶の欠片。

どこかに忘れ去った、遠い日々の欠片。


それは激しく私の身体を打つ。木々が鳴く。屋根が歌う。


傘を放り出して、私は空を仰ぐ。明るくて暗い、奇妙な空が、私を見下ろしている。


目を閉じる。耐えず音が響く。


私はこの感覚を知っている。いつだっただろう。幼い日の自分に問う。私は、何を忘れている?


狂おしいほどの懐かしい匂いと、五月蝿いほどの強い音と。びしょびしょの靴と、頬に張り付く髪と。私は、他に何を持っていただろう?


目を開けたら、思い出せるだろうか。夕立にただわくわくしていたあの頃に。ひたすらに純粋に、哀しいほど無垢に、毎日を過ごしていたあの頃に。カレーの匂いが漂う帰り道、手付かずの自由研究、捕まえたばかりのカブトムシ。蚊取り線香の煙、扇風機の呼吸、一日一本までのアイス。すべてがあった、あの頃に。


私は目をゆっくり開けた。空は何も言わず、ただ記憶の欠片を私の上に降らせ続けていた。

頬を流れるのが、雨なのか、涙なのか、私にはわからなかった。


ただひとつわかるのは、私は遠いところまで来てしまった、ということ。もう戻れない、ということ。どこにも行けないこと。そして、どこへでも行けるということ。



また、何度目かの季節がやってくる。

もう、夏が近い。

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