8-1 交渉

「さて、大詰めだな。ドラウ。一度きりだ。気張れよ?」

 あえて茶化した。

「うん。大丈夫。アインズがいるんだもの。それに皆の為の第一歩。なんとしても…」

 肩をたたいて、天幕に歩き出す。

「大丈夫。うまく行くさ。」


「アインズウール・ゴウン魔導王である。アインズウール・ゴウン魔導国の代表として来た。」

 少し間抜けのような気もしないではない口上に、天幕の布が開く。

「本日はご足労、申し訳ない。そちらは竜王国のドラウディロン皇女ですな。」

「その通り。この度は皆、集まってくれて感謝している。余もわが国の代表として参加させてもらう。」

 獅子面の戦士が円卓の席をすすめる。円卓には老いた白猿と騎士の様な狼が座している。


「では、会談を始めよう。まず、自己紹介もかねて、各代表の立ち場の確認といこうか。」

 主導権をとりにかかる。


 騎士が問う。

「その前に、魔導王殿。貴殿と事を構えるのが得策でない事は先刻承知しているが、あえて問おう。どう介入なさる気か。」

「あ、私から言うべきだったかな。私は現状中立だ。」

 空気が揺らぐ。

 白猿が指を立てる。

「現状、ですかな。それはまた気を持たせる発言で…」

「これ以上はドラウディロン皇女、それに代表のお二方の話を聞いてからです。ただ、平和を希求する点はご存じの通り。」

「失礼。私から発言させてもらおう。わが国、竜王国は不可侵条約の締結を望む。その締結に魔導王の助力を求める。」


古老がまた指をたてる。

「ワシは族長衆和平派。竜王国からの賠償を条件として、和平を為したく。さりとていきなり和平、とはなかなか難しゅうてですな。

 その締結に魔導王陛下の助力を求めたいのですな。第三者として。」

「ふん。我は継戦派筆頭。この交渉では戦に規律を求めに来た。魔導王にはただ見届けて欲しいという事のみ。誓約が守られる事を。」

「継戦?アイ、魔導王もそれは望んでいない。それに互いにこれ以上は...」


 騎士が、がなる。

「ほざけ、我らは、負けぬ。我らの、戦士として死ねなかった者たちの無念を…」


「ほざけだと。口を慎まんか、小童。両国王陛下の御前で。」

「小童とて。腰抜けの老いた猿より、民を知っております。民は死を恐れず。ただ、戦士として戦神の御元へ逝けぬことを。」


「言葉を改めよ。陛下への無礼は...」

「こやつらは我らが主でなどない。陛下とは何を...」


「おお、こやつらとは。重ねて失言しおって。お二方、平にご容赦を。こやつを退出させましょう。別の者を呼びます故。

 おい、早くつまみ出せ。記録を見せれば、奴も文句はないはずだ。」

 騎士が暴れる。

 


 猿顔が悔恨に歪む。

「若衆がとんだご無礼を。すぐに代理が来ますゆえ。」

「いやいや、構わないさ。素直なのは悪いことではない。」

「そうとも、長老。あの騎士の性分をわかっての発言だろう?陛下などと。

 民は荒れている、貴殿という窓口を尊重せよ、と言いたいか?」


 白猿の赤い口から、白い牙が覗く。

「ひゃひゃ、そんな事。ただ、そうですな。和平派閥が無ければ、あの若造、何をしでかすでしょうかな。」

「脅すのか。余を。」

「早合点は困りますな、皇女殿。ひゃひゃ。」


 ゆっくりと首を振り、悩むように手を頭に添える。

 絶対支配者的な仕草。

「...魔導国は、和平がなるならどんな労力も惜しまない。そう、どのような労力でも。

 貴殿は其を分かってくれた、はずよな。私の勘違いか。そう、早合点であったか。残念だな。貴殿にはここで...」

「いやいや、そんな。和平には喜んで、協力させて頂きますとも。喜んで。

 しかし。ずいぶんと竜王国に友好的なのですなぁ。早合点でしたかな。各国に吉報をもたらせられるというのは。無縁の国々の平和を望む聖君現る、と。

 魔導王殿も其を望んでおられるかと。ひゃひゃ、早合点、早合点。」

「そのとおり。聖君として伝えて欲しい。」

「...はてな。いかなる意味ですかな?」

「友として、頼みたいと言っているんだよ。

 確かに私は竜王女と個人的に親しい。国にというより、ドラウディロンに配慮する。親しい、とはそう言うことだろう?

 そして私は貴殿と仲を深めたいのだ。互いに助け合おうじゃないか。個人的に。」

「記録担当、奴が退出してよりの記録を削除。

 陛下、それは一体どういう事ですかな?」

 老いた白猿に野生が宿る。


「その前に。対立している主導者は抑え込めそうなのかな?」

「あの愚か者の派閥が最大派閥。とはいえ敵ではないですな。脳のない輩など。

 しかし代役として来る老将、其奴は頭に中身がある奴。支持層も思慮深く堅い者ら。敵はこっちですな。」


 焦る相手に対し、あえて身を引く。

「ほう、確か彼も和平派でしたな?ぜひ彼ともじっくり話し合いたいものだ。」

「ひゃひゃ、お人が悪い。誓いまょうぞ。国を思うだけの奴より、ワシの方が友情を尊ぶと。」

「...彼が来るまで、少し話をしよう。我が国と貴国との未来の話。

 我が国は、豊かだ。種族、力、知識、技術、富。全てが一級。全てが無双だが...足りんのだ。そんなもの、まるで蟻の王国。たかが一国家に過ぎない。広域への影響力。其が欲しい。


 貴国民と我が臣民が交流を持てれば喜ばしい。交易や、他国との橋渡し、技術や情報連携...

 無論、友好の証として毎年贈り物が出来ればと思っているよ。一人の友として、貴方にね。」

「ひょ、それは嬉しい。幾つになっても、新しい友人は嬉しいもの。

 しかし、こう年をとると好みが片寄りましてな。せっかく頂いた贈り物を、無駄にしてしまうのは忍びなく...」

「無論、好みについては後日うかがわせて頂ければと...」

「ひょひょ、いやはや。陛下という友を得られたこと。この老いぼれ、人生最大の光栄ですな。」


 骸骨の耳が此方に向かう足音を拾う。

「はっは。こちらこそ。では、そろそろお話も切り上げて、交渉再開ですな。彼が来られたようです。」

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