3-1 検証
3-1
「な、何だッ!どこだここは!」
あまりの出来事に声を上げたのは、老年の剣士だった。何の前触れもなく、周囲の状況が切り替わった。咄嗟に仲間たちを確認する。
「私の所有する、ある施設だよ。ディメンション・ロックを発動させたから、もう転移は出来ない。君たちには実験に付き合ってもらう。ああ、殺しはしないから安心するが良い。」
三人の古くからの仲間たちを見つけると同時に聞き覚えの無い声が響いた。
「何奴ッ!?」
今度は仲間の一人の老年神官が叫んだ。仲間の中で最も頭がキレる男だ。同時に周囲を見渡し、手話で皆に指示を出している。
(四方陣形、神官を中心に集合)
即座に近くにいる仲間の盾戦士と背を合わせ、神官の元へと向かう。
「おお、確かに名乗っていなかったね。だが、教えると思っているのかい?」
この異常事態。先ほどまで竜王国の山岳地帯で作戦の実行準備をしていた。それが仲間は3人だけとなり、環境も薄暗い室内へと変わり、しかも姿の見えない何者かが居る状況。こんなことが出来るのは、おそらく奴だろう。
「魔導国の王が我々に危害を加える目的は何だ!」
しゃがれながらも野太い声が盾戦士のヘルムから漏れる。
「それは誘導なのかな?それとも、そう思いたいのかな。まあ、そこは置いとくとして、さっき言ったことが全てだよ。」
「実験という奴ですか...許されるとでも?」
神官が他の三人を手で制しながら尋ねる。
「許す必要は無いんだ。法国からすれば、君たちは突然居なくなってしまったのだよ。疑いはすれど、誰の仕業か断定出来ない。」
「私達は占術によって監視されていたはずでは?」
「ああ、だがあの程度の、しかも隠蔽していない占術の隙をつくことは誰にだって出来る。...いや、出来た、かな?」
法国の儀式魔法を"あの程度"と言う。やはりこいつは100年の揺り戻しが呼んだ存在なのは間違いない。
「...私達の実力では、あなたを討ち滅ぼす事は出来ないでしょう。」
出来ないと言いながらも、老神官の声は枯れていない。つまり、何らかの望みが残っているのだろう。それも慎重な行動が必要な。
(情報を引き出す。)
ハンドサインで合図してから、老獪な魔術士が声を張る。
「我々が行方不明となった場合、即座に偵察隊が出される。他の仲間たちが既に法国へ救助を要請しているだろう。じきに、大規模占術でここも見つけられるだろう。今ならば、まだ弁明の余地はあるが?」
「心配しなくても、他のお仲間も差別せず連れてきてあげたよ。それに我々を超える占術を行えるとは思えないが...万が一のためワールドアイテム対策、最上位の防御魔法を発動するとしようか。
だが...そんな力があるならば、何故今まで動かなかったのか気になるが...まあ、そこも含めての実験なのだよ。」
「つまり、解放する気は無いと。ならば...仕方ありません!」
神官が叫びと共に取り出したのは、虹色に煌めく2つのクリスタルであった。クリスタルを掲げ、力を解放するー
「なんて事はさせる訳がない。ふふっ、確定ですね。本当にこんな物が切り札だったとは。」
喜悦の声を上げながら姿を現したのは、そこに居てはならない悪魔であった。神官の手の内に有ったはずのクリスタルを持って、東方の
「魔皇ヤルダバオト!?」
そう。あの聖王国を壊滅に追い込んだ悪魔。しかし。
「死んだはず...でしょうか?まさか!たとえ敗れようとも魔皇を名乗る者。死なぬ様に策は巡らせておりました。しかし、我が君は殺しきれないと見るや、私を支配する事になされたのです。」
朗々と喋りだすおぞましき強者は、不気味な雰囲気を纏っていた。切り札を失い、予想外の存在が現れた為に言葉を失った神官の代わりに、魔術士が交渉を始める。
「それは...つまり魔導王がこの異常事態の首謀者であると?」
「半ば正解、と言っておきましょう。私は封印を逃れる代わりに、忠誠を誓わされた。だが、それは命令に従わざるを得ないだけでしかない。過程で私が力を蓄えようと、それを止められはしない。」
面従腹背という事か。これは法国にとって有益な情報だ。何とか再びこの悪魔をあのアンデッドにぶつけられないか。
「前回の戦いは私の情報量の不足と有能な配下の少なさが原因でした。なんとしても情報を集め、強者を隷属させねばならない。だが、命令はカッツェ平原の管理。何処から情報が手に入れられる?
私が苦悩していたそんな時、君たちは竜王国へ行く途中、カッツェ平原を通ったね?これはれっきとした領土侵犯だ。私は目的やその他諸々を聞かざるを得ないでしょう?」
確かに通った。というより通らざるをえなかった。船を使う事は漆黒聖典の存在を匂わせてしまうし、元漆黒聖典の仲間たちならば走ったほうが早いからだ。だが、この悪魔はそれを領土侵犯と言いたいのか。今では一般人という身分の我々を、部隊であると言うのだろうか。
「それは越権行為だ!魔導王陛下が知れば、封印では済まないかもしれんぞ。」
切り札を持たない魔術士は、魔導王の存在を盾にする事にしたらしい。この状況では他に縋るものが無いのだから、当然ではあったが。
「ええ、多少お叱りはあるでしょうね。だが、言い分はあるのだよ。
"怪しげな人間を見たので監視していた所、何やら戦闘準備を整えていた。"」
我々はその為に泳がされたのか。ようやく事態が掴めてきた。では、実験とは何だ?何がしたいのだ?何故こうも我々に喋るのだ?
「"そんな人間達の目的、能力、仲間の所在を吐かせるため、紳士的に実験や尋問をしました。ところが仲間内で揉め事が起こりまして、一人犠牲になってしまったのです。"とね。」
「何ッ!?どういう...」
いや、分かっている。犠牲は一人...つまりは。
「君たちのうち、紳士的に尋問を受けたいのは誰だい?」
犠牲を選べと言いたいのだ。いかにも悪魔的。卑劣で惨たらしい。こちらの仲間割れを笑いたいのだろう。そして、残った者たちを罪悪感で縛り付け、都合の良い証人にするつもりだろう。
だが、我らは仮にも元漆黒聖典。裏切りなどするはずも無い。それに、
「お前は我々を殺す事は出来ないのだろう?国家の信用を貶められた魔導王の怒りを買わないため。だがその為には多くの証人と、迅速な情報収集が必要。魔導王が気づく前に全てを済まさねばならない。
だが我々は、如何なる試練も乗り越えてみせよう。この件は、魔導王、そして法国へ伝えさせてもらう。そしてその暁にはお前は魔導王に滅せられ、魔導国の信用は地に落ちる。」
誇りを持って告げる。剣士の宣告は仲間全員の総意であった。だがそれは想定されていた様であった。世にも嬉しそうに、悪魔が嗤う。
「実に素晴らしい。仲間への、人類への献身ですか。実に良い。その決意が崩れる時が、苦渋に歪む顔が今から楽しみですよ...ではまず、仲良く実験に付き合ってください。戦闘力テストです。」
再びヤルダバオトの姿が消えたと同時に部屋の鉄柵が持ち上げられ、デスナイトが数体現れる。
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