幕間1-2(法国)

 浮かんだ疑惑がすんなりと腑に落ちてしまう。これまで、魔導王の周りで起きたことが、あまりにも出来すぎているのだ。



 魔導王が陽光聖典への監視をあたかもかのように逆探知してみせたり。


 かの遺物を狙ってくる吸血鬼がこちらの漆黒聖典と出くわしたり。


 そんな吸血鬼を長年追っているという正体不明の英雄、モモンが唐突に現れ、そしてそれを任されるほどに市民の信頼を勝ち得ていたり。


 ヤルダバオトが王都を襲撃したその場に、偶然依頼をうけたモモンが運良く現れ、その武功を大陸に轟かせたり。


 魔導王国が潜在的な敵国であるはずの帝国が、周辺国からの孤立を恐れずに魔導王に破滅的な魔法を懇願したり。


 帝国と法国の上層部しか知りえない帝国での会合場所に何故か魔導王が現れ、そしてその力を帝国に見せつけると言う示威行為をしてみせたり。


 そして今、聖王国ではヤルダバオトとの単騎決戦と魔導王を崇める宗教団体の結成。

 


 偶然に過ぎない、と言う事は出来る。しかし、それにしては余りに出来すぎている。誰かに動かされている、という不快感が拭えない。

 魔導王の周囲に起こる事象の一つ一つが、魔導王に都合が良すぎるのではないか?何かそれを否定する根拠は無いか。皆、様々に思考を巡らす。しかし、何一つとして現れない。奴の不利益となった事が何一つとして有りはしないのだ。根拠を探せば探すほどに、疑惑は確信へと変わり、互いが互いの顔を見てしまう。


 もし、魔導王が裏で全ての糸を引いているというならば、その手足となる駒が各地に居るという事になる。そしてそれは法国の最高機密を知るものである可能性が高い。魔導王の動きが的確過ぎているためだ。しかしここに居るのは皆、神に命を捧げてきた身。魔導王の現れる遥か前から変わらぬ顔ぶれだ。ならば魔導王の手先となった原因は、ここ2年内での洗脳、或は脅迫に違いない。


 困惑が場を支配し、誰もが何も言えない状況において、水のグェルフィが尋ねた。

「ドミニク。お主、わざと報告書を出さずに、ワシらを観察しておったな?して、どうであった?」

「残念ながら、決定的な者は誰も。この報告をした以上、動きづらくなる筈ですが、それは尻尾を出さなくなるという事。何としても見つけ出しておかねばならなかったのですが...まあ、良いでしょう。これからは我々の身内に敵が居る事を考慮に入れて行動せねばなりません。疑いのある者は閑職、或は引退させ、竜王国の援軍に参加させましょう。」

 

 法国の強みの一つは、神に使えるという唯一絶対の目的意識であった。故に裏切りや汚職は起こらず、鉄壁とも言える情報管理を行えていた。そしてもう一つは、合議制である事。これのお陰で各分野へ均等に力が割かれ、各分野での問題を平等に共有できた。


 しかし今では、これが反転してしまった。共通の目的を持たぬ者が紛れ込んだ場合など想定していなかったため、裏切りに対しての無防備さをさらけ出してしまった。 

 さらに、合議制であるが故に裏切り者が分からない場合全ての分野からの声が信用できなくなってしまう。或は今裏切り者を断罪すると言っている風花聖典に裏切り者が居るやもしれない。自分に都合悪い人間を閑職に回そうとしているのかも知れない。そうなればもはや、何者も信用できない。


 緊張感の高まる中、またしても場を治めたのは水の神官長、グェルフィであった。

「皆、落ち着くがいい。冷静に考えろ。可能性で物を考えるな。もし内輪もめでも起こそうものなら、それこそ奴の思う壺じゃろう?幸いここにおる者達が揺さぶられる物は限られておる。それに奴とは言え接触も無く支配は出来まい。

 まずは各神官長の行動から、不審な人物との接触なかったと思われる者を洗い出そう。次にそれぞれの家族、或はそれに準ずる者らに異変は無いか。仕事上、当人のみが知り得るであろう重大な事実は無かったか等を調べる。それまで、迂闊な行動は控えよ。

 それと調査は繋がりの無い者を二人選び、複数の人間に報告させる事。手間ではあるが、情報のすり合わせから齟齬の生じる場所を見つければ良い。」

 

 明確な方針が打ち出された事で、皆の心にゆとりが出来る。張り詰めていた緊張がとけ、誰となく溜め息混じりに苦笑いをした。アインズ・ウール・ゴウンとはこれ程までか、と。この信仰心の強い人間達の中にさえ駒を創り出す、的確に人の弱さを見抜く洞察力。そしてそれを全く悟らせない巧みな命令。そうして集めた情報を元に致命的な一手を打ってくる、その分析力。

 或はこの動揺すらも魔導王の掌の上かも知れない。身内を調べる事で得られるものなど、殆どない。その上、重大な議題は信用出来る者の内でのみ行わねばならなくなった。これで暫く法国が新しい行動を取る事は出来ないだろう。何処までも完璧な謀略。

「帝国が属国になるわけだ...」

 イヴォンの冗談じみた物言いは、しかし決して笑えるものでは無かった。

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