幕間1−1(法国)
「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。聖王国の分裂についてです。皆さん、意見を聞かせてください。」
スレイン法国、最奥。神聖にして不可侵の部屋。まだ日も上りきらない朝早くに、六大神の各神官長たちが卓を囲んでいた。
「確か、かの国にヤルダバオトが現れたせいで北側が壊滅的だとか」
「ああ、じゃが援軍は送らんと決めただろう。あの国は一部の亜人を受けれておるから、表立って救援を送ることも出来ない。また現状では、聖典らも自由に動かせない、と。」
「その件ですが、やありあのヤルダバオトが現れたのであるならば、放って置くわけにも行かんと思うのです。再び決議を...」
他の神官長らも各々に情報を共有しはじめ、次第に声に興奮まじり始める。だがそこにーーー
「騒々しい。ここを...どこだと思っておる。」
最高齢である水の神官長、ジネディーヌ・デラン・グェルフィが静かに、だが響く声で場を鎮めた。
「ここは聖域。6大神のおわす所。ゆめ忘れるなよ?...なんにせよ、議論には情報が足りない。ドミニク、何を勿体ぶる。今回の招集は、お主の風花聖典からの報告が有ったと言うことじゃろう?」
「ええ、戦乱の中、命を賭して情報を持ち帰ってくれました。しかし...」
風の神官長、ドミニク・イーレ・ パトゥシュ 。もともと豪胆な男だったが、例の「大虐殺」以来並の事では全く動じなくなってしまった。そんな男が、言いよどむ。その事実に皆、理解してしまった。アインズ・ウール・ゴウン、不倶戴天のアンデッドの王が動いたのだと。
「それで...今度は何万人が犠牲になった...?いや、国そのものが滅んだか?」
「いえ、奴は聖王国を救ってしまったのです。」
一瞬の沈黙の後、場が再び騒がしくなる。
「は...?奴が救った...?ありえん...え?アンデッドだろ?」
「事実です。そしてヤルダバオトを討伐しています。」
皆、押し黙った。あり得ない事象に様々な仮説を立てていくが、全て不適であると結論が出てしまう。あのアンデッドが、という事実が何にも勝る反証であった。ベレニスが言葉を選びながら尋ねる。
「対価は何だったんだ?幼子の命...とかか?」
「いえ、ヤルダバオトの配下であるメイド数体のみだそうです。」
「奴が欲しがる強さとは思えんが...」
イヴォンも声を上げる。
「勢力拡大が目的か?しかし、奴は直接的な暴力での支配を望んでいないようだが...」
事実、平和裏に帝国を植民地化し、未だ他国への宣戦布告は行っていない。世界を敵に回しても勝ちうる力を持っていながら、不気味なほどに静かなままだ。皆次々と質問を重ねるが、納得のいく推論は終に出なかった。
「なるほど、皆さんの反応も大体把握しました。こちらの報告書をご覧下さい。」
ぶ厚い報告書が配布される。そこに書かれていたのは、北聖王国の崩壊までの流れと魔導王の介入、そしてその結果...そこまで読んだ者から悲嘆のうめきが漏れ出る。あまりにも恐ろしい、そして何処までも完璧な魔導王の謀略を目の当たりにして。
「奴は、この法国だけでなく人間国家全体に対し、あまりに致命的な一手を打ち込んできた訳だ...」
「この法国を間接的に攻撃してくるとは...奴は法国を潰す気か?」
「ああ、おそらくな。あるいは人間国家全体の崩壊までの道筋が見えているやもしれんな。」
六大神信仰の宗教国家で自らの宗教を生み出す。それだけで難題であるが、魔導王はそれに正当性と権力を与えた。国を救った者に感謝すべきであると言う、人間の道徳を利用した正当性。更に聖王自らがそれを推奨していると言う、あまりに強力な後ろ盾。それはもはや義務であるとすら言える。
「宗教国家が奴を積極的に認めたとなれば、我ら法国に遠慮していた国も言い訳ができてしまう。」
「聖王国が認めているのだから、とな。それに我が国の民の中にもなびくものが必ずや生まれるだろう。」
宗教国家の最大の敵は教義のブレだ。それを防ぐため、法国は国民の満足度にかなり気を使っていた。しかし、立て続けに現れたヤルダバオト、魔導王という圧倒的暴力。絶対的強者に少なからず動揺していた国民の元に現れたのは、魔導王が救世主であると謳う新興宗教。まるで法国を崩壊へと導くような不吉な連鎖。或はこれも魔導王の謀略なのだろうか。
「しかし、何故奴はここまで思い切ったことが出来る?流石に王自らが単騎での遠征など、正気の沙汰ではない。風花聖典の見落としはあり得ないのか?」
「ありえません。奴はネイア・バハラという聖王国の従者と常に行動を共にしていました。モモンを部下に持った以上、アンデッドが精神支配を受けていたという情報を持っているはず。にも関わらずあまりに無防備で居るのは、こちらの事をある程度知っていると見るべきでしょう。」
「そういえば、奴はエ・ランテルに潜伏していた風花聖典の隊員に天使を見せつけたと言ったな?」
「確かモモンも法国がエ・ランテルに工作員を送っていると知っていたようだった。少年が魔導王に石を投げた時も、法国に洗脳されたのではと心配していたはずだ。」
ふと湧いた疑問は次々に繋がっていく。そして皆の脳裏にある一つの仮説を浮かび上がらせた。
(何者かが...この中の誰かが
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