　イローナは最初から、ヴァチャー王のことを疑っていた。

　――ここ最近の様子がちょっと変だったの。姿形は一緒なんだけど、あたしが知っているヴァチャー王とは何かが違う。ハッキリとしたものはなかったんだけど。

　女の勘というのは末恐ろしい。その疑問があったからこそ、今回のレン王子の事件が起きたとき、真っ先に王を疑ったのだ。そして、元々エルケット軍隊長とはレン王子を通じてよく顔を合わせる仲だったイローナは、今回の探偵役に俺を推薦するように頼んだ。イローナへの信頼もあり、レン王子への想いを酌んだエルケット軍隊長はイローナの頼みを受け入れ俺を推薦した。

　そもそも、これまで大きな功績も挙げてなければ、城の兵士の中でも平凡な俺がレン王子の件を一人で任せられること自体おかしな話なのだ。もっと適任はいたはず。

　そしてその後、俺はまんまとイローナに相談し、クレイスたちに会いに行くことになる。それもイローナの計算の内だったのだ。

　イローナは出かける前に事前に後を付いてくるようにエルケット軍隊長にもお願いしていた。それはクレイスを保護してもらうよう意図と、クレイスが今回の件を解決するキーパーソンになると感じていたというのだ。それも王への疑念があったからこそ。対抗するには、同じ力を持ったものでなければ、太刀打ちできないと初めから考えていたのだろう。

　エルケット軍隊長がクレイスと昔から顔見知りだったことは、イローナにとっても初耳。しかしそれはイローナにとっても好都合であった。クレイスがホワイスを置いて一人レイズ城に隠れてくれるかどうかは、説得次第と踏んでいたという。

　それから俺たちは、モラーリの薬草店に向かった。そこでのモラーリとの交渉は、全てイローナが仕組んだものだった。つまりあの写真は、イローナ自身が撮ったもの。それを敢えて交渉の材料としたのも、俺自身の覚悟を試すものだったとイローナは言った。生真面目な俺が、いざという時には何かを犠牲にしても貫き通す、その覚悟をモラーリと手を組んで試したのだ。

　ただ目的はそれだけではなく、レドクリフたちの監視の目を避けるためもあったらしい。

　事件解決の任を受けたと言うことは、例え初めから期待されていなかったとはいえ、偽物の王にとっては自分たちの調査をさせるようなもの。それは知らず知らずの内に俺は厄介者として扱われていくということに繋がる。真相に近づくに連れ、いつ命を狙われるか、はたまた身動きが取れない状況に追い込まれるかわからない。王たちも下手に目立った行動は取れないはずだったとはいえ、俺の行動には監視を付けていても不思議ではなかった。

　あの場所は、住宅街の奥まった路地裏。追跡を追い払うにはちょうどいい場所だった。人気が少ない場所だからこそ、追跡者がいれば目立つ。モラーリの仲間が俺たちの後を付いてくる怪しい人物がいないを見張っていてくれたらしい。俺はそれすら気づかなかった。

　そしてその翌日。俺たちは第一発見者のグレメルの住む家へと向かう。そういえば俺が家に入る前に、イローナが先にグレメルと会っていた。あれも事前に様子を見る目的と一緒に打ち合わせをするためだったという。

　――ウィスドンなんてメイドはいないわ。グレメルにそう言うようにお願いしたの。城に戻ったときに、上手いことビリーフと別れる口実が欲しかったのもあるけど、クレイスさんから聞いていたスペル族の名前をビリーフにも聞いてもらっておけば、もしもの時に役立つかと思って。

　もしもの時とは、いったいどの時なのか。今でもよくわからないが、余計俺は混乱したことに間違いない。

　思っていたよりも早く城に戻ることになったイローナは、その口実を元に俺と別れてレイズ城に入った。

　そしてまずエルケット軍隊長を捜したらしい。城の外にいる俺たちに偽物の王の監視の目を向けさせる。その間にエルケット軍隊長が内部で事件を調査する。それが本来も目的だった。その現状を聞こうとイローナは、エルケット軍隊長を捜したのだが、どこにも見当たらなかったという。

　エルケット軍隊長自身も、王が疑わしいということをイローナから聞かされ、それを自分自身で確かめたいという想いがあった。クレイスを城内に匿った後、王の周りから城外まで調べ回ったという。その結果、疑いが晴れることはなく、ますます疑念だけが深まった。だからこそ、決定的な証拠は見つからなかったが、最後にああいう形で面と向かって交渉せざる終えなかったのだ。

　ただエルケット軍隊長の中では、クレイスに頼るつもりはなかった。自分一人で解決する。その腹づもりだったが、結局の所イローナが案じていたとおりクレイス、いやホワイスの力によって事件は解決したのだった。