【41】いったいどこまで。
それからのことは、文章のない本のページを捲っていくかのようにあっという間に過ぎていった。
レドクリフの証言によると、兵士たちの捜索により、本物ヴァチャー王の遺体が地下倉庫で見つかったらしい。どうやら魔法によって見つからないように隠されていたとのこと。当然ウィスドンの仕業ということで片付けられた。
ウィスドンはメイドに変装し、ずっと国を乗っ取る機会を窺っていた。レドクリフを味方に付け、ヴァチャー王を殺害。そしてその姿に成り代わり、レン王子に手をかけた。ブルーノ王子を襲ったのはレドクリフであると本人が認めた。結局の所、王と王子をどうやって殺害したのか、その方法は当人の消息が不明のため、わからないまま。
レン王子殺害の一件は、犯人は国外の人間であり既に罰せられたと国民に伝えられた。それと同時に、ブルーノ王子が次期国王として玉座に座る報せが国中に行き渡った。
クレイスとホワイスの魔女の存在については、国民に知らせることはなくレイズ城の人間のみで留め、決して口外しないことをブルーノ王子が自ら約束させた。国を救ったものとして讃えることよりも、彼女たちの今後の暮らしに配慮したのだろう。
そして今、俺はイローナとともにクレイスたちが住む家にいた。
あの一件の後のこと、そして王からの感謝状などの品を渡すために使いとして訪れた。
イローナは今ブルーノ王子、いやブルーノ王の専属メイドとしての地位が与えられている。今日は特別に休暇をもらったそうだ。あの日以来、レイズ王国が以前のような平和な空気に包まれるまでに少し時間が経ってしまっていた。それまでお互いにしっかりとした話もできず、クレイスたちにも会えていなかった。
「これは、書庫の本です。ホワイスにってブルーノ王から」
「わざわざありがとうございます」
リクエストはお金や食べ物、何でも良かったのだがクレイスたちがお願いしたのは書庫の本だった。それはホワイスが望んだものだろうというのは、皆理解していた。
「あれ、ホワイスは?」
家の中にはホワイスの姿がなかった。
「今は町に買い物に行ってます。以前よりも、なんだか自信がついたのか、頻繁に出かけるようになって」
少し心配そうなクレイスを横目に、イローナはなぜか頷いていた。
「クレイスさん。もうホワイスは立派な魔女ですよ。心配ありません。自分で自分の身は守れますよ」
「そうだと良いんですが、やっぱり……」
クレイスの心配は恐らく一生なくなることはないだろう。
実は今回の一件、国はスペル族の救世主によって解決されたと、あえて公表したのだ。ただ、犯人は国外の人間であり、それを救ったのが魔女。この情報が国からクレイスたちへの最良の御礼なのかもしれない。
それでもクレイスたちは人間たちが住む町ではなく、住み慣れたこの村に今でも住み続けている。慣れしたんだ故郷。たとえ孤独であっても、人間たちとのしがらみが解消されつつあっても、今までと同じような生活がしたい。それがクレイスが語った言葉だった。
ホワイスに至っては、堂々と町へと遊びにいけるとなって喜んでいる様子。
あの時、ウィスドンをパンに変え、それを食べてしまったホワイス。端から見れば、その奇功は恐ろしさを感じたかもしれない。兵士の中でもスペル族には近寄らない方が良いなどとの悪い噂も聞く。しかし、ホワイスが口にしたパンは本物のパンであり、ウィスドンではない。そう、ホワイスがウィスドンにかけた魔法は変身させるものではなく、入れ替える魔法だった。つまりウィスドンはどこか遠い国の食卓に突然現れているか、箱詰めにされているか、その消息はわからない。しかし、ホワイスは言った。
――きっともう、この国には戻ってこられないと思うから大丈夫。
その根拠がどこにあるのかわからなかったが、なぜか信じられた。ホワイスの魔法の力。この年齢でここまで使えるというのはとても珍しいのだとクレイスは言った。魔女としての才能は、恐らくウィスドンよりもはるかに上なのだろう。
「ところで、ビリーフ。あんた、どうして軍隊長の任を断ったのよ」
イローナに問い詰められ、俺は正直に答えた。
「俺にはまだ、その資格は無い。今回の件もたまたま解決できたけど、俺の功績は何ひとつもないと言ってもいい」
「なによそれ。せっかくあたしがチャンスを作ってあげたのに」
「チャンス?」
「そうよ。気づかなかったの? 今回のレン王子の件を捜査するのに、エルケットさんにあんたを推薦したの、誰だと思ってるのよ」
「え、まさか?」
「あたしよ」
「どうして?」
「どうしてって、まあ本音を言うならあたしがレン王子の敵を討つつもりでいたからかかな。ビリーフと一緒なら動きやすいし、ビリーフがどう行動するかのもだいたい想像が付くからね」
「ちょっと待てよ。じゃ俺がイローナに相談に行くのも計算の内だったってことか?」
「そうよ。何とかしてみせるって言ったでしょ。一人で行動するよりも、何でも言うこと聞いてくれる相棒と一緒なら、何かあったときにあたしの代わりに動いてくれる。まあ悪く思わないで。これも国のためだから」
イローナはそう言って悪戯に笑う。
思い返してみれば、俺はイローナの言葉通りの行動をしてきた。まずは魔女であるクレイスたちに会い、それからモラーリから情報を得た。そして第一発見者のメイド、グレメルから話を聞いたのだ。その後、ホワイスが聞き届いたクレイスからの呼び出しに従いレイズ城へと戻る。その時も、イローナはウィスドンを捜しに、俺はホワイスとともにクレイスの元へと向かったのだ。
「……なあ、イローナ。あんまり聞きたくはないんだが、いったいどこまで」
「どこまでって……う~ん、ほとんど」
不適な笑みを浮かべるイローナ。それからイローナが全てを語ってくれた。
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