【40】偽物の正体

 室内が騒然とする中、偽物のヴァチャー王はゆっくりと立ち上がった。


「レドクリフ、落ち着け。慌てることはない。これはただの脅しだ。――エルケット。そこまで言うなら、何か証拠でもあるんだろうな。このヴァチャー王が偽物だという証拠が」


 さすがに王に成り代わって国を支配しようとする人物だ。周りの状況に流されることなく、冷静に状況を見極めてくる。ボロを出してくれたのは良かったが、まだヴァチャー王が偽物だという決定的な証拠はない。証拠があれば、エルケット軍隊長は自ら乗り込んでいたはずなのだから。

 しかし、俺の考えはすぐに裏切られた。


「もちろん。あります」


 エルケット軍隊長の視線はまっすぐと偽物のヴァチャー王を捉えている。


「ふん、威勢だけはいいな。それじゃ見せてもらおうか」


 ヴァチャー王がそう言うと、部屋の外から誰かの大きな声が聞こえてきた。訊き波路のある声。すると隣にいたエルケット軍隊長が小さく言った。


「いいタイミングだ」


 バン!


 大きな音を立てて扉が開いたかと思うと、そこから威勢良く入ってきたのはイローナだった。


「待たせたわね。ビリーフ」


 いや、俺は待ってなどいない。なぜイローナが出てきたのか全く理解できないまま、さらに俺に視線はイローナの背後へと移る。そこにいたのはクレイスとホワイスだった。

 二人がこの場にいること自体。本来なら合ってはならないはずなのに。イローナはもちろん、エルケット軍隊長までもが待ち望んでいたように窺える。いったいどういうことなのか説明してほしい。


「お、お前は!」


 そう声を上げたのは、偽物のヴァチャー王だった。


「お久しぶりですね。ウィスドンさん」


 ウィスドン?

 クレイスが発したその名前に聞き覚えがあった。確かレン王子の専属のメイド一人。イローナが捜しても見つからなかったと言っていたメイドの名前もウィスドンだった。まさか……。


「ど、どうしてお前が生きている?」

「それはこちらの台詞でもあります。あなたは、いえあなたたちは人間に捕まってしまったとばかり思っていたので」


 三人はゆっくりと俺たちの傍まで歩み寄ってきた。クレイスは真っ直ぐ前を向きながら傍らにいるホワイスの手を引いている。

 状況を把握できない俺に対して、イローナが言った。


「ここからは、クレイスさんに任せるしかない。あたしたちにできることはもうないわ」

「いったいどういうことなんだ?」

「ビリーフ。本当はゆっくりと説明しておきたかったんだがな、とりあえずこの状況は彼女に任せるんだ」


 エルケット軍隊長の言葉に、俺は頷くしかなかった。そしてクレイスを見る。この場にいる全員が彼女に視線を向けてた。


「私が、あなたが偽物の王であること。そして正体が魔法使いスペル一族打という証拠です」


 クレイスはそう言うと、握っていたホワイスの手を離し、両手を偽物のヴァチャー王に向けて広げた。


「やめろ。何をするつもりだ!」


 偽物のヴァチャー王がそう叫ぶとほぼ同時にクレイスが魔法を唱えた。

 すると眩しい閃光とともに偽物のヴァチャー王が光りに包まれた。恐らくこの場にいる多くに人間が初めて魔法というものを目にしたことになる。しかしそれは予想以上で、誰もがこれが魔法なのだと理解するには時間がかかるはずだ。そして思った通り、皆が目を丸くしたまま、呆然と立ち尽くしている。玉座の前で立つ人物が、全くの別人と変化したのにもかかわらず、しばらく誰一人も声を上げる者がいなかった。


「おのれクレイス。貴様がどうやって生き延びたのかは知らないが、なぜ人間の味方をするのだ」

「ウィスドンさん。私たちは争わない、そう教えられてきたはずです。例え人間に対して恨みがあったとしても、自分たちの身を守ることを優先してきた。あなたの気持ちがわからない訳ではありません。しかし、人間たちを騙しその恨みを晴らすことが、さらにスペル族が暮らしにくくしてしまうことに繋がる。そうは思いませんか」

「ああ、だからこそ、俺はこの国の王となり、俺たちが暮らしやすい国に変えようとしたんじゃないか」

「それは間違っています。それは偽物の国では、決して成り立たない。いずれ滅びる。私たちは、そういう国をいくつも見てきたじゃないですか」

「見てきたからこそ、俺はそういう国ではない。新たな国を作ろうとしたんだ」

「あなたのやり方は間違っている。命を奪う必要はなかった」

「国は多くの犠牲の上に成り立っている。レン王子の犠牲も新たな国のためには必要だったんだよ」

「――ねえ!」


 そこで急に割って入ったのは、イローナだった。この状況下でスペル族である二人の論争に割っては入れる度胸は、正直末恐ろしいと感じた。


「あんた、他人の仮面を被って王様気取りで本当に国を作れると思ってるの?」

「誰だ、お前は」

「あたしはレン王子のメイドよ」

「メイド風情が、生意気な」

「うるさいわね。あたしが言いたいのは、国を作るのは王様でも王子でもない。国の人々だって言ってるの」

「馬鹿者。国を治めているのは王だ。国民は王に従っていればいい」

「はあ、話が通じないわね。クレイス、もうやっちゃいましょう。説得してもダメよ。少し痛い目に遭わせなきゃ」


 イローナがそう言うと、クレイスも少し迷いながらも頷いた。


「そうですね。……でも、イローナさん。私にはもう彼に太刀打ちできるような力が……」


 確かに、クレイスは先程まで変身の魔法を使いすぎて眠っていたのだ。それにウィスドンに向かってかけた魔法も大きな光りだったし、相当な疲労があってもおかしくない。

 ウィスドンがどれだけ力に余力を持っているかはわからない。むやみに襲っても相手を痛めつけたり、あるいは拘束するだけの力が残っていなければ、逆に反撃されてしまう。王様に変身していた時間も相当長いはず、恐らくクレイスよりも魔法の力に長けていることは間違いないだろう。もし魔法の勝負となったら、勝ち目がない。それをウィスドンのことを知っているクレイスは悟っているのだ。


「ホワイスがやる」


 まさかここで一歩前に出たのが、先程までクレイスの影に身を潜めていたホワイスだった。


「ホワイス! あなたはダメよ」


 慌ててクレイスが止めようとするのだが、ホワイスは言うことを聞かずにウィスドンの前へと向かっていく。


「ガキに何ができるって言うんだ」


 吐き捨てるかのようにウィスドンが言うと、ホワイスは立ち止まり大きく両手を天に向かって掲げた。


「えいっ!」


 ホワイスが掲げた両手を勢いよく振り下ろす。しかし、何も起こらない。一瞬部屋全体が大きく首を傾げ頭に疑問符を浮かべた。

 失敗したのか? それとももう既に何かが起きていて、それに気づいていないのか?

 全員がキョトンとしていると、急にウィスドンが叫びだした。


「うぉぉぉ!」


 その様子は何かに苦しみもがいている感じだった。胸の部分を押さえたかと思うと、次に頭や顔を押さえ叫び続けるウィスドン。全員がその様子に注目する。


「お前、まさか……」


 すると、ウィスドンの身体は眩い光りに包まれ「パンッ」という何かが弾けるような音とともに、なんとに変わってしまった。そしてホワイスは床に転がったパンを手に取ると、なんの躊躇いもなく頬張った。


「うん。美味しい」


 室内は、異様なまでに静まりかえったまま。たった今起きた光景に全員が目を奪われあっけにとられている。あのレドクリフも開いた口がふさがらないといった様子だ。

 ただ、唯一美味しそうにパンを頬張るホワイスを除いては。

 いや、もう一人だけいた。ホワイスにゆっくりと近づき屈んで頭を撫でる。


「ホワイス。やっぱりスゴいよ。もう立派な魔女だね」

「本当! やった!」


 イローナとホワイス。二人だけは、まるで別の空間にいるかのように現状に満足している。

 いったいどういうことなのか説明してほしい。もう俺には訳がわからなかった。


「イローナ。いったいどういうことなんだよ」


 俺は居ても立ってもいられずに聞いた。すると、イローナは俺の方に振り向き、小さく微笑んだ。


「実は、ホワイスとはずっと魔法の練習に付き合ってたの。クレイスさんにも内緒でね。まさかここで成功するとは思っていなかったんだけど」

「そうだったんですか……」


 そう口にしたのはクレイスだった。クレイス自身も知らなかったホワイスの力。密かに練習していたのには訳があるのだろう。


「まあでも、その話は後でするとして、あいつをどうするかね」


 イローナはそう言ってレドクリフの方に視線を向ける。すると今度はエルケット軍隊長が立ち上がった。


「彼は私に任せてほしい」

「そうね。じゃお願いするわ」


 それから縄を解いてもらった俺たちは、レドクリフのことはエルケット軍隊長に任せ謁見室を後にした。

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