【37】無茶はしないでね。

「クレイスさんがそんなことまで……。私のせいで」

「自分を責めないでください、エルケットさん。あたしたちもできる限りのことは協力します」

「ああ、ありがとう。ビリーフも騙すようなことをして、申し訳なかった」


 謝られても困る。それに、今は謝るよりも、もっと言ってほしい言葉があった。


「軍隊長。俺は未だに王の裏切りを信じることができません。軍隊長は、本当に王が国を裏切ると思いますか?」


 国に仕える者として、何よりも王に尽くし信頼を一番に置いているからこそ、それは絶対にあり得ない。長きにわたって王の護衛を務め、多くの兵士を育て纏めてきたエルケット軍隊長だ。その思いが、誰よりも強いはず。

 俺は「王が国を裏切るはずがない」と、エルケット軍隊長の口から聞きたかった。そうすれば、自分が今まで信じてきた道が間違っていなかったと自信が持てる。

 裏切りは、人の心を一太刀で壊してしまう。王子たちの心を壊したように。俺たち兵士も、いやレイズ城に使えるメイドたち、そして国民全ての心を壊してしまうだろう。

 しかし、エルケット軍隊長から発せられた言葉は、俺の耳を疑うようなものだった。


「王は国を裏切るつもりだ」

「……そんな」

「信じられないかもしれないが、あの玉座に座る王は、国の敵だ」


 やはり、そうなのか。

 俺が肩を落としていると、隣で立っていたイローナが口を挟む。


「ねえ、エルケットさん。その言い回しに違和感を覚えるのだけれど……」

「さすがだな。――そう、今現在レイズ王国を支配している王は、私たちの知っている王ではない。あれは偽物だ。ビリーフ、お前たちの話を聞いてハッキリとわかったよ」


 いったい何を言っているのか、よくわからずに首を傾げると、エルケット軍隊長は言葉を続けた。


「あれは本物のヴァチャー王じゃない。魔法を使って本物の王とそっくりに変身している国の侵略者だ」

「それってつまり……」

「ああ、スペル族の生き残り。きっと私たち人間に強い遺恨を抱いたものに違いない」


 俺はふとベッドで横たわるクレイスを見た。今の言葉が彼女の耳に届いていたら、どんな反応をするのだろう。自分たちの仲間だったスペル族が、王に化け国を滅ぼそうと企んでいる。信じられない。何かの間違いだ。そう思いかもしれない。それとも、自分たち以外にも仲間が生きていたことに喜びを覚えるだろうか。

 魔女と人間が共存する国。俺が儚げにも思い描いていたことが、深淵の奥底までに沈んでしまったように思えた。

 再び人間の中で、スペル族である魔女に対する暗い闇が深まり、もう二度とこのレイズ王国では晴れることのない闇となってしまう。そうなれば、クレイスたちも住む場所を失ってしまうかもしれない。


「王さまは、ホワイスたちと同じなの?」


 いつの間にか俺の側に来ていたホワイスが、誰に聞いたわけでもなく思った疑問を投げかけた。それに応えるべきなのは、側にいた俺なのかもしれない。しかし俺よりも早く、イローナがホワイスに目線を合わせるように屈んでから応えた。


「うん。でも、少し違うの。大丈夫、心配しないで」


 ホワイスを不安にさせてはいけない。その配慮をすぐに行動と言葉にすることができるのはさすがだ。

 もっとエルケット軍隊長から詳しい話が聞きたいところだが、ホワイスがいる前で話を続けるのは避けた方が良い。


「イローナ。ホワイスたちを見ていてくれるか?」


 俺の思いを察してくれたイローナは小さく頷いてくれた。


「わかった。でも、無茶はしないでね」


 不意な優しさは、なんだかむず痒い気分だ。ただそれは、エルケット軍隊長やホワイスの前だからなのだろう。


「軍隊長。場所を変えましょう」

「そうだな。私が身を潜めていた場所に案内する。ただ、その前に」


 エルケット軍隊長はそう言うと、服のポケットからペンと紙を取り出し何かを記した。そしてその紙を折り畳んでイローナに手渡す。


「クレイスさんが起きたら渡してほしい。それと、巻き込んで申し訳ないと伝えてくれ」

「わかりました。お預かりします」


 イローナはそのメモを確認することなく自分のポケットにそっとしまった。


「行くぞ、ビリーフ」

「はい」


 俺はエルケット軍隊長の後に続いて、秘密の部屋を後にした。

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