【38】二人とも同罪。
書庫室に戻るとさっそくエルケット軍隊長が言った。
「外はまだ騒がしいから地下から行こう」
そもそも、エルケット軍隊長はどうやってここまで来たのか。その方法すらわかっていなかったのだが、唐突に発せられた『地下』という言葉に、俺は耳を疑う。
「地下、ですか? でもどこにそんな入り口が?」
すると、エルケット軍隊長は書庫室の更に奥へと進み、窓のない暗がりで立ち止まった。
「この書庫室は元々地下通路の入り口だった所を書庫室へと改装しているんだ。今は緊急時以外は利用しない掟になっている。だから若いものはほとんどその事実を知らない。ここにその通路があることも」
そう言ってエルケット軍隊長は書架の棚を両手で掴んだかと思うと、力を入れて引っ張った。すると書架が扉のように開き、新たな空間が出現した。その奥は地下への階段となっていた。クレイスとレイズ城に来た時にも、この地下通路を通ってきたのだろう。
するとエルケット軍隊長は、入り口の影に隠していたランプを手に取り灯りを付ける。そして俺を中へと招くと、入り口に扉を閉めた。扉が閉まると辺りは暗闇に包まれ、ランプの明かりだけが淡く光る。
「よし、行こう」
一歩ずつゆっくりと階段を降りていくと、長い廊下に出た。いや、実際に一寸先は闇なのだが、なんとなくその闇がずっと奥まで続いているように感じたのだ。
「この地下通路は、いったいどこまで続いているんですか?」
「ゲンさん曰く、一番奥まで進むとレイズ城から数百メートル離れた森に出るらしい。もちろん出口は木々に覆われて外からは見つからない様になっていると話していた。私も存在は知っていたが、普段は使わないからな。それにゲンさんは、他にも色々と私たちが知らない隠し通路や隠し部屋を知っている。今度教えてもらうといい。まあ、教えてくれるかどうかはわからないが」
「ゲンさんはこの城のことなら何でも知ってるんですね」
「ああ、そうだな。まあ今はそのことよりも、どうやって王の正体を明かすかだが、私にひとつ良い作戦がある」
「本当ですか?」
「ただ、これはビリーフ。お前に頼みたい」
「わかりました」
そう言ってエルケット軍隊長が良い作戦を聞かせてくれた。その作戦を聞いた後、それは流石に無理があるのではないかと拒もうとした時、エルケット軍隊長がピタリと足を止めた。そしてスッと腰元の剣に触れる。
「……誰か来る」
すると遠くの方から響くように誰かの足音が聞こえてきた。その音は確実に俺たちに近づいてきている。
エルケット軍隊長が足を止めているため、俺も不用意に動くことはできない。それに俺は剣を持ってきていない。よくよく考えれば、クレイスたちの住む村を訪れる際に馬車に置いてきてしまった時から、俺は兵士としての務めはほとんどしていなかった。もし何者かに襲われた時、自分の身を守る武器がないと、ここまで心許ないものかと改めて実感した。ただ、今はエルケット軍隊長がいる安心感は大きい。その背後を体を張って守るのが、今の俺の役目であると咄嗟に判断した。
腰を低くして、耳を澄ませる。足音は俺たちが向かっていた先から聞こえてくる。とはいえ、背後をおろそかにしてはいけない。正面はエルケット軍隊長に任せれば良い。
さあ、いつでも襲ってこい。そう身構えた時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ようやく見つけたよ。エルケットくん」
暗闇から亡霊のように姿を現したのは、レドクリフだった。
「どうしてあんたがここに?」
冷静に言葉を返すエルケット軍隊長。しかしその右手はずっと剣に触れている。
「どうして? それはこっちの台詞だよ。それにそっちにいるのは、ビリーフかね。やはり二人は組んでいたのかい?」
「それこそ、こっちの台詞です!」
俺が強く言い返すと、レドクリフは首を傾げた。
「はて、何のことでしょうね。まあ、兎も角エルケットくんには今、王の命令で捕まえるように指示が出ている。それはビリーフも知っているだろう。ほら、兵士としての役目を果たさないかね。それとも王の命令に刃向かうのかい?」
そう来たか。王の命令に刃向かえば、この国の兵士としての資格は無くなる。しかし、エルケット軍隊長が言っていたように、本当に王が偽物であるならば話は違う。
「俺はもう、誰かの命令だけで動くただの傭兵ではない。自分が信じたものに従う。それが本当の兵士。そう信じてきました。だから今、俺は俺が信じるものに従います」
「それは国を裏切るということかい?」
「いいえ、国を裏切るんじゃありません。ヴァチャー王に対して反旗を翻すんです」
「おやおや、実に威勢がいいねえ。エルケットくん、良いのかい。君の一番弟子の子が王を裏切るって言ってるんだよ」
レドクリフの言葉に、ずっと黙ってきていたエルケット軍隊長が答えた。
「なに心配ないです。ビリーフは王を裏切ったとしても、国は裏切らない。そう教えて来たんでね」
心強い言葉が、俺の胸に突き刺さる。感動を覚えている場合では無いのだが、嬉しさのあまり少しにやけてしまった。
「そうか、なら二人とも同罪だね」
レドクリフはそう言うと、パチンと指を鳴らす。するとどこからともなく足音が聞こえたかと思うと、俺たちの周囲を多くの兵士が囲んだ。中には顔の知った人物もいる。
「おい、みんな騙されるな! 王は偽物だ。国を裏切ろうとしているのは、王なんだ!」
こうなったらも多勢に無勢だ。みんなの協力を求めるしかないと踏んでそう叫んだのだが、誰一人俺の言葉に耳を貸す者はいなかった。そして、俺とエルケット軍隊長は大勢の兵士に押さえ込まれ鎖を巻かれてしまった。
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