【35】生意気なだけじゃない。


 ブルーノ王子の話によれば、王の裏切りの話をした後、二人っきりで話し合おうとこっそりレン王子の部屋に向かったらしい。そこでレン王子が倒れているのを見つけた。ブルーノ王子はすぐにレドクリフの元へ向かい、レン王子が亡くなっているのを伝えた。すると、レドクリフから後はなんとかすると言われ、ブルーノ王子は一人自室へと戻った。

 それからのことは、第一発見者のグレメルがレン王子の遺体を見つけるまでの間のことは知らないと言う。自室で一人、自責の念にうなされていたと告白してくれた。


 レン王子の遺体。思い返してみれば、剣で刺されていたわりには出血が少なかった気がする。それにメイドのグレメルの話だ。グレメルはレン王子と最後に会った時、水を持ってくるように指示されたと言っていた。その指示も、毒を飲むためだったのかもしれない。いつも通りに装いながらも、レン王子はすでに自ら命を絶つほどに追い込まれていた。

 さらにブルーノ王子は教えてくれた。遺体の口元からは、毒草の独特な臭いが検出されたと。そしてその事実は、城内の一部の者にしか知らされていないということを。

 本当にレン王子は自殺をした。それならいったい誰がレン王子の身体に剣を刺したのか。その理由は?

 そして、俺は思った。


 それならなぜ、


 改めてそのことを考えようとした時、隣に立っていたクレイスが俺の服の袖を引っ張った。それは、もうすぐ魔法の力が解けてしまう合図だった。

 これ以上長居はできない。しかしまだ、ブルーノ王子が誰に襲われたのか。そしてなぜ襲われたのか。その辺りの話が聞けていない。記憶が曖昧とは言え、心当たりぐらいはあるのではないか。単刀直入に聞いてしまえば、そう時間はかからないのではないかと考えている内に、クレイスが先に口を開いた。


「最後にひとつだけ確認したいことがあります」

「ん?」

「昨晩は、何をしようとしていたのですか?」

「ああ、昨日はレドクリフが言っていたことが本当なのかを確かめるために、地下倉庫から出た時に誰かに背後から殴られた。それが誰だったかは見ていないからわからない」

「地下倉庫には何があるのですか?」

「何って、あそこには武器や防具などが閉まってある。もし、本当に王様が国を裏切ろうとしているなら、何かしらの証拠が見つかるかもしれないと思ってね。でも、何も見つからなかったよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 クレイスはそう言った後、先程よりも強く俺の裾を引っ張った。もう時間切れのようだ。俺たちはブルーノ王子に礼をして、少し足早にブルーノ王子の部屋から出た。



 秘密の部屋に戻る頃にはクレイスの魔法が解け、元の姿に戻ってしまっていた。そのままクレイスは少し休みたいとベッドに横になる。ホワイスが心配そうに側に寄り添うのを横目に、俺はイローナと少し離れた場所で向き合った。


「上手くいった?」

「まあ、収穫はあったよ」

「それじゃ、はやく話して。こっちも色々と話さないといけないことがあるの」


 イローナの様子に違和感を覚えながら、俺はブルーノ王子から聞いた全てをイローナにも話した。イローナは驚きながらも冷静に俺の話を聞き、そしてまた衝撃的な言葉を口にする。


「レン様が自殺なんてするわけないでしょ」

「でも、証拠はないだろ」

「証拠なんて必要ある? それに、他殺に見せかけようとして剣をレン様の背中に刺したのは、レドクリフさんしか考えられないわ」

「どうしてそう思うんだ?」

「だってそうじゃない。あの人がレン王子を追い込んだ張本人。まさかブルーノ王子が先に発見するとは思っていなかったのよ。だから計画を変更してあの場で誰かに殺されたかのように見せる必要があった」

「計画ってなんだよ」

「それは、あたしにもまだわからないけど、本当は別の場所でレン様を殺そうとしていたんじゃないかって思うのよ、あたし」

「別の場所?」

「うん。別の場所というか城の外ね。その方が外部の誰かの犯行に見せかけることがしやすいじゃない」

「それじゃ、毒を盛ったのはなぜなんだ?」

「本当は毒じゃなくて、ただの睡眠導入剤を飲ませたんじゃないのかな」

「なんでそう思うんだ?」

「だってあんたは知らないだろうけど、毒草って結構臭い強いのよ。本当に毒草を飲んだなら、レン様が飲む前に気づかないのがおかしいの。モラーリさんから言わせれば、毒草の臭いは粉々にしたって消えないし、それを仮に飲んだら体中が臭くなるらしいって前に聞いたことがあるわ」

「それじゃ犯人は、レン王子を眠らせて外へ連れ出し国外の人間襲われたように見せかけようとした。だけど、眠らせて倒れているところをブルーノ王子が先に見つけてしまったから、レン王子の部屋で犯行を行わざるを得なくなったということか」

「そう。それなら、偽物の犯人をビリーフに見つけさせようとしてたのにも納得できる。そもそも自殺で騒がれるよりも他殺の方が単純に国民に与える影響が少ないから」

「王子が誰かに殺され、その犯人がどこかにいるって方が、国民を不安にさせやしないか?」

「ううん、自殺の方が多くの疑念を生むはず。いったい誰がそこまでレン様を追い込んだのかって国事態の不信に繋がるわ。それに他殺なら、犯人を他国からの侵入者として捕まえてしまえば、騒ぎはそれでひとまず落ち着くでしょ。それにもし、ブルーノ王子が自分が兄を追い込んだなんてバカなこと言い出せないようにするためにも、他殺だと言うことを国民全員が認識していれば言い出しにくくなる。――それが最善だと王様とレドクリフさんは考えた。きっとその二人が、今回の件のよ」


 ヴァチャー王のことをこうも簡単に犯人扱いできるほど、俺には勇気がない。しかし、イローナの言っていることにも一理ある。一理はあるが、まだまだ疑問が残るのも確か。


「王様のことはともかく、レドクリフに関しては謎が多い。いったい何を企んでいるのか?」

「あたしは、あの人が個人的な思惑で動いているようには思えないわ」

「それはつまり、王の指示で動いているってことか?」

「ええ、きっと。レン様と王は決して友好な関係だったとは言えないしね」


 それは初耳だった。単純な王子とメイドの関係よりも深い関係にあったイローナだからこそ感じていた違和感。レン王子の日頃の態度や言葉に、ヴァチャー王との関係に何らかの齟齬そごを感じ取っていたのだろう。

 そうなるとつまり、レドクリフが王子たちに持ちかけた王の裏切り話は事実であるということになる。ヴァチャー王はなぜ、自らが国を裏切ろうとしていることを息子たちに漏らしたのか。協力求めようとしたのだろうか? それとも裏切りの邪魔になるから消そうとしたのだろうか? 


 俺が頭を抱えていると、イローナは自分の主張に補うようにして言葉を続けた。


「それにほら、エルケットさんが一人で行動している理由にも繋がるわ。ビリーフの方がよく知っていると思うけど、エルケットさんは長い間国に忠誠を誓ってきた人よ。そんな人が王の命令に反した行動を取っている時点で気づくべきだったのよ」

「なら今、エルケット軍隊長が犯人みたいな扱いを受けている理由は、どう説明する?」

「……それは恐らく、エルケットさんはその事実に最初から気づいていた。どうしてかはわからないけど。でも一人で動いていたり、ビリーフを犯人捜しに推薦したりしたのも、上に自分の行動をできる限り気づかせないため。だからこそ、ようやくそれに気づいた王様たちは、ブルーノ王子に怪我をさせ騒ぎを起こし、それを理由に邪魔者であるエルケットさん拘束しようとしているって考えたら、どう?」


 イローナの考えは、確かに的を射ている。

 しかしまあ、イローナは時々突拍子もないことというか、俺が考えもしないことを口にする。そういえば、最初に相談を持ちかけた時もそうだった。偽物の犯人を造り上げて騒ぎを沈静化させようと持ち出した。今思うと、それはヴァチャー王たちと同じ考えだ。

 女の勘というのか。ただ生意気なだけじゃないということを、改めて感じさせられる。相棒として最初に相談したのは正解だった。まあ、俺にとってこのレイズ城の中で相談できる相手といえば、エルケット軍隊長かイローナぐらいしかいないかったのだけれど。

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