【34】勘違いをしている。

 あの日、あの時。

 三人の間で起きたことを、ひとつひとつ慎重に。言葉を選びながらブルーノ王子は語った。


「最初、僕はレドクリフに呼ばれ、日が沈んだ頃に二人で会ったんだ。そしたらレドクリフは驚く言葉を言った……」

「驚く言葉?」

「ああ、最初は耳を疑ったよ。――王様おとうさまが国を裏切るかもしれないって」


 それは、このレイズ王国全ての人が聞けば驚く内容だ。しかし根も葉もない噂。はいそうですかと、すぐ信じることはできない。


「レドクリフが僕を困惑させようと企んでいるんじゃないかって疑ったさ。ただ、僕自身、王様のことよく知らないことに気づいたんだ。

 王様はいつも兄様のことばかり可愛がっていた。出来損ないの自分よりも優秀で長男である兄様のことを手厚く扱うのは当たり前かもしれないけど、それにしたって限度がある。僕も息子の一人のはずなのに。

 でも正直、悔しいけど兄様にかなうものはなかったし、どんなに努力をしても兄様が常に僕の上にいた。いずれ王になるのは兄様だってことは、僕じゃなくたって誰もが思っていただろう。それで……いつしか興味がなくなっていたんだ。権力や地位。そういったものにね。だから、王様が普段どんなことをして、どんな生活を送っているのかなんて知らない。

 王様が国を裏切る理由は思い当たらないといえばその通りだし、逆に考えようと思えばいくつも考えられた。例えば他国と交流する内に羨望せんぼうの眼差しが濃くなったとか。他国から国を売ることで自分にとって大きな利益を生み出せると考えたとか。一口に裏切るといっても、自ら国を去るのか、それとも国を滅ぼそうとするのか。その時はそれら全てが不確かな状況だったからこそ、王様の側近でもあるレドクリフの言葉が妙に響いたんだ。

 だけど、証拠もないのに、王様の裏切りを信じることはできないって話したら、レドクリフは、こう言った。

 ――お前も国を裏切るのか。って」


 いったい何が本当で、何が嘘なのか。当時の王子たちの心境は計り知れない。

 実の父親でもあるヴァチャー王の裏切り。親子の間で強い信頼関係が気づかれていたのであれば、その話を強く否定し、レドクリフの妄言として耳を貸すこともなかったのだろう。しかし、レン王子はともかく、ブルーノ王子はヴァチャー王との確執が全くなかったとは言えない。それはレイズ城に務めるものなら薄々感じ取れるほどに。

 だからこそ、ブルーノ王子は、レドクリフの『お前も』という言葉が胸に刺さった。


「あの言葉が僕の心を惑わせた」


 そうブルーノ王子は、小さく声を震わせる。

 国を裏切るつもりはなかったが、自分がこのままで良いのかずっと悩んでもいたのだろう。兄の二番煎じ。常に兄の背中ばかりを見ていたブルーノ王子。そんな兄のことばかりを贔屓する王様のことも恨んでいなかったと言えば嘘になる。その心の隙間にレドクリフは上手く入り込んできたのだ。


「冷静になって思えば、バカなことをしたよ。レドクリフは今度は兄様を味方に付けようと、今度はでっち上げの証拠を用意したんだ。他国との条約書。兄様は僕よりも王様との信頼関係も深い。だから、証拠がなければ心は動かないだろと踏んでね。僕はそれに荷担したんだ。条約書が本物かのように。

 王様が国を裏切ろうとしたことが公になれば、王様は失脚する。そうなったら、兄様への影響も大きい。王位継承は、僕になるだろう。――そんな感じだった。

 それからのことはあまり思い出したくもない。……証拠を見せられた兄様は、酷く驚いて悲しんでいたよ。立派な王様がまさか国を裏切ろうとしていたと知ってね。その写真は、恐らくその時に誰かに撮られたんだろう。僕も気づかなかった。それから兄様は、一人で冷静なって考えたいからって自分の部屋に閉じこもった。そしたら……死んでいた」

「ちょっと、待ってください」


 俺は、そこまで聞いて声を上げた。


「それじゃ、さっき話していた犯人って?」

「僕だよ。僕が兄様を殺した」


 いや、違う。そうは思っても、ブルーノ王子の哀しげな表情を見て口にはできなかった。

 最初に『教えるつもりもない』と語っていたのは、こういうことだったのか。

 確かに、王族の人間が真犯人だったら、国民は国への信頼を疑い、次第に国は衰退していくことだろう。人々の中で暴動が起き、国を離れる人も多いはず。それだけは誰も望んでいない。

 とはいえ、ブルーノ王子の話には矛盾があった。

 レン王子は背中に剣が刺さって死んでいたのだ。今のブルーノ王子の話の流れだと、レン王子は誰かに殺されたのではなく、自ら命を絶った。そう聞こえる。

 俺は確かめるために、改めて聞いた。


「王子、なぜ自分が殺したと思うのですか?」

「なぜって、そうだろう。僕が兄様を追い込んだんだぞ。口車に乗せられたとはいえ、嘘をついた。……でも、まさか死ぬなんて」

「王子、レン王子は自殺ではなく、他殺です。遺体には背後から剣で刺されていたのです」


 ブルーノ王子はレン王子の遺体をしっかりと見ていなかったのだろう。だから勘違いをしている。そう思い、正直に伝えたつもりだった。しかし、俺の言葉を聞いたブルーノ王子は驚きの表情で反論した。


「え、嘘だ! だって、僕は確認したんだ。兄様が毒を飲んで死んだのを」

「どく!?」


 思いもよらぬ言葉に、声が裏返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る