【31】よくあることだ。
ブルーノ王子の部屋に向かって歩いている間、俺はどうしても隣りを歩くクレイスのことを横目でチラチラと見てしまう。姿形、背格好、声色まで全てがイローナそのもの。見分けがつくつかない問題ではない。もうイローナの分身が歩いているようなものだ。
書庫室の秘密の部屋から出る前に、クレイスとイローナは綿密な打ち合わせをしていた。イローナの性格から口癖、細かな所作に加えて当然ブルーノ王子につかえるメイドたちの名前などもしっかりと把握した上で対面しなければ、もしもの時には必ずボロが出てしまう。
俺もイローナのことは知っているつもりなので、アドバイスをしたのだが「あたしそんなこと言わないし」とか「あんた意外に向かってそんな言葉使う訳ないでしょ」とか、あまり受け入れてもらえなかったので、本当に大丈夫だろうかという不安は未だに消えてはくれない。当のイローナ本人は、ホワイスと一緒に部屋で待つことになった。
制限時間は一時間。すんなりと部屋の中に入れてくれるかどうかもわからない今、会って話をする時間も限られてしまうだろう。端的に的確な質問でなければ、得るものも得られない。
「あの……クレイスさん」
「イローナです」
「あ、すみません。……ひとつ、聞いても良いですか?」
「なに?」
「ブルーノ王子と何を話すつもりなのか、気になって」
ぎこちない会話も、他の人を目の前にしたときには、普段の俺とイローナとの会話をしなければ違和感を覚えさせてしまう。俺も今、横を歩いているのはイローナだと思って会話をしなければいけない。しかし、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「ブルーノ王子は、元々レン王子と仲が良くなかったのですよね」
「ええ」
「それは、レイズ城で勤める方々は周知の事実」
「そうですね。国民にも多少なりとは噂などで知れ渡っていたかもしれません」
「そうなると、レン王子の事件の犯人の有力な候補として誰もが疑いの目を向けることになる。国民からも、そんな噂がたってもおかしくない。その心理状況で、ブルーノ王子はどう行動すると思いますか?」
「どうって言われても、自分が犯人じゃないのなら、疑いを晴らすべく行動するぐらいしか……」
「そうです。それが普通の心理です。次期王という地位がレン王子の死によって降って下りてきたのですから、どんな性格の人物でも国民に疑われたままでいる訳にもいかない。だからこそ、犯人を捕まえる必要があった。それはこの国に住む人の誰よりも――」
クレイスがそこで言葉を止めた。ちょうど正面の廊下から一人のメイドが歩いてきたからだ。俺はどこかで見たような顔ではあったが、名前まではわからない。それは隣にいるクレイスも同じ。しかし今はイローナとして振る舞わなければいけない。
声をかけられないことを祈りつつ、平然として歩みを進める。少しだけクレイスの歩調が緩んだ。俺の影に身を隠そうとしているのだろう。俺は逆に胸を張り見回りをしている
廊下の角を折れたところで一息つこうとしたけれど、休んでいる余裕などないことを思いだし、俺たちはブルーノ王子の部屋へと歩みを進めた。
「話の続きですけど、ブルーノ王子が犯人を捕まえたいと一番に思っていることはわかりました。それが今回の話す理由について関係があるんですか?」
「ええ、もちろんです」
「でも、わざわざクレイスさんが、イローナに変身してまで直接話を聞く必要があります?」
「はい。理由はまだ話せないのですが。とはいえ、ブルーノ王子はおそらく犯人が誰なのか知っている、あるいは心当たりがあるのかもしれません。だからこそ襲われた。ブルーノ王子から、誰が犯人なのかを聞き出すのです」
「えっ、でもどうやって?」
「だから、それはまだ言えないのです」
俺に対して敬語で返してくるイローナの姿をしたクレイスに違和感を覚えながらも、その言葉に強い自信があることが伝わってくる。
ブルーノ王子が真犯人に気づき、それを確かめようとしたところで襲われた。しかし、それならなぜ、犯人はレン王子の時のようにブルーノ王子を殺さなかったのだろう。殺すつもりであれば、レン王子の時のように剣を振るったに違いない。頭部を一度殴っだだけというのは、単なる警告。真相に辿り着きそうになった人物に危害を加えるというのは、ミステリーの話ではよくあることだ。
ただ、こうも考えられる。ブルーノ王子は殺せなかった。
それはレイズ王国のことを考えたのか。それとも自分の立場を考えたのか。
その瞬間、俺の脳裏でモラーリから受け取った写真の存在を思い出した。あの写真に写っていた人物は、確かレン王子とブルーノ王子。そしてレドクリフ。事件の夜、あの三人の間で何かあったに違いない。そしてその弾みで、レン王子を死なせてしまったという可能性も考えられる。
そうなると、ブルーノ王子はレドクリフに対して自ら罪を認めるように説得しようとしたのかもしれない。そこで揉めレドクリフに襲われた。頭部の傷は殴られたのではなく、押し倒されぶつけたもの。そう考えれば、あれだけレドクリフが犯人を捕まえるようにと、俺にプレッシャーをかけるように声をかけてきたことにも繋がる。
レドクリフも焦っているのだ。自分の犯行が露呈するのを。表情に出さないのが、なんとも憎たらしい。
しかしもう、ここまできたら後は証拠を見つけるだけ。やはり写真だけでは心許ない。見つけてみせる。決定的な証拠を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます