【32】僕は知っている。
ブルーノ王子の部屋の前まで来た。門の前には二人の兵士が立っている。見覚えはあるのだが、名前まではわからない。レイズ城の兵士も何百人といる。一度でも一緒に当番を回ったり、組み手の手合わせをした者であれば俺もわかるのだが、さすがに全員の顔と名前を記憶するのは難しいものだ。
俺たちの存在に気づいた兵士がこちらに顔を向ける。
「お疲れ様です。ビリーフさん」
「お疲れ様です」
一人が挨拶をしたのにつられてもう一人も俺たちの存在に気づいた。
「お疲れ。王子の様子は?」
「はい。数時間前にお目覚めとなってからは、少し憔悴しているような様子です」
「王子と少し話がしたいのだが」
「申し訳ありません。今はパープ王妃に言われ、今はメイド以外中にお通しするなと命を受けておりますので」
「これは、ヴァチャー王の命だ。事件を一刻も早く解決するためには、王子から話を聞かなければいけない。お前たちもわかるだろ」
面会を断られることは予測していたこと。王の名前を出し、事件を解決するためという理由をもって交渉すれば、王子との面会を許してもらえると踏んだのだ。そしてそれは俺の思惑通りに兵士は扉の前から一歩引いてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、今中には王子専属のメイドがいます。お邪魔でしたら先に出るように伝えましょうか?」
「そうだな。できればお願いしたい」
俺が頭を下げると、一人の兵士が扉をノックする。少しだけ扉が開き、中からメイドが顔を出した。
「ビリーフ殿が、ヴァチャー王の命で王子との面会を希望している。一度席を外してもらえないか?」
「王の命ですか。わかりました。少しお待ちを」
メイドが顔を覗かせたとき、スッと自らの気配を消したクレイス。イローナがブルーノ王子に仕えるメイドの一人に、少し厄介な人物がいると話してくれた。
名前は、レイン。イローナよりも少し年上で先輩でもある。ブルーノ王子のお気に入りでもある彼女は、仕事ができるだけでなく人の些細な言動や行動に敏感で、王子の体調や機嫌が悪いときも瞬時の判断でフォローする。まさに完璧に近いメイド。メイド長からもお墨付きがつくほどだ。
だからこそ、もしブルーノ王子の部屋に行った際、レインがいたらできれば顔を合わせずに部屋を出て行ってもらうようにすること。イローナは強い口調でそう言った。見た目の特徴として、猫のような大きくてツンとした瞳。左目の下にホクロがある。まさに先程扉の影から顔を覗かせた人物こそ、レインだった。
「どうぞ」
先程よりも大きく扉を開き、全身を覗かせたレイン。俺に向かって言葉をかけてきたので、恐る恐る部屋の中へと入る。俺の後に続いたクレイス。その存在に気づいたレインが早速声をかけてきた。
「あら、イローナじゃない。どうしてあなたがここに?」
当然の質問だ。しかし、この問いに対してはイローナ本人から助言を受けている。
「……ビリーフの助手よ。前に話したことあったでしょ。昔あたしの実家に居候していた幼馴染みが兵士をしてるって、それが彼。訳あって手伝ってるのよ」
「ふーん。この人が、そうなの。でも、レン王子のメイドが、ブルーノ王子の部屋に入っても良いものなのかしら」
「ダメだなんてルールはないでしょ」
「そうね。でも、ひと言だけ言っておくけど、王子には触らないでよね。特に今は」
「わかってる。あたしも新人メイドじゃないんだから」
「いい、私は外で待ってるから、もし何かあったらすぐに私を呼ぶこと。あんたは余計なことはしなくていいんだからね」
二人の会話を鼓動を高鳴らせながら聞いていたが、クレイスはほぼ完璧にイローナを演じていた。口調から態度、全てがイローナそのもの。勘の鋭いレインでさえも気づいてはいない様子。
すると、今度は俺の方を向いてレインは言った。
「ビリーフさん。王子は今お休みになっております。今から起こしますが、あまり刺激なさらないようにしてください」
「ええ、承知しています」
少し離れた場所から部屋の中を見渡す。部屋の中央部には、天蓋のついたキングサイズのベッドがあり、白いレースカーテンの奥にブルーノ王子が横たわっている。側には一脚の椅子が置いてあり、近くのテーブルには手つかずに食事がひっそりと置かれていた。
「王子。王の命により、王子とお話ししたい方がいらしております」
レインがベッドの側まで近寄り声をかける。カーテンの向こう側で、ブルーノ王子がゆっくりと身体を起こすのが見えた。俺たちの存在を確認して小さく頷く。それを確認してから、俺とクレイスは王子の側まで近づいた。
「突然の面会、大変失礼致します。一等兵のビリーフと申します。この度は王の命により、レン王子の件を調査しております」
深々と頭を下げ、俺たちはブルーノ王子からの言葉を待つ。
「アブソリューティ以来かな、ビリーフ」
「はい。ご無事でなによりです」
「――君は?」
ブルーノ王子がクレイスに向かって訊く。少し緊張の様子が窺えるクレイスだが、しっかりと目を見て言った。
「あたしはレン王子の専属のメイドとして勤めておりました。イローナと申します」
「……そうか。兄様の」
そう呟いた後、なぜかブルーノ王子はイローナの姿に変身しているクレイスを下からなめ回すようにじっと見つめた。クレイスは、微動だにせず、逆にブルーノ王子のことをじっと見つめている。もし本物のイローナであれば、このじっと見られている時間は耐えられないものだっただろう。
「レイン、下がっていい。ああ、後そこにある食事もさげてきてくれ」
「承知致しました」
すっと身を引いたレインは、慣れた手つきで食事の乗ったトレーを持ち、部屋から出て行った。
あまり時間はない。挨拶は短めに、早速本題に入ろう。
「王子、早速ですが昨晩のことについてお伺いしたいことがあります」
クレイスが話したいと始めに申し出たとは言え、俺も最低限のことは聞いておきたい。犯人を知っているのか。その犯人はいったい誰なのか。単刀直入に訊いた方が早いと思ったのだが、質問する前にブルーノ王子から答えてくれた。
「犯人が誰か知りたいんだろ? 僕は知っている」
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