【30】クレイスの魔法はすごい。
ゆっくりと絵本を閉じた時、俺にはその本の背表紙がとてもキラキラ光っているように見えた。ひっくり返して表紙をみると、お城の前に魔法使いの格好をした少年が立っているイラストが描かれている。
絵本の中の少年。『魔法の国』というタイトル。どんな内容の絵本なのか、最初に想像していたものとは違った。もっと児童向けの内容と思っていた。ホワイスもきっとこの内容は想像していなかっただろう。隣に顔を向けると、ホワイスと目が合った。
「面白かった?」
感想を聞くと、ホワイスは小さく頷いた。
「ありがと」
そう言って俺から絵本を受け取る。
ホワイスもイローナと手紙のやり取りをしていたのだから、文字は読めるはず。どうしてこの絵本を俺に読んでほしかったのか。読み終えた後でも、理由は全くわからなかった。
「ありがとうございます。ビリーフさん」
クレイスが頭を下げてきたので、俺は首を横に振る。
「いいえ。それより、これからどうしましょう。クレイスさんたちをこの場から動かそうにも、城中は今まで以上に厳戒態勢が敷かれている。エルケット軍隊長の真意が本当なら、俺たちが二人の側を離れるのも危険だ。ただ、いつまでもこの場所にいるわけにもいかない」
すると、イローナが口を挟んできた。
「それよりあんたは、ここにいて大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「いくら命令から外されたとはいえ、兵士としての勤めをサボっているようなものじゃない」
「仕方ないだろ。レドクリフさんに目を付けられているし、エルケット軍隊長がどこにいるかなんて誰もわからないんだ。それに、レン王子の事件の命がなくなったわけじゃない。ここまで誰にも見られずにくるもの大変だったんだからな」
王さまの命令は、全兵士に下った。俺も例外ではない。しかし、俺が動かなくてもエルケット軍隊長が国の外へと行ってしまっている訳ではないはずだから、見つかるのは時間の問題だ。
「あの、ひとつ聞いても良いですか?」
クレイスが申し訳なさそうに、聞いてきたので「もちろんです」と快く頷いた。
「今回襲われたブルーノ王子は、今どこに?」
「今は自室で、医者とパープ王妃を一緒にいると聞いています」
「意識は戻っておられるのですか?」
「ええ、ただ襲われた時の記憶がはっきりしないと話していたそうです」
「怪しいわね」
「イローナ。あまり何でもかんでも疑うべきじゃない。あくまでもあの人は次期王子なんだからな」
「わかってるわよ。でも、夜更けにあんな場所に王子が一人でなにをしていたのか。それを聞くべきじゃない。その記憶ぐらい残っているでしょ」
「そうだな。でも、話をさせてもらえるかどうか……」
そこで、クレイスが急に立ち上がった。
「あの、私がお話しさせてもらえませんか? ブルーノ王子と」
「え、いや、それは難しいと思います。あなたのことをどう説明しろと」
「大丈夫です。私少しの間だけ、魔法を使って変身できるんです」
そう言ったクレイスは、聞いたこともない呪文を唱えたかと思うと、まばゆい光に包まれた。俺は思わず目を閉じる。再び目を開いた時、目の前に立っていたのは、イローナだった。いや、正確に言うと、イローナと瓜ふたつのクレイスだった。
その姿に俺以上に驚いていたのは、本物のイローナだ。
「うそ! 待って。すごい!」
自分と目鼻立ちから服装、そして体格までも全く同じ。鏡を合わせたみたいに、イローナが二人存在している。長い付き合いの俺でも、二人が別々に現れたら見分けがつかないだろう。
「声も、そっくりでしょ」
クレイスがそう言うと、イローナは腰を抜かした。
「クレイスの魔法はすごいでしょ!」
なぜかホワイスが横に立ち、鼻を高くしてきた。
俺は思わず拍手をする。
「これなら、誰も気づかない。もしかして城に入る時も?」
「はい。エルケット軍隊長の護衛の兵士さんに変身してました」
そうか、それなら裏門の門番であるゲンさんの目も潜り抜けられるわけだ。
「ただ、あまり長い時間は魔法がもたないのです」
「どれくらいですか?」
「だいたい一時間ぐらいです」
クレイスが冗談を言っているようには見えない。その短い時間の間で、ブルーノ王子とどんな話がしたいのだろうか。
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