【28】大切な人を守るために。

 改めて考えてみると、俺は常に誰かの指示の上で行動し、それをまっとうしてきた。それが俺の役目であり、その行動が国の平和に繋がるものだと信じていたから。

 今も王の命を受け、犯人を捜している。

 しかし、今の俺の行動は本当に国の平和に繋がるのだろうか。そんな疑念を抱かざるを得ない状況。これを試練を捉えていいのか。それともここで引き下がるべきなのか。自分の意思を強く持ち、生きてきた訳ではない。だからこそ、今心の底から自分の意志の弱さを恨んでいる。

 ただ、憧れを抱き必死に努力して兵士となったものの、それが自分にとって正しかったのか。今になって自信を失いかけている。


 俺がレイズ城で兵士として入隊が決まった時、母は手放しで喜んでくれた。今まで苦労をかけてきた分、母にはゆっくりと過ごして欲しい。そう思って俺は仕送りも欠かさなかった。しかし、母は老いた身体で今でも出稼ぎに出ているという。住まいもイローナの両親が営む宿の一室を未だに間借りしている状態。母曰く、自分が育った思い出の場所を守るのが母親の役目なんだとか。いつでも帰ってきて良いよとは言われているのだが、兵士に休日というのはほとんどない。そのため、兵士になってから家に帰っていなかった。年に数回手紙でのやり取りはある。仕送りもその際に送っているのだが、恐らく母の性格上、使ってくれてはいないだろう。


「良いお母様じゃないですか」

「ええ、まあ、自分で言うのも変な話ですが」


 俺は今、クレイスとともに書庫室内にある魔法の隠れ部屋にいた。

 これからどうするべきかを相談する相手に、クレイスを選んだのも他に選択肢がなかったからだ。

 エルケット軍隊長は、きっとクレイスがこの事件の鍵になる。そう信じたからこそレイズ城まで連れてきたのだ。クレイス自身は、自分が何をすれば良いのかわかっていないけれど、強い使命感を持ってここにいる。そうでなければ、ずっと避けてきた人間たちが多くいる城にわざわざ素直に連れてこられなかったはず。抵抗することもできたのだ。エルケット軍隊長も抵抗されれば、無理に連れて行こうなどとしない。

 クレイスの魔女としての力。俺はそれにかけるしかなかった。


「本当に良い人なのは、あたしの両親なのよ、ビリーフ。そのことは忘れないでよね」

「わかってるって」


 さっきまでホワイスに本を読み聞かせていたイローナが口を挟んできた。イローナたちには、ヴァチャー王からの新たな命をありのまま伝えた。エルケット軍隊長がいわゆる重要参考人として国をあげて身柄を拘束することになったと。

 それを聞いた時、イローナは驚きの声を上げたのだが、なぜかクレイスはとても落ち着いていた。理由を聞くと、こう答えた。


 ――エルケットさんは、強い覚悟を持って行動しているようでした。なので、もしかしたら、このことも最初から計算の内だったのかもしれません。


 エルケット軍隊長は自らが犯人として捕まること。それが国の平和のためとでもいうのだろうか。国を守る兵士として、王族の人間であり次期国王でもあった王子が何者かによって殺されてしまう。その責任を自分一人で取るつもりなのだろうか。

 自己犠牲。俺はどうしてもその行動が理解できなかった。するとクレイスは俺に聞いてきた。


 ――ビリーフさんにとって、大切な人はいますか?


 唐突な問いに、俺は一瞬だけ頭を悩ませた。大切な人。最初に浮かんだのが母の顔。それから、俺は恥ずかしながら母のことを話したのだった。


「それで、俺の母の話とエルケット軍隊長のことと何か関係が?」

「いいえ。でも、エルケットさんもきっと大切な何かを守りたいと必死だからこそ、自らを犠牲にしようとしているのではないかと」

「大切な、何か?」

「はい。私にとってのホワイスのように。エルケットさんにも守りたい人がいるのかもしれません。その方がつまり事件に関わっている。その罪を自分が代わりに受けようとしている。そうは考えられませんか?」


 エルケット軍隊長は、まだ未婚だ。子どももいなければ、恋人の噂も耳にしない仕事人間だった。そんな男が、自分を犠牲にしてまでも守りたい人なんて心当たりなんて――。


「ねえ、それってクレイスさんのことなんじゃないの?」


 俺が思ったことと同じ事を、イローナが代わりに呟いた。


「え、いえ、そんなまさか……」


 クレイスはかぶりを振る。

 しかし、もしも誰かがクレイスたち魔女の存在を知っていて、今回の一件の罪を魔女たちに着せようと企んでいたとしたら。そのことを知ったエルケット軍隊長が黙っているはずがない。これまでの行動が、クレイスたちのことを守ろうとしてのものなら、辻褄つじつまもあうのではないだろうか。ただ――


「それなら、なぜエルケット軍隊長は、クレイスさんを城まで連れてきたんだ。村にいた方が安全じゃないか」

「ううん。もし今回の真犯人が、クレイスさんたちの存在を知っている人物だったら、あの村の場所も安全じゃない。それなら、守りやすい自分の近くに置いておきたいと考えても不思議じゃないわ。こうして魔法を使って隠れられること知っていたなら、企んでいる相手には見つからなくて済むしね」

「なるほど。それじゃなぜ俺を犯人を見つけるための役目に選んだんだ?」

「それは恐らく、ホワイスの面倒を見てもらうためかもしれない」

「面倒を?」

「うん。ビリーフとあたしの関係性をエルケット軍隊長は知っていたし、ビリーフがあたしを頼ることも予想できた。ホワイスを一緒に連れて行くにはリスクが大きいって判断したのかも。――それに、あたしなら幼いホワイスの面倒を見られるし、クレイスさんもこうしてあたしたちを信頼してくれたもの。きっとあたしの存在も計算の内だったのね」


 少しばかり自慢が混じっていたように聞こえたけれど、聞き流すことにした。


「では、こうしてホワイスをここに呼んでしまったことは、ダメだったのでしょうか」

「いいえ。大丈夫です。あたしたちがついています。ね、ビリーフ」

「ええ、もちろんです。エルケット軍隊長に代わって、俺がお二人を守って見せます」

「ね、ビリーフ。これ、よんで」


 ホワイスが気づかぬうちに俺の横に立ち、一冊の本を持って見せてきていた。先程までイローナが読み聞かせていた本とは別のもの。この本は全て書庫室からこっそり持ってきたものだった。あまり本を読むのは得意ではないのだが、お願いされたら断れない。


「ねえ、ホワイス。あたしが読んであげようか」


 イローナが助け船を出してくれた。しかしホワイスは首を横に振る。


「ううん。これはビリーフが良い」


 ずいぶんと気に入られたものだ。断られたイローナの悔しそうな顔を見ると、悪戯に笑みがこぼれてしまう。


「わかった。あまり時間も無いから一回だけね」

「うん!」

「ごめんなさい。ビリーフさん」

「いいえ」


 クレイスも申し訳なさそう頭を下げる。

 本音を言うなら、クレイスたちとともにエルケット軍隊長を捜しに行きたい。今レイズ城に仕える兵士のほとんどがエルケット軍隊長を捜すために城の内外を探し回っている。俺はその命令からは外されていた。全てはレドクリフの思惑のままに。

 だから今、時間があると言えばあるのだ。

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