【27】あるまじきこと。

 翌朝、俺はヴァチャー王に呼ばれ、謁見室えっけんしつにいた。

 これで、王と対峙するのは二度目。アブソリューティ以来だ。

 なぜ呼ばれたのか。それは昨晩のブルーノ王子が襲われた件を説明するため。本来ならただの一等兵が王と直接話す機会などない。それだけ希有な事態であることは、承知している。レン王子の時は、エルケット軍隊長が代表して説明して。俺は間接的に命をうけたまわった。しかし、今この場にエルケット軍隊長はいない。昨晩からレイズ城内に姿が見えないのだ。

 ただ今は、エルケット軍隊長を捜している余裕はない。代わりというのははなはだおこがましいのだが、他に適任がいないのであれば俺が説明するしかないのだった。


「昨晩のこと、詳しく説明してくれるか。ビリーフよ」


 改めて思うのだが、王族は他の人間とは違った雰囲気を醸し出している。アブソリューティの時にも感じていたはずなのだが、状況が違うだけでこうも違うと緊張も格段と上がってしまう。それでも俺は努めて冷静に言葉を選びながら説明した。


「……はい。第一発見者の兵士によると、ブルーノ王子は地下倉庫の入り口付近で倒れていたとのこと。発見時にはすでに意識はなく、周囲に兵士以外の怪しい他の人物はいませんでした。自分は知らせを聞いてすぐに駆けつけ、すぐに他の兵士たちに全ての出入り口を固めるよう指示を出し、手分けして城内をくまなく捜索しました。しかし現在、犯人とおぼしき人物は見つかっておりません」

「ブルーノの様子は?」

「在駐の医者によると、頭部の傷は浅く、命に別状はないとのことですが、しばらくは安静が必要とのことです。今はお部屋で医者やメイドたち一緒におります」

「王様、パープ王妃も、一緒に居られるとのことでございます」


 俺の説明に口を挟んだのは、レドクリフ。彼もまた、俺と同じく謁見室に呼ばれていた。


「そうか。無事であるならひと安心だな。しかし、まだレンの件が解決してもいない状況下で、ブルーノまで襲われるとなると……城の警備だけでなく国の情勢にも不安定さを露見しかねない。一刻も早く犯人を捕まえなくては」

「はい、仰るとおりでございます。王様」


 レドクリフがわざとらしく同調する。


「ビリーフよ」

「はい、なんでしょう」

「お主の説明通りなら、犯人はこの城から出ていないことになる。それがつまり、どういうことなのか、わかるな」


 犯人は城で働く人物の中にいる。そうヴァチャー王は言いたいのだろう。


「はい」

「うぬ。それじゃエルケットは今どこにおる?」

「それが、自分が昨晩戻ってきた時からお姿を拝見しておらず、ブルーノ王子が襲われた後兵士たちが犯人を手分けして捜している最中にも、軍隊長の姿を見たものがいなかったのです」

「それはつまり、エルケットはこの一大事の時に城の外に出かけているということになりますねえ」


 レドクリフが嫌味を含んだ言い方をしたことに、俺は少しばかり怒りを覚えた。


「エルケットは兵士たちを纏める優秀な兵士だ。何か特別な用が無い限り城の外へ出かけることはないのだが」


 ヴァチャー王の中でもエルケット軍隊長に対する不信感が膨らんでいる様子。このままでは良くない方向へと話が進んでしまい兼ねない。しかし再びそこでレドクリフが口を開いた。


「王様、こうは思いませんかねぇ。エルケットは多くの兵士に慕われている。もし仮に門番たちに自分が出かけたことを口止めしていたら、ブルーノ王子を襲った後でも十分に塀の外へと逃げることもできる。この緊急事態に姿を現さないのは、自分が犯人だから――」

「待ってください!」


 思わず俺は叫んだ。


「なんだ?」

「すみません。エルケット軍隊長は、俺がレン王子の事件解決するための手助けをしてくれていました。俺が城から離れて行動している間も、一人で色々と動いていて、何か考えがあるんだと思います。きっと真犯人の手がかりを掴んでいるんです!」

「思います? 憶測だけで、信用しろというのかね?」


 確かにレドクリフの言う通り、今は憶測の域をでない。俺自身もエルケット軍隊長が今どこで何をしているのか知らないのだ。ただ、クレイスを城内に潜ませて、犯人を捕まえるために動いていることだけは確か。今ここで、クレイスの話をする訳にもいかないため、俺はこの場でレドクリフの言葉に対抗することができなかった。

 ヴァチャー王は、しばらく黙り込んだ後小さく頷きながら言った。


「事は急を要する。事情があるにせよ、この国の一大事に姿を見せないのは、国を守る兵士としてはあるまじきこと。今すぐに軍隊長エルケットの身柄を捉え私の前へと連れてくるのだ!」

「はっ!」


 勢いよく声を上げて頭を下げたのはレドクリフ。俺はただ呆然と王の顔を見上げることしかできなかった。

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