【26】真っ白な世界で感じたもの。

「なあ、イローナ」


 静まりかえったメイド室の空気に耐えられず、俺は話を少し変える意味でも前から気になっていたことをイローナに確認することにした。


「なに?」

「小さいころ、一緒に思いっきり暴れた時のこと覚えてるか?」

「……あーあのガキんちょたちのこと」


 ガキとは言え、あの頃は恐らく俺たちと同じぐらいの少年たちだったはず。


「あの時さ、どうして魔女のこと話してたんだ?」


 俺の問いに、イローナは小さく目を閉じて自らの記憶を思い出そうとする。


「うーん、確かあいつら魔女なんていないって言ってたからかな」

「それなら、何でイローナは魔女がいるって当時から知っていたようなことを言えたんだ?」


 すると今度は一度視線を外し、虚構を見つめながらイローナは答えた。


「あたし、小さいころに魔女に会ったことがあるの」

「え、それってクレイスさん?」

「ううん。たぶん違う。旅をしているって言ってたから」

「なんで今まで黙ってたんだよ」

「だってその人に会ったことは誰にも言わない約束してたからね」



 イローナが魔女に初めて会ったのは、まだ宿の手伝いを始めて間もないころ。一人で町の外れにある養鶏所に卵を買いにお使いを頼まれ時だという。

 その養鶏所には何度も足を運んだこともあり、慣れた足取りで向かっていた。その途中、木の根元で腰を下ろす怪しげな人物を見つけた。周りに他の人影もなく、誰かを待っている様子でもない。不思議に思ったイローナは声をかけた。


 ――あの、大丈夫ですか?


 何も反応がない。寝ているだけなのかと思ったその時、すっと目の前が眩しく光り輝き真っ白な世界へと誘われた。

 ここはどこだろうと辺りを見回すも、何も見えない。すると女の人の声だけが耳に届いてきた。


 ――あなたの名前は?

 ――あたしはイローナよ。


 イローナは瞬時に声の主が、先程木の根元で座っていた人物だと判断する。


 ――そう、イローナ。私に何か用かしら?

 ――いいえ、あなたが道で座っていたから、不思議に思って声をかけただけよ。

 ――ありがとう。心配してくれたのね。でも、大丈夫。旅に疲れて休んでいただけだから。

 ――旅? あなたは何者?

 ――私は旅人よ。ただ、ちょっとだけ、他の旅人とは違うのだけれども。

 ――そうね、あたしの家には、多くの旅人さんが訪れるけど、あなたのような不思議な人は珍しいわ。道端で休むなんて。良かったら、あたしの家にいらっしゃい。ベッドもあるし、食事も用意するわよ。

 ――ふふっ、優しいのね。

 ――当然よ。あたしは看板娘なのだから。

 ――ありがとう。お気持ちだけ受け取っておくわ。私はもうすぐこの国を離れるの。

 ――そう。ならひとつだけ聞いても良い?

 ――何かしら。

 ――家のお客さんたちは、色んな所に旅をして、その時の面白い話を聞かせてくれたり、お土産をくれるの。あなたはとても不思議な旅人さんだから、きっと素敵なお話やお土産を持っているんじゃないのかなって思って。

 ――そうね、それじゃあなたに素敵なプレゼントを贈るわ。

 ――ほんと!

 ――ええ、但し私のことは誰にも言わないこと。

 ――どうして?

 ――私はこう見えても恥ずかしがり屋なの。もし誰かに話したいって思うなら、一人だけなら許してあげる。

 ――一人だけって難しいわね。パパかママかどちらか好きな方を選べって言われているようなものじゃない。

 ――ふふっ、そうね。

 ――う~ん、わかったわ。約束する。それじゃ、その素敵なプレゼントをちょうだい!

 ――ええ、それじゃ目を閉じて……。



「結局、その時その旅人からもらったものは今でもよくわからないの」

「なんだよそれ」

「でも、あの人はきっと魔女だったのよ」

「そんな根拠もないのに」

「いや、絶対そう。最初は夢だったのかもしれないって思ったけど、あの真っ白な世界で感じたもの。あの声。本当に魔女はいたんだって、あたしは信じた。それがホワイスと出会って証明された時は、とても嬉しかったわ」


 イローナがそういった時、真夜中の静寂をかき消すように扉の外で慌ただしい足音がいくつも聞こえてきた。何が起こったのか扉から顔を覗かせると、ちょうど一人の兵士を見つけたので、俺は聞いた。


「おい、何かあったのか?」

「ぶ、ブルーノ王子が」

「ブルーノ王子がどうした?」

「ブルーノ王子が、何者かに襲われました!」

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