【20】魔法を使ったフリ。
「どうぞ、座ってください」
クレイスに促され、二つあった椅子のひとつに腰をかけた。ホワイスは自らベッドの方に向かっていき、ぽんっと跳ねるかのように座った。
「まず、今の状況をお話ししますね」
そう言いながら、クレイスは空いていた正面の椅子に腰掛けて言葉を続けた。
「私とエルケットさんの関係は、イローナさんから伺っていることでしょう」
「ええ、少しだけですけど」
「そうですよね、エルケットさんはあまり自分のことは語りたがらないところがありますから」
その話には深く同意できる。
「私とエルケットさんが出会ったのは、彼がまだビリーフさんよりも少し若い頃。当時はまだ兵士になったばかりだったと思います。当時はまだヴァチャー王が即位される前、人々の争いも大きいものはありませんでしたが、小さなものは時々起きていました」
「小さいものというのは、以前話してくれた領地争いの類いですか?」
「ええ、そうです。当時も一国を落とそうという争いよりも、自国の領土を広げ、その土地の資源や作物、そして人を資産として自国の発展を進めていくことが主流となっていましたので」
その時代を生きていた人物が語る言葉は、ひとつひとつがとても重みを増していて心に響いてくるようだった。
「あの当時、私たちスペル族はレイズ王国は別の領土にいました。その領土は、まだ争いの火種とは無縁の地であったのですが、何者かが魔女の存在を知り力を利用しようと、私たちが住む村を襲って来たのです。もちろん私たちは対抗するのではなく、身を守る手段はできる限り尽くしました。しかし、一瞬の隙を突かれて、大切な赤子を誘拐されてしまったのです」
「誘拐?」
「はい。まだ生まれてきたばかりの赤子です。そして自分たちの力にならなければ命はないと脅してきました」
ひとつの歴史として、魔女が争いの道具のような扱いを受けてきたこと。書物などの文字として知る機会はあるけれど、実際に経験してきた者の言葉から語られる
「当然、赤子を見捨てることはできません。ただ、私たちには人間に魔法が使えないという誓約があったので、どうしたら良いのもかとものすごく悩みました。そしてひとつの結論に至りました」
「もしかして、誓約を破る方法があるのですか?」
「いいえ、あの魔法は一度かけたら命尽きるまで永遠に解けません。なので私たちの結論は、魔法を使ったフリをするというものでした」
スペル族は人間に対して魔法が使えない誓約を自らにかけていた。そのことで多くの魔女たちが命を落としてきたという。クライスもその時代を生きて、そして生き残ってきたのだろう。
「人間たちは幸いにも、私たちの誓約を知らなかった。まあ知っていたら利用しようと考えないでしょうけど」
「でも、それはいずれバレてしまうのでは?」
「はい。それも覚悟の上でした。数名のスペル族の方々が身代わりとなり、魔法を使ったフリをして命を落としました。赤子を助けるために、命を犠牲にして時間を稼いだのです。私は残った仲間と涙を流しながら逃げたことを今でも覚えています」
気がつくと、クレイスの瞳から一筋の涙がこぼれていた。何て言葉をかければ良いのか迷っていると、ホワイスがゆっくりと近づいてクレイスの手を握った。
「ありがとう。ホワイス」
「うん」
その微笑ましい光景を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
俺がその時代に生きていたら、仲間の死を目の前にしたときどう行動しただろうか。今の俺ならきっと立ち向かったはず。自らの命を盾ではなく矛に変えて。しかし、クレイスたちは人間に対しての矛を持たず、身を守る盾だけを背負って生きてきた。立ち向かえないのなら、逃げるしか道は残っていない。俺も同じ立場だったら、そうしていただろう。
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