【19】隠しきれない。
城内に入ってからは事前に話し合っていた通りに、イローナはメイドのウィスドンの所へ。そして俺とホワイスは、ホワイスの力を頼りにクレイスの元へと向かうことになった。
なるべくホワイスを連れた状態のまま城内を歩き回りたくはない。すれ違った相手にいちいち嘘の説明をしていれば、いずれボロが出る。訝しむ人がいてもおかしくないだろう。とはいえ城内は、巨大な迷路のように入り組んだ廊下が続いていた。ここで暮らす俺でさえ一度も通ったことがないような場所もあるくらいだ。よく使う警備の巡回路は把握しているものの、できればそこは避けて通りたい。
「ホワイス。クレイスさんの居場所はわかるかい?」
俺の問いかけにホワイスは返事をしたり頷いたりすることなく、何かに引っ張られているかのようにゆっくりと歩き出した。
人にはわからない魔女同士の感覚なのか。それとも魔法の力を使っているのか。改めて聞いてはみたけれど、ホワイスは答えてくれなかった。ただ、答えたくないから答えていないのではなく、ホワイス自身もよくわかっていない様子。
前を歩くホワイスの後を、俺は常に周囲を警戒しながらついて行く。城内は未だに喪に服しているといった雰囲気が包み込んでいた。派手な行事などは、しばらく慎み次第に普段通りの日常へと戻っていくのだろう。
しかし、それはレン王子を殺害した犯人を捕まえなければ恐らく訪れない未来。今も尚、城内には殺人犯が潜んでいる可能性がある以上、皆がお互いを疑い合わなければいけない。そんな状況で過ごすことは、誰も望んでいないはずだ。
運良く道中すれ違った人は巡回の兵士数人しかおらず、全員が俺たちのことを察して軽い会釈程度の挨拶のみで見過ごしてくれた。そしてようやくホワイスがある場所で立ち止まった。そこはレイズ城に併設されている書庫。これまでのレイズ王国の歴史や研究といった書物が保管されている場所だ。世に出回っている小説や文献なども保管されており、レン王子が好んで訪れていた場所でもある。
「ここにいるの?」
「……うん」
なぜか自信がなさそうに答えるホワイス。ホワイスにとって二日ぶりに会えるクライス。それにクレイスに呼ばれて会いに来たのだから、もっと喜んでも良いような気がするが。
俺はドアノブに手をかけてゆっくりと引いた。書庫の中は変わらず静寂が包み込んでいた。書庫内も奥の方は視界で捉えることができないほどの広さがある。それに天井高く均等に並んでいる書架。その中にはいくつもの書物が収められている。灯りはついているが、小さなランプ数カ所にあるだけなので目を凝らしても、室内全体を見通すことは不可能だった。
人の気配はない。だからこそ、静かにクレイスがいるか探そうとしたのだが、
「クレイス!」
と、ホワイスが大きな声で叫んでしまった。その声は反響して音叉が反応するかのように本たちが振動しているように感じた。いや実際に震えていた。このまま本たちが書架から飛び出し、まるで鳥たちのように飛び回るのではないかとそんな想像さえをしてしまうほどに。
「……ホワイス」
暗闇の影から、聞き覚えのある声。その声のした方向を見ると、淡いランプの明かりとともにクレイスが姿を現した。
「クレイスっ!」
ホワイスはクレイスの元へと駆け足で向かい飛びついた。それを優しく受け止め、クレイスは小さく言った。
「ホワイス。ごめんね」
「クレイスさん」
二人の再開をしばらく見守っておこうかとも思ったのだが、クレイスには色々と聞かなければいけないことがたくさんある。だから自分の存在をわかってもらえるように、すぐに俺も声をかけた。
「ビリーフさんでしたね。ホワイスのこと、ありがとうございます」
「いえ、それよりも色々と伺いたいことが」
「ええ、私からもお伝えしなければいけないことがあります。なので、こちらへ」
クレイスに促され書庫室の奥へと進む。書庫には入ったことはあるのだが、それほどじっくりと中を見回ったことはなかった。だから、意外とその広さに驚いた。まるで迷路のよう。
少し歩くと、部屋の角にひとつの扉が見えてきた。こんなところに扉があったことは初めて知った。近づいて気づくその重厚感は、中にとても貴重な書物あるいは秘宝が隠されていてもおかしくない。扉のドアノブには鍵穴があった。
鍵のかかった部屋。ここレイズ城の中で鍵がついた部屋は限られている。王族それぞれの部屋。国宝や資金が保管されている金庫。いざという時の武器が置かれている武器庫。後は出入り口の門扉ぐらいだ。
先代の王の頃はどの部屋も鍵がついていたのだが、ヴァチャー王の意向で、現在のように鍵をかけても良いという場所が制限されるようになった。互いに閉鎖的な関係ではなく、自由な交流が城にあってこそ国民に対しての手本となる。そして平和の礎となることを目指すという意図があった。
実は当初、ヴァチャー王は王族の部屋の鍵も解放する意向ではあった。しかし、そこは俺も含む城を守る兵士を始め、皆が流石に何かあっては困ると鍵の制限に含まないように懇願した。最終的には妃のパープ王妃に助言でなんとかなったが、王の部屋の前を守る兵士に聞くと、ヴァチャー王が自分の部屋に鍵をかけているところを見たことがないと語る。
そういった経緯もあって、この書庫内に鍵のある部屋が存在していたことは驚きを隠せない。おもむろにクレイスは鍵を取りだしてカチャッと鍵を回す。
「どうぞ」
いったいどんな部屋なのか。何が隠されているのだろうか。俺は恐る恐る扉を開けて中に入った。
「え」
思わず声が漏れた。
その部屋は想像していたものとは月とスッポン。木製のテーブルと椅子。小さなベッドがあるだけ。広さもグレメルの住む家よりも狭く感じる。ここはいったい……。
「すみません。この部屋は、私が急遽創った隠し部屋です」
俺の過度な期待を察してクレイスは謝ってくれたかはわからない。ただ、できれば謝らないで欲しかった。謝られると逆に自分の漏らした声が、幼少期におねしょをしたことが同級生にバレてしまった時の恥ずかしい思い出に重なる。
俺は羞恥心を隠しきれなかった。
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